第111話 嵐の後に来るものー下がった後は必ず上がる【夢夢日本二周歌ヒッチ旅 回顧小説】
「ガチャガチャガチャ・・・。」
(ん?何の音?あれ?もしかして・・・、やべえ!!)
ぼくは玄関の音で目を覚まし、全速力で玄関に向かった。
おじちゃんが来たのだ。
何がやばいかというと、おじちゃんからしたら鍵を開けているのにドアが開かないとなったら怪しいと思うに違いない。
鍵を差し込む前にこちらから開けなければ。
少なくともドアクローザーに巻いてあるチェーンは外さなければならない。
ぼくは、「はーい。おはようございまーす。」と大きな声で言い、少しでも怪しさをけん制しようと努めた。
ぼくは高速でチェーンを外して畳の部屋に投げ込み、玄関の扉を明けた。
「おはよう。もう出かけるかな?」
「あ、はい。支度をしたらすぐに出ます。」
「おじちゃんは仕事に行くから。鍵は開けておいていいから。」
「はい。ありがとうございました。」
おじちゃんが鍵を回す前にこちらから開けることができたからか、おじちゃんには怪しまれた感じはなく、特に何も言われなかった。
おじちゃんとはそこでお別れをし、ぼくは大急ぎで支度を始めた。
目を覚ましてから10分後位に家を出た。
ぼくは無事に(?)切り抜けたのだ。
男性にカラダを求められたのは、この旅3度目だった。
(これは多いのか?おれだから声をかけられるのか?それともひとり旅なら当たり前なのか?)
ぼくは考えざるを得なかった。ただ一つ言えたことは、相手が強引にことを進めてこなかったから助かったということだ。
そこをぼくは見極めたつもりだったから、一応賭けにかったと言える。
屋根の下で寝られて、しかも洗濯もできた。
おじちゃんとももめずに別れることができた。
しかし周りは住宅街で、どこにいけば幹線道路に出られるのか分からない。
早くここを出て、本当の安心を感じたい。
ぼくは勘をとがらせて心の向く方へ足を進めてみた。
コンビニがあった。
(これで脱出できるぞ。)
立ち読みをして地図で場所を調べる。
今自分がどこにいるのかさえ分からないのだから、現在地をまず知りたい。
コンビニのガラスに書いてある住所を頼りに現在地を探した。
(海に沿ってどんどん北へ向かって行きたいからここからだと23号線でヒッチハイクをするのがよさそうだな。)
ぼくは23号線を目指しながら松坂方面へ向けて歩き始めた。
実は昨日は伊勢参りでだいぶ歩いたことで足にマメができていたし、疲れもまだまだ残っていた。
爆睡したとはいえ、襲われるのを覚悟で寝るのだからきっと熟睡はできていないのだ。
しんどかったが進むしかない。
明和辺りでヒッチハイク開始。
ヒッチハイク154台目。明和から松阪。
伊勢在住でお子さんがいる20歳と22歳の女性。
「きれいなお姉さんと呼んで!」
と言っていたが、ぼくよりも年下だ。
「私献血マニアなのよ。今年からポイント制になったからポイント貯めてるの。」
「ポイント制なんですか?知らなかったです。ぼくはしたことないですねえ。」
「昨日は何してたの?」
「伊勢参りしてました。」
「赤福食べた?」
「食べてないです。」
「赤福はあんこに筋があって、あれは川の清流の波を意味しているんだよ。それで白いお餅は川の石ね。」
「え?そういう意味があるんですか?今度食べたら見てみます。」
あとで調べたところ、その川とは伊勢神宮を流れる五十鈴のことだという。
「お昼どうするの?」
「松阪で降りたら考えます。」
「ふだんはどういうところで食べてるの?」
「コンビニがほとんどですね。お金かけられないんで、その時の体の調子を考えて必要なものだけ摂取する感じです。
おにぎりとかパンとか、ウィダーインとか野菜ジュースとか。
吉野家とかも行きますが、お店に遭遇するかも運次第なので、コンビニになることがほとんどです。」
「そうだよねえ。じゃあ松阪でお昼食べようか。」
女性お二人は「あそこはどう?」とか何やら相談しはじめ、ぼくは松阪でカレーをごちそうになった。
前日はあんなクライシスに出会ったのに、今度は順調な滑り出しだった。
(さて、お茶でも買って前進するとするか。「津」あたりを目指すかなあ。「津」って言うと、「日本で一番短い市の名前は?」とかってよくクイズになるあそこだよなあ。)
ぼくはファミマで地図を見て、お茶を買って店を出た。そして背後で声がした。
「バッパー(バックパッカー)やろ?乗ってく?」
お兄さんが声をかけてきた。
これが浜野さんとの出会いだった。
浜野さん、27歳。三重県でフリーペーパー「FIVE YOU」を発行している。
鈴鹿、四日市が仕事場。
かつてバリバリの営業マンでお金が一番という生き方をしていたが、ワーキングホリデーで一年間生活したとき、ホストファミリーのやさしさに心うたれて、愛のある生き方に目覚めた。
そして5人でフリーペーパーを始めた。「FIVE YOU」は三重で活躍するアーティストをとりあげる雑誌で創刊したばかり。
2号目を作る仕事の最中で、その日は伊勢志摩の住まいから四日市へ向かうところだった。
「FIVE YOU」は斬新なフリーペーパーを目指しており、その2号目はフリペなのに限定でバッグとCDがついてくるものにするという。
なんだかすごい方と出会ったのだった。しかも見た目もかっこいい。サーファーっぽさもただよっている。
「おれもバッパーやったから、やってるなあと思って声をかけたのよ。名前なんて言うの?」
「SEGEです。」
「今四日市に向かってるんやけど、一緒に行く?」
「いいんですか?」
「ええよ。おれもSEGEくんの話いっぱい聞きたいし、いろいろ一緒に回ろうや。三重県をこれからもりあげて行く人達と会えるよ。」
(三重県て何弁?関西弁ぽいけど、そうでもないような感じもするなあ。)
そしてぼくはその日一日中浜野さんと行動をともにさせていただいただけでなく、約一週間一緒に生活させていただくことになったのだった。
浜野さんはぼくをただの通りすがりの旅人として以上に、まるで前から知っている友達のように、弟とか家族のように扱ってくれた。
嵐の後に来るもの。
人生苦あれば楽あり。
下がった後は、必ず上がる。
風雨の後にカラダを奪われそうになり、今度は思いっきり救われる。
やはり答えは進んだ先にある。
つづきはまた来週