第57話 本当の無一文になる勇気は君にあるか【夢夢日本二周歌ヒッチ旅 回顧小説】
「この辺で野宿できるところってありますか?公園とか。」
「あー、危ないよ。やめときな。こないだもやられた(盗まれた)人いるから。」
「そうなんですか。でも、泊まるお金がないんですよね。」
「んー。でも、危ないで。気いつけた方がええで。」
「あと、沖縄にしばらくいようと思うんですけど、おすすめのアルバイトありますかね?」
「あるある。えーと・・・」
ここは沖縄。11月だが温かい。でももう本州は冬に突入しているころだ。ぼくは春まで、3月いっぱいは沖縄で冬を越し、野宿ができる春になったら九州に戻ろうと考えていた。
そうすると数か月も沖縄で過ごすのだから、それには生活する場所とその為のお金が必要になる。
日本二周中沖縄編といったところか。
財布には4000円ちょっとしかない。だから沖縄についたらもう簡単に九州に逃げ戻ることはできない。中洲で歌って稼ごうとか、そういうことはできない。
もう、ここ沖縄でなんとかするしかないのだ。
(アパートとか見つけるしかないよね。それまでは日雇いとかをして野宿でやりきるか。月光荘で泊まりながらあてを見つけるか。4000円だからここ2,3日が勝負だな。)
そう腹に決めて月光荘の夕飯を食べながら、居合わせていた人たちと話をしていた。
「ねえ、兄さん、ギター持ってるけど歌うんでしょ?歌ってよ。」
「え?いいんですか?じゃあ、ぜひ聴いてください。」
月光荘は格安ゲストハウスだ。ゲストハウスはつまりドミトリー(相部屋)がある。そして1泊1500円。
そのドミトリーの部屋で今食事をし、歌を聴いてもらおうとしている。
それはまさに、インドやネパールなどのゲストハウスで歌ってきた風景と同じだった。
(日本にもこんなところができたんだな。すごいな。ワクワクする!)
ぼくは自分が歌をはじめた時に作った自分の原点となる歌、「sing a song」を歌った。
「sing a song」
誰かの生き方に 胸打たれて 歌を歌うの
誰かのことばに 胸打たれて 歌を歌うの
I sing a song I sing a song
わたしの歌で泣いてよ
わたしの歌で笑ってよ
マイクもギターもいらない
この声があればいい
歌はあなたに歌うもの
歌はわたしを歌うもの
I sing a song I sing a song
I sing a song I sing a song
わたしというものに 気づかされて 歌を歌うの
あなたのことを もっともっと知りたくて 歌を歌うの
I sing a song I sing a song
わたしの歌で怒ってよ
わたしの歌で思い出してよ
言葉も音楽もいらない
この思いがあればいい
歌はあなたに歌うもの
歌はわたしを歌うもの
I sing a song I sing a song
I sing a song I sing a song
みんな真剣に聴いてくれた。歌っている途中に、近寄りがたいオーラをまとう、一人の白髪のロン毛のおじさんが現れた。
そのおじさんは両手を合わせて、どうもどうもと人をかきわけて部屋の奥の方に腰を下ろして歌を聴いていた。
歌い終わって、旅人たちといままでの旅の経緯をしゃべっていると、そのおじさんが言う。
「お兄さん、馬に乗りませんか?」
そのおじさんは色黒で、ロン毛の白髪は後ろに丸くして結んである。雰囲気は、どことなくスティーブン・セガールとか、千葉真一とかといったような感じか。
「このおじさん、ムーミンさんといって、今帰仁(なきじん)で牧場やってて、乗馬をさせてもらえるんだよ。夢有民(むうみん)牧場の乗馬、めっちゃいいよ。よかったら乗ってきたら?」
「そう、どうですか?乗馬に興味はありませんか?」
月光荘のスタッフも勧めてくるし、ムーミンさんはぼくの横に座ってぼくの顔を覗き込んで誘ってくる。
乗馬。ぼくの夢の一つはモンゴルの大草原を馬で駆けること。中学の時に井上靖の「蒼き狼」というモンゴル帝国の小説のとりこになり、「いつか絶対モンゴルを馬で駆けめぐりたい。最初にいく外国はモンゴルだ!」と心に決めていた。
とはいっても初めて行ったのは結局オーストラリアだった。大学選びを間違え、中退して受験し直すことになった兄が気晴らしに海外に行くというので、一緒についていくことになったのだ。
そして一人での初めての海外旅行は、タイ・インド・パキスタン・ネパールだった。それはやっくんに誘われたのがきっかけだったし、ぼく自身がディープな旅を望んでいたのもある。
ぼくはいつモンゴルに行くのだろう。
しかし、その後ぼくはこの「モンゴルの大草原を馬で駆けめぐる」という夢をしっかりはたすことになる。それはまた数年後の話だ。
(まだモンゴルには行ってないけど、馬には乗りたい!そのチャンスが今ここにあるってことはいかなきゃな。でもお金がないけど大丈夫なのか?)
「馬、すごい乗ってみたいです。でもお金がいま4000円くらいしかないんですけど大丈夫ですか?」
「そうか。それじゃ乗れないな。」
「そうですよね。すいません。乗りたいのはやまやまなんですけど、またの機会にお願いします。しばらく沖縄にいるつもりなので。」
ぼくは残念な気持ちと正直ほっとした気持ちもあった。乗馬することになったとして、この那覇から離れてしまうし、計画が進んでいないままお金を払ってしまうのは危険だからだ。
(これも運だな。今回は縁がなかったということだろう。さて、今晩はどうしようかな。公園で寝るしかないか。)
トイレに行こうと部屋を出るとスタッフが声をかけてくれた。
「ねえ、SEGEくん。牧場行かへんの?行ったららええやん。」
「いや、お金がなくて。4000円くらいしかないので、それを言ったら『じゃあだめだ』と言われてしまったんですよ。」
「そうなんや。しかたないなあ。でも夢有民牧場はめっちゃええから、今度いったらええよ。」
「はい。馬、本当に乗りたいので、お金できたら行きます。」
声をかけてくれたのは、後でわかるのだが、同じ年で絵描きの、アフロヘアの「プー」だった。
ぼくは居合わせた人たちから有益な情報がさらに得られるのではないかと、淡い期待を抱きながらしばらくそこで雑談していたが、遅くなりすぎても寝床探しに苦労する。
ほどほどのところで切り上げて、ぼくは月光荘を後にしようと身支度を始めた。
するとムーミンさんが、
「お兄さん、よかったら車に乗って行きませんか?」
と言ってきた。
「え?でもぼくお金ないんですよ。」
「そういう若者がうちにはたくさん来るんだよ。ほかにも今日乗って行く乗馬のお客さんがいるから一緒にどうかい?」
(これはどういう展開なのだ?ここで車に乗ったらもう那覇からだいぶ離れてしまう。そんなところで仕事探したり、部屋を探したりできるのか?)
でもぼくの心には「行け」という声が聞こえていた。
「これは行くところだろ。危険な賭けになるけど、だからこそ行くべきところだ。人に連れていってもらうというのは、これはすごい縁なんだ。他に行くところもないのだし、行こう!大丈夫。なんとかなる。むしろいい展開になる!はず!」
そうぼくの心の奥で声が響いた。
「行きます。連れて行ってください!」
ぼくは深夜の那覇を発ち、ムーミンさんの三菱サーフに揺られて今帰仁村(なきじんそん)に連れていかれた。
翌朝、ぼくは一緒に牧場に連れてこられた根岸くんという18歳の青年と二人、ムーミンさんにたたき起こされ、初めての乗馬を体験することになった。
根岸くんは月光荘ではなく、「柏屋」というこれまた月光荘と同じくムーミンさんとつながりのある若者が経営する安宿に泊まっていて、ムーミンさんに連れてこられていた。
乗馬はエキサイティングで・・・怖い。なにせ牧場から林道を降りて、公道を通り、海に行き、帰りの後半はギャロップの体験になる。
それを初心者がやるのだ。いや、やらされるのだ。
振り落とされないようにするので必死だった。なにせ、木の枝とかも立ちふさがる。
何度か「死ぬんじゃないか」という思いがよぎるほどだった。
ぼくは命からがら落馬せずに牧場にたどり着き、ムーミンさんに言われた。
「乗馬代をいただいてもよろしいですか?1万円なんですけど。」
「えーと。4000円くらいしかないんですが。」
「それでいいよ。」
「は、はい。じゃあ、全部払います。」
ぼくが人生で初めて完全に無一文になった瞬間だった。
つづく