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第135話 もうきっとここに来ることはないだろう【夢夢日本二周歌ヒッチ旅 回顧小説】

 清河さんが開いてくれた扉。
 
日本二周目は自分の行きたいところに行く。
 
もうこうなったら交通機関にも乗る。
 
それは決して楽なことではなく、むしろその分稼がなくては行けないということになる。
 
ぼくの頭の中には鳥取で出会った歌うたいのひろみさんのことが残っていた。
 
彼はヒッチハイクとかじゃなく、がんがん交通機関に乗って、常に日本中を動き回って歌を届けていた。
 
CDも売りまくっていた。
 
歌うたいとして、それはあこがれる旅の仕方だった。
 
理想とも言えた。
 
すでに45都道府県を続けて回って来たぼくにとって、もはやヒッチハイクにこだわるよりも、自分が行きたいところに行き、そのためのお金は自分で稼いでいくということの方が意味があると思う。
 
成長のためには、1つのステップを100%クリアすることにこだわるよりも、8割できていたら次のステップに行った方がいい。
 
そう教わったことがある。
 
残りの2割にこだわることはむしろ成長を止めるのだ。
 
たとえばあるギターのコードを練習していて、完全にいい音で鳴らせるまでそのコードだけ練習をするよりも、8割方弾けるようになったら他のコードと一緒に流れの中で弾いていった方がいい。
 
多少うまく鳴らせなくても、前後の流れの中で弾いていっているうちに鳴らせるようになっていく。
 
その方が歌も乗せられるし、それが気持ちよくて達成感も出てきて次のステップへ行ける。
 
逆に一つのコードを完全に弾くことにこだわっていると、うまく弾けないというストレスと、いつまでたっても進まないというジレンマに我慢できなくなる。
 
ともすると「もうやめる!」とかなってしまう。
 
「前に進んじまおう。進んでいいんだ。」
 
自分を責めることよりも、そう自分に言ってあげることのほうが大事だ。
 
 
日本二周中、鈍行の旅。
 
富山に向かうところからそれはもう始まっていた。
 
マイブームは読書だ。
 
ぼくは旅をして、旅と読書はとてもいいセットなのだとインド旅行で初めて知った。
 
特にインドは移動が長かったから、読書は格好の時間つぶしにもなったし、思索を深める時間としてうってつけだった。
 
だから長旅となると必ず本は持ち歩いていた。
 
日本の列車の旅はインドに比べたら全然短くて物足りないのだが、富山から秋田まで、実は鈍行で一日で着かない。
 
ということで、ぼくは秋田への通過点である新潟に立ち寄り、ちあきに会った。
 
ちあきに会うのは日本二周中、3度目。
 
ちあきの友達で新潟出身のまなみには、「私よりも新潟に行ってるね。」とあとで言われた。
 
その日はたまたまちあきは空いていたそうで、内野駅まで迎えに来てくれた。
 
ちあきの友達と酒を交わし、翌日は秋田へ。
 
ちあきは「ほくほく線」や「いなほ」で売り子のバイトをしていたことがあるらしく、ぼくはちょうどそのいなほで秋田に向かった。
 
そもそもなぜ秋田なのか。
 
それは一周目の秋田で25台目のヒッチハイクだったあっこさんがいたからだ。
 
彼女にはまだCDを渡せていなかった。
 
これがこの旅の大事な目的である。
 
秋田駅に着く。寒い。
 
そしてあっこさんとは連絡がとれない。
 
きっと仕事なのだろう。アポなしだから仕方ない。
 
ぼくは駅前の広場で本を読んで待ったが、日が暮れてきて寒くて体が震えてきた。
 
実はこの2年間、こんなに寒い思いをしたことはない。
 
ずっと寒いところをさけて旅をしてきたからだ。
 
アジアの旅も含めて。
 
(どうしよっかなあ。そういえばさっき改札に向かう通路に路上の物売りがいたな。旅人っぽく荷物とギターがあったし、ひまだからしゃべりに行くとするか。)
 
ぼくはダイエーでうんこをしてからそこへ向かった。
 
そこにいたのは、函館から出発して沖縄を目指している旅人ノラ。23歳。
 
1カ所に2週間くらい滞在して次へ行くというペースで、3年後くらいに沖縄に着きたいとか。
 
ロスとチベットに住んでいたことがあり、ホスト、アパレルなどを経て今は旅をしているのだとか。
 
「女1000人切りを突破した。」
 
「おれの出生は不明。」
 
と言っていた。
 
見た目は完全にやばい人だが、こういう人の中にいい人がいっぱいいるのもぼくは知っている。
 
ノラと一緒に歌ったり、タバコ吸ったり、店番を鉄だったりしているうちに、あっこさんと連絡がついた。
 
あっこさんと晩御飯を食べにドトールへ。
 
考えてみればあっこさんに前に会ったのはちょうど一年前か。
 
懐かしい。去年は生ガキをおごってくれたのだ。
 
CDはお金をもらわず、プレゼントをして別れた。
 
1周目にお世話になった感謝の気持ちをこめて。

「象潟の九十九島がいいよ。陸続きになって島じゃなくなったんだけど、島っていうの。あと蚶満寺もいいよ。」

そんなことを教えてくれた。
 
さようならあっこさん。
 
また会えるのだろうか。
 
 
(さて今日はノラと一緒に寝ようかな。久々の野宿だ。)
 
そう思ってノラのもとにいくと、
 
「ここでやる(路上の物売りなど)のかまわないけど、ちゃんときれいに使えよ!警察来るかもしんないぞ!」
 
と、とげはあるが、温かい注意をはいて去って行った男性。
 
するとあとで彼は戻ってきて、なんと3人で歌い明かすことに。
 
ゆうじさん、27歳、エレカシ好きのカープファン。
 
長渕剛、はましょー、尾崎好き。
 
アイドル、メカ、マンガ好き。
 
自称「自分勝手」。
 
仙台でもストリートをやっていたことがあり、秋田のストリートをしめているらしい。
 
ゆうじさんが歌う長渕剛の「俺たちのキャスティングミス」が印象的だった。
 
彼は今もそこで歌っているのだろうか。
 
 
翌日、釜石へ向かった。
 
釜石にはたか子さんがいた。
 
たか子さんはパキスタンで出会った30代の人妻だ。
 
彼女は旦那さんがいるにも関わらず、ひとり旅をしてインドからパキスタンまで来ていた。
 
ぼくは地元の友達やっくんとやはりインドからパキスタンに入り、カリマバードのフンザという村を目指していた。
 
カリマバードはK2のあるカラコルム山脈の南側の斜面にあり、山脈を北に越えるとそこは中国という場所だ。
 
インドにいたときパキスタンから帰って来る旅人たちが口をそろえて言っていた。
 
「パキ行った方がいいよ。風の谷のナウシカの舞台になった場所の一つらしくて、めっちゃいいから。」
 
それを聞いてぼくらは予定にないパキスタン行きを決行した。
 
インドの国境の街アムリトサルから陸路でパキスタン側に入る。
 
国境に近いラホールからイスラマバードまでバスで7時間。
 
イスラマバードの近くラーワルピンディで一泊。
 
ラーワルピンディからホテルの乗用車で15時間北上してギルギッドという山の麓の街。
 
ギルギッドからカラコルムハイウェイというガードレールのない崖の道を乗り合いジープで登っていき、カリマバードへ。
 
ハイウェイというのは高速道路ではなく、要するに標高の高いところの道ということのようだ。
 
でもジープはガードレールのないじゃり道をけっこうなスピードで走る。
 
運ちゃんは落石を注意して見ながらとばす。
 
決して広くはない道だから、落ちる危険も高い。
 
ドアがなくなっていて、シートベルトもないから、うっかり寝て椅子から落ちたら、下手したら崖の下へ落ちる。
 
たか子さんと出会ったのはギルギッドからフンザに行こうという時だった。
 
ホテルでフンザへの行き方を相談しているとき、
 
「フンザ行くんだけど一緒にジープに乗らない?」
 
と誘ってきたのがたか子さんだった。
 
ぼくらとしても人が多い方が安くすむし、たか子さんとしてもお金の問題もそうだが、同じ日本人と行ける方が安心だったろう。
 
フンザは聞いていた通り、素晴らしいところだった。
 
その景色は、本当にナウシカのメーヴェが飛んでいるようだった。
 
夜は、星空が見えすぎて吐き気をもよおすほどだった。
 
フンザには数日滞在したが、ぼくは毎日のようにそこにいたみんなに歌を聴いてもらった。
 
たか子さんは、いじられキャラのようで、一緒にフンザまで来ていた他の連中からよく突っ込まれていたし、言われて黙っているタイプでもない。
 
そういう人は一緒にいて楽である。
 
変に気を使わなくていい。
 
でも、旦那さんを置いて一人旅をしているのは何か事情があるのかもしれなかった。
 
ちなみにたか子さんはフンザのあと、ギルギッドまで一緒に降りて、その後一人で中国へ向かった。
 
何が彼女をそこまで突き動かすのか。
 
そしてその数か月後、彼女はアフリカに行き、そこで出会った友達がぼくの友達だったという奇跡的なことが起きている。
 
旅人にはそういう奇跡が度々起きるのである。
 
そのたか子さんに久々に会える。
 
CDが渡せる。この度の目的がまた一つ叶う。
 
駅で待ち合わせすると、旦那さんも一緒に出迎えてくれた。
 
ぼくはそれがちょっと嬉しかった。
 
その夜は、旦那さんも含めて3人で食事をし、なんとぼくにはホテルをとっておいてくれた。
 
べろべろに酔っぱらっていたたか子さん。
 
旦那さんは、たか子さんがつく悪態を黙って受け止めるような、心の広い方だった。
 
たか子さんは心にある空洞を埋めるように旅をしているようにぼくには見えた。
 
(旦那さんと末永くうまくやっていってほしいな。)
 
そして、たか子さんとも、またいつか会えるだろうか。

つづきはまた来週

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