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第79話 親指の形でチ○○の形が分かるらしい【夢夢日本二周歌ヒッチ旅 回顧小説】
ヒッチハイク198台中の82台目。
鹿児島港で乗せてくれたのは、なんと世田谷出身の方だった。
加治木まで乗せて行ってくれた。
「今からしかられに行くんだよ。」
ITの仕事をしているそうだが、そんなタイミングで他人を乗せてくれるなんてすごいメンタルだと思う。
83台目。加治木から国分まで。
「ようちゃんと呼んで。」
消防士さんだった。
「『わっせ』って意味知ってる?すごいって意味なんだよ。君、わっせだね。」
「ありがとうございます。」
84台目。国分から財部まで。
お子さんが二人いるご夫婦だった。財部は「たからべ」と読むという。
85台目。財部から都城まで。21歳のジョー&ゆきひろ。
86台目。都城の道の駅まで。18歳の3人組。
(ふう。道の駅に来られたら御の字だな。)
そう。道の駅は旅人にとっては安住の地だ。
駐車場は24時間開いているしトイレも使える。屋根も何かしらある。
トイレがあればタオルで体を拭くこともできる。
こんなに快適な野宿スポットはない。
しかもこれはいけないことだし本当に困った時にしかしないことだが、コンセントをお借りして携帯の充電もできる。
あと、一つ試してみたいことがあった。
それはトイレの大をする方の個室に荷物を置いて、上から抜け出して身軽な状態で散歩に出るというものだ。
なにせいつもハードのギターケースとバックパックを持って移動しなければならず、かといってどこかに置いておくと盗まれる可能性もある。
だから気軽にちょっと近所を探索したい、散策したいというわけにはいかないのだ。
まさかそんな大荷物を入れられるロッカーもないし、あったとしてもお金がもったいない。
つまりこの旅では基本的に寄り道ができないのだった。そんなことをしていたら疲れ果ててしまう。
(荷物を安全なところに置いて、身軽な状態で近所を見に行きたいよなあ。)
と常々思っていたので、この道の駅で試すことにした。
もう暗くなってきていて、道の駅のお店は終了している。トイレが混むこともないし迷惑は掛からないだろう。
(抜け出す時に人が来たらどうしよう。それに万が一ばれたり、気づかれて盗まれたりしたら?)
ドキドキしたが難なくぼくはトイレを出て道の駅のまわりをぶらぶらした。
(快適だなあ。)
まわりに特別なものがあるわけではなかったが、ぼくは何かすごく幸せなことをしている気分になってコンビニに立ち寄ってみた。
夜の腹ごしらえもしたいところだった。
戻ってくるとぼくはトイレに荷物を取りに行った。
(ちゃんとある。大成功だな。)
ちなみにこの技はこの後一度も使うことはなかった。道の駅に泊まれることがそもそもめったにないからだった。
ぼくは荷物をトイレから出し、寝床を探した。
トイレにずっと荷物を入れてあるのも実は不便であり、便器といっしょにそこで過ごすのもいやだから、とりあえず寝る前までに過ごす場所を見つけたい。
都城の道の駅は運送会社が併設されているようで、その倉庫のシャッターの前に仕事を終えたトラックが何台も並んでいる。
その配送センターのような敷地と道の駅の駐車場の敷地の間にさえぎるものはなく、つながっている。
シャッターから荷を出し入れしやすいように、人の腰の高さくらいか、シャッターの前はトラックの荷台と同じ高さになっている。
トラックたちは荷台の後ろ側をシャッターの方に向けて止めてある。
(トラックの後ろの陰のところに荷物を置いておくといいかも。)
道の駅側から見たらたくさんトラックがあって目立たないし、人も来なそうだ。
ぼくはそこに荷物を置いてトイレに歯を磨きに行った。
(あとは寝るだけか。)
そう思ってトラックのところにもどってくると、そこに誰かいる。
何やらうろうろキョロキョロしていかにもあやしい。
その体格のよい男は、なんとぼくの荷物の前に止まっているトラックとトラックの間にいた。
(まじかよ。おれの荷物のすぐ近くにいるじゃん。おれの荷物をとるにはあの人の真横を通らないと取りに行けない。まったく無視して通り過ぎるには感じが悪すぎる。うーん。いやだけど声かけて荷物をとるしかないかな。)
旅では余計な不信感を人に抱かせることはよくない。一人旅ではそれは命取りになる可能性があるとぼくは思っている。
「こんばんは。」
「ああ、どうも。ギター弾くの?」
「はい。」
(案外ちゃんとリアクションしてくるな。仕方ない。もう一言かけてみるか。)
「何してるんですか?」
それはこのあやしい人を見たら誰でも言いたくなる一言だった。でも、ぼくは開けちゃいけない扉を開けてしまった。
「おれね、今人を待ってるんだよ。」
「そうなんですか(それにしてはあやしいだろ)。」
「おれも音楽やってたんだよ。旅しながら歌ってね。元B級ミュージシャン。」
「まじすか。」
「どこから来たの?」
「東京です。」
「おれも東京のライブハウスでやってたことあるよ。ところでさあ、8時に待ち合わせしてるんだけど、そろそろなんだよね。今来たあの車かな?君、見て来てくれない?」
「何をですか?」
「いやさあ、女と男とどっちとも会う約束してて、早く来た方と会おうと思ってるんだよ。今来た車、どっちか知りたいんだよね。見てきてもらっていい?」
「え?ぼくがですか?まあ、いいですけど。どうやって?」
「さりげなく見て来てくれない?」
(なんでおれがそんなお願いされなきゃいけないんだ?まあでももう断る雰囲気じゃなくなってしまったな。ていうか、女と男とどっちも待ち合わせっておかしいよね。)
「じゃあトイレに行くふりして戻ってきますね。」
「ありがとう!」
ぼくは背負いかけた荷物をいったん置いて、さっき行ってきたばかりのトイレに向かった。
今入ってきた車がどれなのかさりげなく確認してからトイレに入った。黒い軽自動車だった。
(中の人の顔まで見れなかったな。帰りはしっかり見ないと。でもどの車か分かったからうろうろせずに近くを通ればいい。)
ぼくは帰りながら、いかにもだが伸びをしながら歩いたりして、ちらっと車の中を見た。女性が携帯をいじっていた。
「見てきました。女性でしたよ。」
「ああ!女かあ・・・。」
非常に残念そうである。
「本当は男がよかったんだよなあ。」
(これはひょっとして・・・。)
ぼくの勘が警鐘を鳴らしている。
「ねえ。君、今日おれと遊ばない?」
(やばいぞこのパターン。)
これはあれだった。北海道以来のあのパターンだ。
しかも今回は両刀使いのようだ。
(落ち着け落ち着け。北海道ではうまくやり過ごせた。こういう時は相手を怒らせちゃいけない。なぜか今回もがたいがいい。あの時はお姉になりきって乗り切った。よし!)
ぼくの頭の中は0.5秒の間に高速で回転し、そして鼓動は高鳴っていた。
「うーん。あなたとはいやです。」
ちょっとかわいく言ってみた。
(行為や同性愛を否定せず、単純に「あなたはタイプではない」というのはどうだ?どうなんだ?)
「そっか。だめかあ。じゃあさ、チ○○くわえさせて?どう?」
(この人まじでストレートだな。だったら初めから男とだけ待ち合わせすればいいのに!)
「やっぱりあなたとは気が乗らないですね。」
「えー。そうなの?親指見せて。」
「はい。」
「あー、そういう形してるんだ。チ○○って親指の形で分かるんだよ。へえー。悪く無いね。」
しげしげと親指をさわりながら見ている。思わずぼくは彼の親指も見てしまった。
「じゃあさ、さわらせてよ。」
「いや、やっぱりあなたにはちょっと・・・。」
「そうか。覚えとくといいよ。親指の形で分かるから。おれは行くことにしたよ。じゃあね。」
(いや、別におれはそれは覚えておく必要は感じないけど。でももう一生忘れないわな。)
彼はなぜか真っすぐ駐車場に向かわず、道路の方に走っていき、配送センターの敷地のフェンスを乗り越えて去っていった。
(ふうー。危なかった。)
そしてぼくはその道の駅で星を見ながら安らかに眠りに着いたのだった。
彼の相手の女の人は、どんな気持ちで彼と付き合っているのだろうか。などと思いながら。
つづく