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第144話 あなたのかなえたい夢は本当の夢なのですか?【夢夢日本二周歌ヒッチ旅 回顧小説】

身内に命といつも向き合っている人がいる。

それはまわりの人達に生きることの緊張感をもたらしもすれば、時として危機感への麻痺も招いてくる。

例えば、命はいつも隣り合わせなんだと思うことは、ぼくの生き方に強い影響を与えたと思う。

「今死んだとしたら後悔することはないか?」

「死んだらおわりだ。人生は一度きりだ。」

そう考えるのがぼくの判断基準であり、そうなったのはぼく自身の性格もあれば兄貴の存在も大きかっただろう。

だからぼくは音楽を始めたし、旅にも出ることができた。

一方で兄がいくら爆弾を頭に抱えていようとも、それが長期化すればいつも緊張感を持ってい生活することは精神的に疲弊していくから、気に留めないで過ごすことも大切なことだし、油断が常態化していくことは避けられないことでもあった。

かといってそれはあくまでもぼくら周りの感覚であって、兄本人はいつも気を張って生きているに違いなかった。

そういうことに気づくと罪悪感が湧いてきたり、薄情な自分の背中に冷たいものが走ったりするのだが、それが偽らざるぼく自身というものだった。

もっとも、そういう陰の部分よりも、命の大切さ、今を生きるということの大切さを教えてくれたことの方がはるかに大きいのだが。

そしてそんな兄から発せられる言葉というものの影響はかなり大きく、ぼくの人生に強力な釘を刺す。

「なんでもっと自分の歌を売り込まないの?もっと多くの人に聴いてもらった方がいいじゃん。」

きっと兄がシンガーソングライターだったら、デモテープをジャンジャン送りつけたり、コンテストに出たり、様々なプロモーションをしてガンガン自分を売り込むだろう。

それは眼に見える様にあきらかなことだった。

そして正しかった。

もし音楽で食べていくとすれば当然するべきことだったはず。

本気で音楽をやっていきたいならそうすべきだったはず。

でもぼくが兄に答える言葉は歯切れが悪い。

「う~ん。そうだよね。でも今やっているのは日本二周という旅で歌を届けにいくことだし、そんな風に売り出そうとはあまり思ってないんだよね。」

「じゃあ何のためにやっているの?」

「こうやって歌を広めている人もいて、それで食べて行っている人もいるんだよ。ライブ活動でお客さんを増やしてビッグになる人もいるし。ブルーハーツみたいにインディーズで売れていく人もいるでしょ?それにロケットさんという人が今プロヂューサーとして支援してくれてて、そういう人と出会うことができたのはこの旅をしていたからじゃん?」

「なるほどね。でも偶然を狙ってちゃだめじゃない?やりたいならそのために自分から動いていかなくちゃいけないんじゃない?自分でこうなりたいということは、たまたまじゃなれなくて、本気でとことんやってようやくそうなれるか、それでもなれないというくらいのことだよ。ほんの一握りの人だけなんだから。ブルーハーツだってただライブするだけじゃなくていろいろやってたかもしれない。なんでもやれることはやらないとだめだと思うよ。いろいろやってどれかがひっかかればいいんだよ。」

「うん・・・。でも、自分がやりたいと思える進み方じゃないとって思うんだよね・・・。自分の歌を本当に聴いてくれる人の中でやっていきたいというか・・・。ロケットさんとは今度旅が終わったらCDを出そうと言ってて、ライブをしながら売り込もうという話にはなってる。」

ぼくはやはり臆病なのだ。

兄と話しているとそう思ってしまう。兄が言うように自分が目指すことに対してとことん突き進んでいく。売り込んでいく。

そういう勇気がない。

何故臆病なのか。一体何に対してなのか。それはぼくにもよく分からない。

いや、ひょっとして臆病だからなのではないのかもしれない。本当にかなえたいことは別にあるのかもしれない。

または、正しい警戒心から来るものなのかもしれない。

いずれにしても兄の言うように踏み出していくことに恐怖を感じていたことは確かだ。

何か大きな選択をするということは、何か大きなものを捨てるということなのだし。

しかし兄が指摘することはなにも新しいことではない。

今に始まったことではなく、すでにこの旅の最中に「日本二周を終えたらどうするのか?」と、徐々にぼくの中で深まっていった葛藤だった。

この後沖縄の夢有民牧場へ再び行く。そして数か月後に牧場生活を終えたら日本二周の旅も締めくくる。

その後どうするかということは、絶対に逃げられない問いだった。

さて、ぼくは工事現場のバイトでムキムキになり、稼いだお金で無事あっさりとマニュアルの免許をとり、再び夢有民牧場へ向かうこととなった。

すでに月光荘やBeach69でのライブが決まっており、まるで故郷に帰るかのような気分だった。

それはぼくの自信を満たしてくれるし、今までやってきたことの成果であることは間違いない。

単純にうれしい。よくぞここまでやってきたなと思う。

でも、この数か月の間に何か次へつながる出来事が起きるのだろうか。

ぼくの中に大きな変化が起きるのだろうか。

そして日本二周という夢は、この沖縄行きを済ませればもうすぐかなう。

そのあと、夢をかなえたら何が起きるのだろうか。

第2部 完

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