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第115話 ぼくのギターを生んでくれた岐阜県の「ヤイリ」の工場に直接持っていく【夢夢日本二周歌ヒッチ旅 回顧小説】
浜野さんのお宅にはおよそ1週間くらいいさせてもらった。
その間、浜野さんが仕事でいない時など、部屋にある「ワンピース」を読んで時々泣きながら読破した。
当時の最新刊は26巻だった。
しばらくジャンプの漫画を読んでいなかったし、ワンピースはなんとなく手をつけなかったので非常にいい機会だった。
(ワンピースっていい話だなあ。熱い!泣ける!こんないい話だったのかあ。)
浜野さんが全巻持っているだけある。
それと浜野さんのオフの日に、浜辺でBBQもした。
近所の「アマさん」をしているおじさんが、
「とれたぞー!」
と持ってきてくれたのは、とれたてのウニ。
これをどうするかというと、
「SEGEくん、ウニって生で食べるイメージあるやろ。ちがうんよ。これを焼くとめっちゃうまいねん。」
と浜野さん。
ウニを殻がついたまま焼き網に乗せる。
頃合いを見て、殻の真ん中から外に向けて殻をめくって、スプーンで中をすくう。
「海の塩かげんが利いていてちょうどええよ。」
「うまい!!」
ぼくはこれを機会にウニは刺身ではなく、だんぜん焼いた方がうまいと思うようになった。
また別の日にはMCさんの相方のデザイナーである岡本さんに合わせてもらった。
ぼくの歌を聴いてもらうと、
「悪くはないけど、すごい珍しいわけでもないし、君らしさを出してこの先どう続けていくかだね。」
岡本さんの目はするどく、何年も先を見すえ、自分の作品を売って食べて行くことを真剣に考えているオーラが出まくっており、ぼくにも甘い言葉はかけなかった。
まさに今第一線で活動しているということがビンビン伝わって来た。
そしてまたある日は、MCさんは名古屋までダンスを観に連れて行ってくれた。
15~20人くらいの編成のダンスチームが結構大きなホールで開くダンスイベント。
そのダンスチームの名前は憶えてないが、東海では結構有名なのだろうか。
お客さんは数百人から1000人以上はいたかもしれない。
おそらくジャンルはヒップホップなのだろう。印象的なのはチュッパチャップスを全員が口に加えながら、口からみんな同じ方向に飴の棒を出して踊るのがすごいクールだった。
「かっこいい!」
大勢がそろって、クールなダンスを踊る。
ぼくには通って来ていない世界だったし見たこともなかったけど、すごくいい刺激だった。
そんなこんなで浜野さんと出会い、本当に弟のように面倒を見てもらい、充実した三重県生活を送ることができた。
そしていよいよ三重を旅立つ。
「仕事がてら送っていくよ。蟹江まではいけるから。」
「蟹江ってどこですか?」
「名古屋の手前なんやけどええかな?」
「全然いいです。」
「次どこいくんやったっけ?」
「ぼくのギターがヤイリのギターなんですけど、ヤイリの工場が岐阜にあるんですよ。そこに行こうかと思って。だいぶボロボロなので見てもらいたいというのもあるし、やっぱり作られた工場にせっかくだから行きたいですよね。」
「岐阜に行くんやったら、下呂温泉ええよ。長良川のほとりに、無料の温泉があるんよ。河川敷の橋の下に。」
「めっちゃいいですね!ありがとうございます!」
別れはさみしかったが、浜野さんとはこれからもつながり続けられそうな気がしていた。
なんというか、この先関われないとしても旅人同士ずっと心の友で在りつづられそうな気もしたし、「別れは別れ、それぞれまた次のところへ行くのだから」とさばさばできるところも旅人の風情でもある。
でも、「また会いたい」というのが正直な気持ちだった。
浜野さんありがとう。
ぼくは蟹江で浜野さんとお別れした。
蟹江からヒッチハイク。
浜野さんが155台目だったから、次は156台目だ。
毎回思うが、長くお世話になった場所からヒッチハイクを始めると、とてもやるせない気持ちになる。
さっきまでの世界とそこからの世界がまるで違うからだ。
ヒッチハイクがはじまったとたん、一気に一寸先は闇になる。
その落差に執着しているとこの旅は進むことはできない。
もうさっきまでのことはなかったことにして、切り替える。
感傷にひたっていても前に進めるわけではないのだ。
そしてなんとこの日は雨が降っていた。
それもあって浜野さんは蟹江まで送ってくれたのだと思う。
(まずは岐阜駅を目指すか。)
ぼくはヤイリギターの工場が「岐阜にある」ことくらいしか知らなかったのだ。
そんなアバウトな情報でたどりつけるのかという不安はもうとっくになくなっていた。
有名なギターのメーカーだから見つからない訳はないし、いつまでにいかなくてはならないという制限もない。
(必ずたどり着けるはずだ。)
蟹江で乗せてくれたのは、津島在中の中谷さん若夫婦。
奥さんは元ミスなんとかだったそうだ。
「今はお腹に子供がいるのよ。」
(そういう時にこんなよく分からん若者をよく車に乗せてくれるなあ。)
「お兄ちゃん名古屋は行かないの?」
「名古屋はもう行ったので岐阜まで行っちゃいます。」
「名古屋もけっこう歌うたっている人いるよ。行けばいいのに。名古屋なら金山というところで歌ってるよ。」
「そうなんですね。また今度来た時は行ってみます。」
正直名古屋で歌うことには多少のびびりがあった。
ダンスを見に行ったので、一応名古屋に行くというノルマはクリアしていたからぼく的にはそれでよしとしていたというのもある。
びびるというな、一つは都心部に留まる場合、治安が気になるから身寄りがないとなかなか夜が心配なのだ。
もう一つは歌うたいが多い大都会なら、変に縄張りとかがあるとそれもやっかいだ。
しかも天気も悪い。
不安要素が多すぎる。
全都道府県に立ち寄るというノルマをクリアしているから、先へ進むことをぼくは選んだ。
「岐阜に行ったらその後どうするの?」
「下呂温泉というところがいいって聞いたんですよね。」
「温泉好きなの?」
「まあ、好きですね。なんやかやでこの旅で20か所くらいに入ってます。いろいろな方に連れて行っていただいていて。」
「この辺にもあるよ。尾張温泉ていうのが。入ってく?」
「え?温泉あるんですか?」
「そうそう。」
そして本当に温泉に連れて行ってもらった。
その後、中谷さんはぼくを温泉に連れて行ってくれた上に、岐阜駅まで連れて行ってくれた。
三重を出て、いきなりいいスタートだった。が、時間的にはだいぶロスになる。
岐阜駅に着いた時はもう暗くなっていたので、もうこれは岐阜駅周辺で寝るパターンだ。
まあぼくの中では名古屋で寝るよりかは安心感があった。
岐阜駅で降ろしてもらい、ロータリーを歩いていると、ギターを背負う高校生の二人組がぼくに声をかけてきた。
「ひょっとして歌をうたっているんですか?」
「あ、はい。」
「旅をしているんですよね?」
「そうそう。」
「すげえ。どこからですか?」
「東京からヒッチハイクでまわっていて、沖縄まで行って、東京にもどっている途中なんだよね。」
「ぼくたちも歌やっているんですよ。『楽』という名前でやってるんです。」
「いいね!この辺で歌ったりするの?」
「はい。やってますよ!」
「ねえ、この辺で野宿するのにいい場所ないかな?」
「あ、ぼくたちもたまに野宿するんですよ。」
「え?なんで?」
「遅くまで歌って帰れない時があって。」
「なるほど!すごいね!どこで寝てるの?そこに連れて行ってもらっていい?」
「いいですよ!」
本当は彼らと歌い合いっこでもしたかったのだが、雨が降っていていい場所がなさそうだったし、今は寝る場所を確保することが第一だった。
ぼくはアーケイドの一角に連れて行ってもらった。
ただ、なんとなくそこはぼくが寝るには落ち着かない感じのところだったので、お礼を言って別れた後に、近くをうろうろし、結局銀行前で寝た。
案外この旅で最もホームレスっぽい寝方をしたのがこの時かもしれない。
翌日、ぼくは通勤時間を避けていつものように早く起きると昨日の二人組に教えてもらった楽器屋を探した。
なぜ楽器屋かというとヤイリの工場の場所を楽器屋さんなら教えてくれると思ったからだ。
高校生もヤイリの工場の場所までは知らなかったけど、楽器屋さんは教えてくれた。
音楽をやっている人に出会えなかったら楽器屋さんにすぐにたどり着けなかったと思うので、よく考えるとこれは奇跡だったかもしれない。
その楽器屋は西岐阜駅の近くにある「フレンズ」という楽器屋らしい。
地図に書いてもらうと、西岐阜駅の北の方に「ペーパームーン」というお店あり、その近くだそうだ。
まずは西岐阜駅まで行き、開店の時間になるころまで時間をつぶしてから店に向かった。
しばらく歩くと、ちゃんとあった。
「すいません。ヤイリの工場に行きたいんですけど、ご存じですか?」
「知ってるよ。工場に行きたいの?何しに?」
「いや、あのー、ぼくのギターがヤイリのギターなんですけど、修理とかしてもらいたいなあと思って。」
「あ、そう。修理なら浜松だよ。」
「いや、修理だけでなくて、今旅をしながら歌っているんですけど、せっかくなら工場を見に行きたいといううのもあって。」
「なるほど。住所分かるよ。」
「ありがとうございます。」
店員さんは住所と電話番号を教えてくださり、さらに、
「電車で行くなら名鉄の新岐阜から乗って、新可児で降りるといいよ。710円かな。」
と、電車での行き方や運賃まで教えてくれたのだった。
(うーん。でもヒッチハイクだからなあ。どうしよう。ただ、この降り続く雨の中ギターを持ち歩くのはなるべく避けたいところだし、早く治してもらいたいよねえ。)
ということでここは特別に電車を使うことにした。
先の県に進むために交通機関を使うことはルール違反(マイルールで)としていたが、同じ県内で用事を済ますために交通機関を使ったり、一度遠征して戻って来たりということは一応マイルール上はオッケーだったのだ。
たとえば泊まった場所から街に歌いに行くために電車に乗るなどのように。
今回は岐阜県内での用事だし、むしろ内陸部に入っていくので進路としては進行方向の静岡から離れるから、ずるをすることにはならない(マイルールで)。
ギターなくしてこの旅はないし、ギターのためにも最優先事項として電車を使った。
そもそもややこしいルールは別にしても、電車賃だって自分の歌で稼いだお金である。
特に後ろめたいことは本来ないのだが、なんともめんどくさい輩だ、ぼくは。
よし!愛するマイギターの里帰りだぞ!
つづきはまた来週!