第74話 出会った時はゲストだけど、別れる時は友達でいよう【夢夢日本二周歌ヒッチ旅 回顧小説】
かず兄がある時言ってきた。
「SEGEさあ、君が知っていることを残していった方がいいと思うんだよね。」
「残すって?」
「SEGEは一人でもこの牧場をやっていた時もあったんでしょ?SEGEの話聞いてるともったいないなあと思うんだよね。
残して行った方が、この先スタッフをやる人たちのためにもなるし、この牧場のためにもなるし。
人によってやり方がころころ変わっていくってよくないと思うんだよ。
ムーミンさんもやりにくいと思うし。ムーミンさんはそういうの(書き残すの)やらないと思うし。
でも思い通りになっていないと怒るでしょ。
ボイラーのやり方とか、エサのやり方とか、たい肥の作り方とか、SEGEは一通りマスターしているでしょ?
おれがSEGEに質問して書いていってもいいいけど、おれも協力するから。どうかな?」
(なるほど。本当はそんなの書かずに伝えられれば一番いいんだけどなあ。
でもそもそもここのスタッフはみんなボランティアであり、この牧場でずっと勤めようという人達ではない。入れ替わりがはげしい。
そんな中で仕事のルーティーンや質を保つのは極めて難しい。それにそもそもムーミンさんが一切明文化しない人だ。だからややこしくなるんだよね。
それにかず兄のようにすごく主体的に仕事に取り組む人であってもおれが身につけてきたことを伝授するのはすごく難しい。
これもいい機会かな。やってみよう。)
ぼくはかず兄の提案を受け入れた。
単なる一奴隷のぼくが、何か偉そうに「ああしろ、こうしろ、こういうことだ!」なんて書くなんておこがましいと思うが、そうやって頼まれたのだからそれはそれで「ここはやるときだな」と感じた。
そんなことを言ってもらえる何てとてもありがたいことなのだ。
それにかず兄の言う通り、そういった明文化したものがあればいいなとも確かに感じていた。
やり方がころころ変わったり人それぞれになったりすることの弊害を何度も目にしてきていた。
そしてムーミンさんも気分でころころ変わって急に激怒することもあるし、スタッフのやり方が整っていれば、その分無駄なもめごとや無駄な仕事もなくなる。
ぼくはスタッフ期間が長いのと一人スタッフの経験もあったことから、客観的にも何かしらの記録を残していくのはうってつけなのかもしれなかった。
そんなことで、ぼくは夜な夜な仕事を終えた夜に、「SEGEのおと」を完成させた。
かず兄が書いたページもあり、二人の合作である。
このノートはその後のスタッフたちが自由に加筆してよいということを明記し、書き込める余裕も残してあり、実際何人ものスタッフが加筆したり自分のページを作ったりして、よりよいものに日々進化していっている。
現在も引き継がれ、ムーミンさんはスタッフになった者にまずこのノートを見せるようになっているそうだ。
この提案をしてくれたかず兄はさすがだし、とても感謝している。
そしてぼくはこのかず兄と共同で取り組み、牧場に残してきたものがもう一つある。
それはトイレのドアだ。
牧場のトイレは母屋の外に出たとなりの建物にあり、年中ドアは開けっ放しで、牧場を尋ねに来た人は母屋に入る前にちらと左を見るとそのトイレの便器が丸見えになる。
一応お知らせしておくが、山奥の牧場のトイレなのにちゃんとウォシュレットである。それには理由があるのだが。
ムーミンさんはそのトイレに入ると開けっ放しのまま用を足す。小ではなく大の方を。
ムーミンさんは若いころ牛のロデオをした時に牛の角でお腹を突かれて、一命はとりとめたものの腸が3分の1しかない。
だから大の方の事情が大変で、その事情のためにウォシュレットなのである。
さらに、調子が悪い時はしょっちゅうトイレに行かなくてはいけない。その度にドアは開けっ放しだ。
だからムーミンさんが大をしている姿を来客やスタッフが見ることも珍しくはない。
さて、そのトレイのドアは建付けが悪いのか台風で枠が歪んだのか分からないが、とにかく一度閉めると開けるのが大変だし、蝶番も外れそうだった。
(だから開けっ放しなのか)とぼくは思っていたのだが、ドアを直した後もムーミンさんは開けっ放しで用を足していた。
(めんどくさいだけ?)
とぼくは思っている。
そしてお客さんがいる時は用を足すたびに、
「わたくし用を足しています。見ないでください。」
と大声でアピールしている。その習慣は数十年も続いている。
まあ、そんなドアなので、ムーミンさんもドアを閉めて用を足すようになるかなという期待もあって(その期待は崩れ去ったが)、ぼくは牧場を去る前にドアを直すことにしたのだ。
実はぼくは何でも直すのが好きなのだ。いろいろ直してきたが実家のドアも何度も直したことがある。
それでムラっと直したい欲に火がついてしまった。
「ねえ、かず兄。いっしょにドア作り直さない?」
「いいね。やろうか。」
さすがかず兄だ。ものごしは柔らかいのに、腰は重くない。腰痛もちだが。
まず元のドアを外し、骨組み以外の板をすべて取り外した。
そしてオイルステンで茶色に塗った新しい木材を釘で打ちつけた。この時、ぼくはこっそりドアの中に手紙を仕込んでおいた。
「ムーミンさん元気か?」と書いた紙をドアの中に入れて板を打ちつけたから、ドアが破壊されでもしない限りこの紙を見ることはないだろう。
台風もあるし、何かしらが起きてドアが壊れた時にもしかしたらムーミンさんがこの紙をいつか見るかもしれない。
そんな遊び心も入れておいた。
そして蝶番や枠の具合を調整し、つけ直した。
開け閉めは・・・めちゃくちゃスムーズになった。
ぼくはもう一つひらめいた。
(このドアにメッセージを書いたらいいんじゃないかな。例えばインドやネパールで、いろいろな建物や壁などにメッセージが書いてあったように。)
「かず兄。このドアに『come as a guest, go as a friend』って書いたらどうかな?」
「それ、すごくいいんじゃない?」
「いいよね。そうしよう。」
この言葉はぼくがネパールで見たメッセージだった。
『出会った時はゲストだけど、別れる時は友達だね。』という意味だ。
いろいろなホテルやレストランや列車の駅の看板などに書いてあり、旅をしていたぼくの胸に刺さり、ぼくは「go as a friend」という歌をネパールで作ったのだった。
(表に「come as a guest」、中に入った側に「go as a friend」と書こう。)
そうするとトイレに入る人は「come as a guest」を見て入り、トイレに入った人は用を足した後「go as a friend」を見て出ていくのだ。
しかもこのメッセージはこの牧場に来た事自体へのメッセージともなる。たいていの人はトイレにいくのだから。
我ながらすごく気に入ったし、ムーミンさんも気に入ったようだった。
ぼくらはドアに二人のサインをしてドアを完成させた。
かず兄がいたおかげでぼくは牧場に大きなものを2つも残すことができたのである。
かず兄ありがとう!
つづく