見出し画像

第14話 「これって初体験になる?」【夢夢日本二周歌ヒッチ旅 回顧小説】

―この日のことは記録には残っていないが、会話の一言一句を今でも鮮明に覚えている。それはなぜかというと・・・


星空を天井にして寝るのはロマンチックだ。インドでもパキスタンでもゲストハウスの屋上でよく寝ていた。

朝、顔を海の塩まじりの湿気でじっとりさせながら日の出とともに目覚めると、さっそくぼくは函館を出発した。

函館からどうするのか。行きはフェリーだったから帰りもフェリーか。

(でもなあ、それはつまらないなあ。津軽海峡には青函トンネルもあるじゃん。)

ぼくはそう思って、帰りは青函トンネルを使おうと考えた。

でも、これはヒッチハイクで全都道府県を回る旅。「移動はヒッチハイク」という原則(ぼくの勝手な)を崩しては、ずるくなってしまう。

とは言っても海をヒッチハイクで渡るわけにはいかない。だから本州から北海道に渡るときは大間からフェリーで渡ってきたのだ。

それなら津軽海峡を鉄道で渡ったっていいか。ただし、函館から乗るのではずるすぎる。そこで、北海道と青森の一番海峡寄りの駅間だけ乗ってよいというルールにした。

でも実のところ、旅の強者の中には海もヒッチハイクで渡る人もいるとすでに聞いていた。

一つは前日、前さんが教えてくれたフェリーに乗る車に乗せてもらうという方法。でも一人分の運賃を余分に払ってもらわなくてはならない。

それを承知でこちらから声をかけるのは心臓に剛毛でも生えてないとできない。少なくともぼくには怖くてできない。

運がいい人はこっそりトラックの荷台に隠れさせてもらうなんて人もいるという。

でも海ヒッチの強者情報はこれにとどまらない。それは船をヒッチハイクする人がいるということだ。

まさか。

ぼくはそういう情報を聞くたびに首をふって「ありえない!」と心の中で叫んでいた。

でも同時に、「なんでお前はやらないんだ?不可能じゃないだろう?」と自分自身にナイフを突きつけていた。

そうやって日々精神を消耗させていたのである。

無論、いろんな言い訳を心に張り付けて、海ヒッチを選択肢から追いやり、一番無難な「海は車以外の交通手段を使ってよい。だたし最短距離のみ。」というルールを採用した。

北海道の列車の玄関口は函館だと思っていたが違う。函館は特急の駅の玄関口であって、普通列車は函館ではない。

函館の道行く人を捕まえて聞いてみた。普通列車の北海道の玄関口は知内(しりうち)という駅だ。知内は北島三郎さんの故郷だという。

ぼくは朝日がのぼる中、知内を目指した。

その日のヒッチハイクは歩きながらヒッチハイクをする方法を採った。

歩きながらというのは、行き先を書いたスケッチブックをバックパックの背中にかけて、道の左側を進行方向に向かって歩くという方法だ。

こうすることで自分自身は歩いて目的地に近づきながら、同じ進行方向の車に行き先を見せつつ進むことができる。

ここまでにも何度か試していて、ちゃんととまってくれる。

その日は晴れていた。気持ちよい晴天の日だった。左手に海と青い空。背中に朝日。

函館から海沿いの幹線道路をひたすら南東へ向かう。バックパックと「日本二周」と書かれたギターケースを右手に持って。

ぼくは、ファミリーマートを通過した。店内から出てきた30代前半くらいのお兄さんがぼくに手を振っている。

(もしや。)
足を止めておじぎする。お兄さんは手にビニール袋を持っていた。

「乗ってきなよ。コーヒーとおにぎり買ってあるから。」

(まじで?!うれしすぎる!めっちゃウェルカムじゃん!これはホッとする!)

「さっき見えたから先回りしておいたんだよ。」

これが「歩きながらヒッチ」の威力だ。ちゃんと伝わっている。

お兄さんの名前は「まささん」。

「芸名だよ。」

(おもろい人だな。芸名とか言っている。)

「今仕事さがしてる最中でさ。まあいざとなったら体売ればいいしね!」

「またまたあ。何言ってるんですか(笑)。」

かなり話がもりあがった。こちらにもいろいろ質問してくれて、会話が弾む。すごくいい人だ。

「君の笑顔はいい笑顔だね。」
とか、ほめてもらえた。

「へえ。SEGEって言うんだ。SEGEっていうのが顔ににじみでてるね。」

(ああ、ええ人や。今日はラッキーやなあ。)
海沿いの道はだんだん海から離れ、少しひっそりしてきた。

「あとで、あることが分かるよ。」
「え?何ですか?」
「いや、まだ言えないんだよ、」
「またまたあ。またなんか面白いことでしょ?」

そんな感じでフレンドリーにやりとりが続いた。

「もうすぐ知内だよ。知内っていうのは山しかなくてね。北島三郎の歌しか流れてない。さぶちゃんの歌がやまびこで響いてる。」

「へえ、そうなんですか。ところで、さっき言ってた、『あとで分かること』って何ですか?

「ああ、もうすぐだよ。知内に着いたら分かるよ。」

まだ、教えてくれない。そして車は人里を離れ、まわりは山だけになっていた。知内に入ったようだ。

「もう知内ですか?」
「そうだね。山しかないでしょ?役所でもサブちゃんの歌流れているんだよ。」
「さっき言ってたの何ですか?」
「ああ、あれ?あれはさあ、言っていいの?どうしようかな。」
「いやいや、教えてくださいよ。もう」
「実はおれ、、、ホモなんだよ。」

(なんだってーー!そうか、そういうことか!芸名!体売る!君の笑顔いい!いやまてまてまてまてまて!この状況はやばい。襲われるのか?どう乗り切る?とりあえず敵対心を向けてはいけない。怒らせてはいけない。体格的に絶対叶わない。)

まささんは、めっちゃごつい体だった。

「あ、そうなんですか?!」
と普通に返した。

「そうなんだよ。ここはさあ、どんな大声出してもやまびこしか返ってこないんだよ。」
(やばい!めっちゃこわいこと言ってるこの人!おれは今絶体絶命だってことだろ。)

「いやいや何言ってるんですか?もう。」
とあくまでも明るく返す。

「じゃあ、ベルト外して。」

きたーーーーーー!

本当にきたーーーーーー!

(どうする?どうする?一番言われたくないこちらの恐怖の核心をついてきた。なんとか切り抜けろ!あくまでもマジで受け止めてはいけない。)

「ハーーイ!ハズシマス♡」
とおちゃめに言ってみた。手はベルトを外すふりをしただけ。

「アッハッハッ!」

まささんが笑ってくれた。うまく返せたのかそれ以上何も求められず、冗談に変換するということをうまくぼくはやってのけたのだ。

間もなく車は知内に着いた。知内は1日に2本しか列車が来ない。さみしい駅だ。でもロータリーはちゃんとあり、最近できたのかわりときれいだ。そこでおろしてもらった。

画像1

「ありがとうございました!」
「じゃあね。がんばってねー!」

まささんと笑顔で別れることができた。

「ふぅーー。」
(危機を乗り越えたぞ!ん?タバコを車ん中に忘れた!貴重なタバコを。やっちまった!)

一人無人のロータリーにたたずんでいると車が戻ってくる。

「タバコ忘れてるよ。」

まささんが届けにもどってきてくれたのだ。ありがたい。

(やっぱり悪い人じゃなかったんだよな。おれの目は間違えてなかった。信じてよかった。)

断れば、ことを荒立てずに手を引いてくれるとぼくはまささんを信じていた。まささんからしたら普通にぼくのことを「異性」として見ていたんだと思う。

「旅は人を信じなければ成り立たない。」

それがヒッチハイクの旅で大事にしていった言葉となった。

知内のホームにて自撮り↓

画像2

つづく


いいなと思ったら応援しよう!