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第22話 9.11の日、あなたは何をしていましたか?【夢夢日本二周歌ヒッチ旅 回顧小説】
ぼくは富山方面へ歩きながらヒッチハイクをしていた。
松本から158号線上で「背中ヒッチ」。「背中ヒッチ」とは、背中に行き先を書いたスケッチブックをぶら下げて歩くヒッチハイクの方法。
進行方向に進みながら、ドライバーさんたちにも見てもらえる。これ、結構成功する。
198台中32台目。
諏訪から来られたご夫婦に乗せてもらう。このご夫婦は毎週末、県外へドライブに出かけているという。白いナスを見せてくれた。生まれて初めて見た。
このご夫婦に教えていただいたこと。
・「岡工」はバレーボールで全国優勝何回もしている。(長野県の岡谷工業高校のことらしい。)
・神岡鉱山から神通川に流れ出た有毒物質でイタイイタイ病が蔓延した。
・スーパーカミオカンデは、神岡鉱山のところにある。
・長野県は「じゃん」を語尾につけることが多い。
158号で難なく富山に到着。
ぼくはトシに連絡をした。富山まで迎えに来てくれた。
トシは5か月前インドで出会った。インドで出会った「トシ」は3人いる。年上の東京のトシ、同じ年の大阪のトシ、年下の富山のトシ。
ひさびさに出会えたことをお互いに喜んで、トシは実家にぼくをとめさせてくれた。
トシにはお父さんはいない。トシのお母さんは片足が悪いようで、足をひきずっていた。どうしてそうなったのか、こちらから聞くことも憚られたし、トシも教えてくれないので、ぼくは余計に気になってしまった。
お母さんは特にぼくに質問をしてくるのでもなく、静かな方で、毎日ぼくの分の食事も用意してくれた。
トシは富山の宇奈月という、温泉で有名な、立岩連峰の麓町で生まれ育った。インドから帰ってきて、今は実家にいながらアルバイトをしているという。
その日の夜は以前アルバイトで客引きをしていた宇奈月温泉の一つに連れて行ってくれた。
「SEGEさん、めっちゃいい温泉があるんですよ。行きませんか?」
「いや、絶対行くでしょ。」
「もうこの時間は営業が終わってるんですけど。」
「???」
行ってみると、確かにもう終わっている。
「終わってからこっそり入るのが最高なんです。」
「え?!」
「露天風呂からの眺めが最高です!どうします?いいですよね?」
「いや、トシがいいというならついていくから連れて行ってよ。入っちゃおう!」
ぼくらは露天風呂の外側から忍び込み、何の明かりもない、いや、月明かりと星明りに照らされた露天風呂の淵に服をちょこんと置いて、大パノラマを仰ぎながら風呂に腰を下ろした。
富山の、その中でも田舎の方だ。宇奈月は山間にあるし、しかも周りに明かりがないから、星は申し分なく見えた。
なんとなく、一瞬インドに戻ったような錯覚に陥ったし、実際、心境としては同じだったかもしれない。
インドのバナラシで別れたあとに、お互いどんな道をたどったのか、そしてこれからどうするのか、ぼくらは語り合った。
トシもこれから何をするのか、何をしたいのか、特に決まってはいなかった。ぼくだって、こうして旅をしているけど、そのあとどうするか、どうしたいのか、確かなものはなかった。
だから、根本的にはぼくらは同じだったのかもしれない。未来を探す迷える青年ということでは。
トシはその数年後に上京し、照明を学ぶために専門学校に通ったが、現在は家具職人になっている。結婚して子供もいる。
家具職人という道など、インドで出会ったころには見えていなかったはずだ。人には目の前の夢をかなえた後、ようやく本当の夢に出会えるということがあるのだ。
トシは宇奈月に一つ居場所があった。劇団四季の元劇団員だったという住職がいらっしゃるお寺があり、そこでは子供劇団をやっていて、トシも小さいころ入っていたそうだ。
お寺の中にバーのような空間があり、2日目の夜はそこへぼくを連れて行ってくれた。
こんな田舎といっては失礼だが、田んぼばかり、すぐそこは山という土地に、こんな文化的な、斬新な場所があるとはわくわくする。
永六輔さんも顔を出していたことがあるという。
だからトシのようなやつも育つんだなと、うなづけもする。
お寺へ行くと、住職の息子さんが招き入れてくれた。トシは元劇団仲間の同じ年のりなちゃんという女の子にも声をかけていて、4人で遅くまで飲んで語り合った。
ぼくは歌を存分に聴いてもらい、かわいいりなちゃんの胸にも響いたようで、それが一番うれしかった。
ぼくはそんな風にして、数日宇奈月に滞在させてもらっていた。
そしてそれは富山を出る前の晩の日のことだった。明日出発ということでその日は飲みにはいかず、夜ぼくはトシの家の2階のトシの部屋でテレビを見ていた。
トシは風呂に入っていたからぼくは一人で見ていた。
確か21時を過ぎていたころだ。
何気なくテレビを見ていると、飛行機がビルに突っ込んだというようなことがやっている。
(アメリカ?)
(ふーん。)
(ん?)
(いや、これはただごとじゃない気がする。)
ぼくは、事態の重大さに気づくまでに時間がかかった。
こうした光景は映画でよく見ているし、しかもアメリカという異国の地で起きているということもあり、「テレビ画面の中で起きていること」というようにしか脳みそがキャッチしてくれない。
(大変だ!とんでもないことが起きた!)
やっと気づいた。ぼくは一人かたずをのんでニュースにくぎ付けになった。人の家だから大声を出すわけにもいかない。トシが風呂から上がり二階に上がってきた。
「ねえ。やばいことになった。アメリカのビルに飛行機がつっこんだんだって!」
「ええ!まじすか?これすか?なんじゃこれ!やばいっすね。」
ぼくらは1時間以上は画面にくぎ付けになっていたと思う。
(まさか、旅の途中でこういうことを、しかも人の家で見るなんて。)
富山を出発する日が一日早かったら、ぼくは野宿をしていて9.11のことを知るのはずっと後だったかもしれない。
「これって戦争がはじまるってことかな。」
「ありえますよね。」
つづく