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第87話 「作品が盗まれるのは一流の証拠である」【夢夢日本二周歌ヒッチ旅 回顧小説】

楽しいおしゃべりをしながらの、かつ、ぼくは運転をしていたので若干緊張しながらのドライブ。

そして無事に萩に着いた。

萩はぼくが小学生の頃に来たことがある。

夏休み、親父の実家である広島から家族みんなで秋芳洞を見に行った。

秋芳洞の光景で覚えているのは、起伏のある草原に大きな石が所々に突き出している風景だ。

それがきれいだなあと感じたのは覚えているのに、鍾乳洞の方はなぜかむしろ記憶があいまいだ。

学校の先生が一生懸命毎日授業を提供してくれているのに、生徒はそんなことは一つも覚えておらず、「バイクで転んで田んぼに落ちた」とか、ちょっとした雑談の方を覚えているのに似ている。

人間の記憶というのは何が残っていくのか気まぐれな物だ。

そしてその山口県旅行の記憶で一番脳裏に焼き付いているのは親父が萩焼の獅子の置物を買ったことだった。

正確には「買わされた」と言った方がいいと思う。

秋芳洞を見たついでに萩にも寄ったのだが、どこに行って何を見ていいか詳しくない我々に、確か案内を申し出て来たおじさんがいた。

いや、親父の方から声をかけたのか分からない。

どっちかわからないが、その彼に案内されるがままお店に連れて行かれ、

「これはいいものですよ。」

とか言われて20万近い獅子の焼き物を買わされてしまった。

そのおじさんがもしかしたらお店とつながっていて、マージンをもらっていたのかもしれない。

その後何年も親父は、

「あれはだまされた。」

と後悔していた。

多少ぼったくられていたかもしれないし、そそのかされでもしなければ我が家では絶対に買わないであろう、我が家には似合わない置物であったと思う。

そんな高価なものを傷つけるわけにもいかないし、かといってしまっておくのも悔しすぎる。

まさにアンタッチャブルという感じで実家の和室にその獅子は居座り続けた。

悪い物を買ったわけではないが、高い魔除けである。

そんな記憶のある萩にぼくは再来したのであるが、「おれは絶対に親父と同じ轍は踏まぬ」と心に決めて萩に入った。

まあでもぼくの財布事情では、箸置きの一つも買えなかったのであるが。

さてぼくは旅中の焼き物体験にはまっていたので萩でも焼き物体験のお店を探した。

ぼくらは一軒のお店に行き当たった。

「元萩窯」。藍場川という川のそばだ。

ろくろ体験ができると書いてある。

(ここだな。)

ぼくは本谷さんを率いて元萩窯の暖簾をくぐった。

どちらかというとぼくに比べたら本谷さん達の方が地元の人と言えそうだが、ぼくは焼き物体験に自負があったのでそんなことはおかまいなしにどんどん入っていった。

「すいません。体験できますか?」

「できますよ。」

白髪交じりのひげのおじさんがいらした。味がある。いかにも陶芸家という感じだ。

「3人なんですけど。」

「いいですよ。」

「わたしたちもやろうかしらね。」

ぼくたちは3人でろくろをまわした。

「わたしたちこの青年に運転してもらってきたんです。家族じゃないんですよね。」

「そうなんです。」

「どういうことですか?」

「ヒッチハイクで日本一周している青年を乗せてあげたんです。」

「あ、そうなんですか。」

「いや、日本一周ではなく二周なんですけどね。」

「わたしもヒッチハイクで日本一周をしたことがあるんですよ。」

店主は陶芸家の元萩さん。この方もなんと日本一周をしたことがあるそうだ。

日本一周をする人は日本一周をする人を引き寄せるのか。

「東京にもヒッチハイクで行ったけど、あそこは自分の吸う分の空気がないね。」

元萩さんもご自分のことをいろいろ話してくれた。共通の経験があってぼくに興味を持ってくれたみたいだった。

「せっかくだから歌を聴かせてくれよ。」

「あら、いいじゃない!聴きたいわ!」

最高のシチュエーションだ。本谷さんにもそういえば歌を聴いてもらっていなかった。

ぼくはいつものことながら一生懸命歌うと、

「よし、じゃあ、今日はここに泊まっていけばいいよ。」

と元萩さんが言ってくれた。

「よかったわね。わたしたち安心して帰れるわ。」

またまたぼくはラッキーに恵まれた。

焼きあがったあとに届ける住所を書くとき、ついでにぼくは本谷さんに住所を教えてもらった。

本谷さんはぼくのメモ帳に「ポイント」と付記して、「山口県(非)常宿」と書いた。

それは「いつも来るたびに泊まれる場所じゃないよ」ということを伝えているのだが、そういう書き方が高齢の方とは思えない。どこまでもおちゃめな姉妹だ。

別れを告げ、ぼくは元萩窯に一人残された。元萩さんは電話で何やら仲間を呼び始めた。

「なんか面白い青年が来たからうちに来ない?」

どうやらここで宴会が始まるようだ。

ここはろくろだけでなく、ギャラリーも兼ねていて、作品に囲まれたそのスペースで人を集めて酒でも飲もうというわけだ。

「その前に温泉に連れて行ってやるよ。」

元萩さんは車を走らせ、川上温泉という温泉に連れて行ってくれた。この旅16回目の温泉である。

もどってくるとお仲間が集まってきた。お酒をいただきながら、何曲も歌を聴いていただいた。

「君は今日ここで寝ればいいから。」

「え?!こんなたくさん焼き物に囲まれて?ギャラリーで寝るなんてぜいたくですね。いいんですか?」

「ぜんぜん構わないよ。おれは鍵はいつも開けてるんだ。それでこの前盗まれてね。」

「え?!盗まれたんですか?」

「そう。でもおれは、盗まれるというのはいいことだと思うんだよ。盗まれて怒るやつがいるけど、おれはそうは思わない。

盗まれたら一流だって証拠だよ。盗まれないということはそれくらいの価値しかないということだからね。盗まれたらうれしいね。」

そんなことを言う人に出会ったのは初めてだったが、さすが作り手が言うことはちがう。

元萩さんはもともと萩の人ではないらしい。

外から来てここで根を張り、窯をもって一角の作家になっている。

そして「盗まれてもいい」というその余裕が、元萩さんの萩での力を物語っている。

よい人に巡り合えた。

その夜ぼくは元萩さんの作品に囲まれて一夜を過ごすのであった。

盗もうと思えば盗める
寝袋の下のマットも貸してくれた

元萩さんは、いまも健在である。「元萩窯」↓

つづく

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