第106話 明るい人が強い人とはかぎらない〜楽しいから笑うんじゃなくて笑うから楽しくなる〜【夢夢日本二周歌ヒッチ旅 回顧小説】
ライブ翌日は堺の泉ヶ丘にある北崎ファミリー宅に泊めさせていただいた。
夕方、食事の支度を始めた北崎ママは、いつものハイテンションな明るさで、娘さんのかよこちゃんにこう言った。
「SEGEさんと散歩でもしてきたら~!」
「はーい。」
ぼくらは赤らんできた空の下、近所の公園を歩いた。
緑や原っぱの多い広々した公園だから、散歩にはちょうどよい感じだった。
かよこちゃんは、正直に言ってかわいい子だ。
かわいい女子高生だ。
だからぼくは「かわいい女子高生と二人きりで夕焼けの下、公園を散歩する20代の男」なのだった。
でも、これも正直なところだがそういう浮ついた気持ちはぼくには湧いてこなかった。
女子高生と言っても、ぼくにはかなり下の女の子に思えたからだ。
もちろん彼女の気を引こうとか、心を揺さぶってみようなどという思いも湧くわけもなかった。
ご家庭にお世話になっているということ以上に、かよこちゃんはとてもまっすぐで真剣みのある女の子だったからだ。
しかし、彼女側からとしてはこの状況をどうとらえていたのだろうか。
8歳くらい上の、歌を歌いながら旅をしている男性。この前はライブをしていた男性。ママがヒッチハイクで乗せてあげた男性。
その男と公園で二人きりで散歩をする。
あまりデートをした経験はないのかなと勝手に思ったけど、こういう状況は初めてなのかもしれない。
何を話したらいいのだろうか。どうふるまえばいいのだろうか。
そんな気持ちでいるのかもしれなかった。
そしてそれをぼくも感じるものだから、ぼくだって少しかたくなるのだった。
ゆっくりなテンポでいくつか会話を交わし、15分ほど歩いただろうか。
空のオレンジがだんだん濃くなり、暗闇がそのオレンジを縮め始め、ぼくらは帰途についた。
「どうだった~?散歩は?」
「うん。」
どうしてこのハイテンションなお母さんからこんなおしとやかなかよこちゃんが生まれ育つのだろう。
そもそもどういうつもりで娘とぼくを散歩に出させたのだろうか。
「お風呂もあるからSEGEさん入ってね!」
「はい!ありがとうございます!」
その晩は御主人とも初対面し、4人全員そろった北崎ファミリーにもてなされて、ぼくは翌日奈良へ向かった。
ヒッチハイク139台目。
北崎さんに富田林まで送ってもらった。
「またね~!SEGEさんがんばってね~!」
これが北崎さんとは最後になるとぼくは思っていた。
しがし、違ったのだ。
それから何日か経ったある日。
北崎さんのお母さんから電話があった。
(なんだろう。)
「SEGEくん?今どこ?どこかで泊まっているの?」
「まあ、野宿ですね。」
「そっか。大変だね。がんばってるよね、SEGEくん。」
(なんだ?おれが知ってる北崎さんじゃない。)
明らかに声が暗かった。
「こんなことSEGE君に言うなんておかしいけど、わたし元気が出なくて。笑えないの。どうしたらいい?SEGE君なんてこんなことないでしょ?」
「いやいやいや。ぼくなんてしょっちゅう落ち込んでますよ。」
「え?そうなの?でもあんな元気な歌を歌っているし、すごい旅もしているし。」
「ぼくは臆病ものなんですよ。でもそういう自分が嫌で、強くなりたくてこういうことをしてるっていうのもあるんですよ。」
「そんなふうに見えない。」
(北崎さん、何があったんだろう。こんな年下の若造に相談なんて。)
「ごめんね。なんか私最近つらくて・・・。」
(泣いてる・・・。)
「落ち込んだ時ってどうしたらいいんだろう。」
「うーん。そうですね。実は人間て、楽しいから、元気だから笑うと思われているけど、笑うから楽しくなるという研究があるんですよ。だから鏡に向かって笑顔を作ると自然と楽しくなってくるんですよね。やってみてはどうでしょうか。」
「え?!そうなの?わかった、やってみる。ありがとう。大変な旅しているのにごめんなさい。」
「いえいえ。お力になれたらうれしいです。」
「じゃあね。」
「じゃあ。」
あんなにハイテンションな北崎さんがどうしたんだろう。
むしろぼくの方がその元気の秘密を聞きたいくらいだったのに。
明るい人とは何なのだろう。
明るい人が強い人とはかぎらない。
明るい人にも、もろさや影があることもある。
いや、そういう弱さや傷があるからこそ、明るくふるまうのかもしれない。
ぼくだってそういうところがある。
弱さがあるから強くなろうとする。
いやいや、そもそも明るいか暗いかという質と、強いか弱いかという質とは結び付くものじゃないのではないか。
愛想がない、寡黙な人で芯が強い人だっている。
その反対に明るいけど、もろい人もいる。
人は見かけによらず、ひとしれず内側で戦っているものなのだ。
単純で内面に何も葛藤がない人よりも、ぼくはそういう人の方が好きだ。
シンプルは強いとは聞くが、ぼくはそういう強さは持ちえないし、ぼくが目指す道ではないのだろう。
(北崎さん、大丈夫かなあ。元気出してほしいなあ。北崎さんも戦ってるんだなあ。)
その電話を最後に北崎さんとお話することはなかったが、きっと今も日本のどこかでがんばっているに違いない。