第110話 ○ん○んをいじられたらぎりぎりセーフなのか、ぎりぎりアウトなのか【夢夢日本二周歌ヒッチ旅 回顧小説】
「ボク、これ食べる?」
(「ボク」?さっきはおれのこと「君」って言っていたのに、呼び方が変わったぞ。)
銭湯に入って血色の良くなったおじちゃんの顔は、艶がよく、ほほが赤らんでいて、もうすぐ夕日になりそうな太陽に照らされ輝いていた。
そして窓全開の軽の運転席には気持ちよい風が入り込んで、おじちゃんのまだ乾ききっていない髪の毛をドライヤーのようにたなびかせて、徐々に乾かしていっていた。
この「おじちゃん」は、いったい何者なのか。
ぼくはおじちゃんの菓子パンをもらって食べた。
「社宅ってどんな感じなんですか?ぼくが泊まっても大丈夫なんですか?」
「大丈夫。いつもは何人かで住んでるんだけど、ちょうどみんなで社員旅行に行っていてだれもいないから。」
「社宅ってアパートみたいな感じですか?」
「一戸建てなの。」
「え?広いですね。そこに何人かで住んでいるんですか?」
「そうそう。」
「おじちゃんはそこに住んでないんですか?」
「ぼくは近くに住んでるの。」
「あ、そうなんですか。」
「ちょっといい?」
「え?」
おじちゃんは信号待ちの時に、急に左手をぼくの目に伸ばしてきた。
そしてぼくの下まぶたを親指でぐいっと下にめくった。
「あ~。」
(なんだなんだ????)
「ボク、肝臓悪いって言われない?」
「え?う~ん・・・思ったことないですね。あ、親父に肝臓が硬いと言われたことはありますけど、小さいころ医者にそう言われたらしくって。特に自分では悪いとは思ったことはないですね。」
「あ、そう。おじちゃんね、分かるんだよ。保健所に勤めていたことがあってね。分かるんだよ。」
(保健所って微妙だなあ。)
「家に着いたら診てあげるから。」
「あ、はい。」
(どう何を診るのだ?保健所勤務って、どの辺の知識とか、技術とかがあるんだろう。やばいな、これ。どうなるんだ今日は・・・。今ここで車を降りようか。いや、よく考えよう。でも考えているうちに社宅に着いたらそこから逃げるのはいい手じゃない。おじちゃんにマイナスな感情を抱かせてしまいかねない。そしておじちゃんはよりによってガタイがいい。マイナスな感情を抱かせてしまったら無事にお別れすることはできないかもしれない。それに相手に地の利があるから逃げるのは難しい。どうしてこれ系の人ってみんなガタイがいいんだろう。いや、もうちょっと冷静になろう。そもそもこのおじちゃんはいい人だろうか悪い人だろうか・・・。う~ん。やはりいい人だな。ちゃんと話をすれば分かる人だ。それを信じないといけない。それと、今の自分にとっては屋根のあるところで寝られることと、洗濯ができることはかなりのメリットだ。多少リスクがあってもチャレンジしてみる価値はある。よし、おじちゃんの社宅に行って見るか。行ってみて考えよう!何とかなる!)
今すぐに判断しなければ大変なことになるかもしれない。
だからぼくの頭の中は高速で回転した。
風そよぐ車内でおじちゃんは依然として気持ち良さそうに運転していた。
そして住宅街にある一角に車は止まった。
「ここです。どうぞあがってください。」
「お邪魔します。」
ぼくは上がってすぐ右の和室に荷物を置いて、おじちゃんと一緒に家の中を見て回った。
「うわ、広いですね!トイレも風呂も、洗濯機もありますね。」
「もう一度シャワーあびたかったら使っていいよ。」
「洗濯機も使っていいですか?」
「もちろん、いいよ。二階も見る?」
「はい。」
5人くらいが住める間取りだった。一通り見て回るとおじちゃんが言った。
「じゃあ、ここに横になって。おじちゃんが診てあげる。」
「あ、はい。」
ぼくは荷物を置いてある和室にあおむけになった。
「お腹触るね。」
(触り始めたぞ・・・。いや、でもまだこのくらいならおかしいことではない。)
「ちょっとズボンも脱ごうか。」
(ズボン!!いや、ズボンまでならセーフかな・・・。)
「おじちゃん、保健所に勤めていたから分かるんだよ。ボク、精子の後に黄色いの出ない?」
「え?!精子の後ですか?あまり見たことないですけど、出ないと思います。」
「あ、そう。黄色いのが出ると肝臓がよくないんだよね。」
ガバッ!!!
ぼくは、パンツを脱がされた。
(なにい!!!!!)
ついに来てしまった。この時が。また来てしまった。いや、ここまでは初めだ。やはりそうだったのだ。不安は的中してしまった。
こうなったらここからは最悪の事態を避けることに全力を傾けなければならない。
「おじちゃんが出してあげるから。」
そう言っておじちゃんはぼくの○ん○んを右手でこすり始めた。
(どうする?力じゃ勝てない。やはりうまく切り抜けなければ!)
「おじちゃん待って!」
おじちゃんの手は4回目くらいのところで止まった。
(どうする?)
まずはこの場から離れたい。考える時間を作りたい。
「おじちゃんだと立たないから、ちょっとトイレ借りてもいいですか?自分で出してみます。」
「あ、そう・・・。いいよ。」
おじちゃんはさみしそうにし、ぼくをトイレに行かせてくれた。
ぼくはまずはトイレに避難できた。
くそまじめなぼくは、次に打つ手を高速で考えながら一応言葉通り自分のあそこをこすってみた。
でも、この状況で立つわけがない。ただ、その方が説得力が増す。
状況的には、ぼくがここを安全に切り抜ける方法は言葉でしかない。しかもぼくはここで寝たいし、洗濯もしたい。
まだその欲にもこだわっていた。
安全に切りぬけ、しかもここに泊まるためにどうするか。
(よし、こうしよう。ちゃんと話せばわかる人だとおれは信じた。大丈夫!)
ぼくはパンツを上げてトイレを出た。
おじちゃんがトイレの正面でチャックを開け、手には石鹸と水を持って待っていた。
(こわ。)
「おじちゃん。やっぱり立たなかった。今日は出ないみたい。肝臓が悪いかもしれないんだよね。東京に帰ったら病院に行って診てもらうことにするよ。」
「そうか。そうだね。診てもらった方がいいよ。」
「はい。そうします。すいません。」
「いいよいいよ。じゃあ今日はゆっくり休んでいって。」
「はい。ありがとうございます。」
おじちゃんは玄関に向かった。
「朝、早く起きたら鍵はしめないで出て行っていいから。あとでおじちゃんがしめにくるから。」
「わかりました。ありがとうございました!おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
(やったー!!!切りぬけたーーーー!!いやあ、まじで今回は危なかったわ。ぎりぎりセーフだわ!!)
ぼくは奇跡的に危険を回避した。
でも―
(いや、待てよ。この家の鍵はおじちゃんが持ってる。ということは、こちら側から鍵をしめていても、おじちゃんは開けて入れるし、夜寝ていた時に襲いに来ることもできる。おれは寝袋で寝るから襲われた時は動きがとりにくい。どうしよっかなあ。そうだ!!)
ぼくはなぜか細い鎖を持っていた。しばったりするのに使えるだろうと思って持っていたのだ。
それを使って「ドアクローザー」を縛るのだ。
ドアクローザーはドアの上部にある「く」の字型に折れ曲がる部分の事。
あそこをしばってしまえばドアは開かない。
しかも鎖を持っていたことがこういうことに役立つとは思いもしなかった。
(ラッキー!)
ぼくはドアクローザーをしっかりしばって、その後、家じゅうの窓の鍵をすべてしめてまわった。
でもそれでも万が一ということもある。もしかしたら何らかの方法で入ってくる可能性もある。
それに、かりにおじちゃんが夜来た時に玄関が開かなかったらおじちゃんはどう思うだろうか。
逆上してどんな手段を使ってくるかもわからない。
もし入ってきたらどうするか。
(寝袋に入っているからすぐに気づきたいところだな。入ってきたことがわかるには、音が立ってほしいから・・・。)
ぼくは荷物に入っているビニール袋をすべてだし、自分の寝袋のまわりや部屋の入り口の方に置いた。
ビニール袋を踏めば音がする。
そしてギターケースも開けて置いておいた。人が当たればバタンと音を立ててくれるだろうし、足止めにもなる。
(これでやれることはやったな。たぶん大丈夫。事件になるようなことをあのおじちゃんがわざわざするとは思えない。)
ぼくが「大丈夫な人」と割り切れたのは結局のところそういうことなのかもしれない。
ことを荒立てて犯罪に手を染めてしまう人なのかどうか。
そこまでの人にはそんなに会うことはない。
感情的にさせたり、力を使わせたりしなければたいていのことはきっと切り抜けられるのだ。
しかし、朝が来るまではその確証はなかった。
でもやることはやったから後は割り切ってことを進めるしかない。
まあ逃げようと思えばその時点からでも逃げられたのだが、ぼくは泊まる方にかけた。
寝袋回りに安全網をはりめぐらし、ぼくはちゃんと洗濯機を使わせてもらい、神に祈る気持ちで寝袋の中で目を閉じた。
「神さま、今日は無事に切りぬけられました。ありがとうございます。」
ぼくはその夜爆睡した。