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第72話 死を覚悟した時に思うこと~後編~【夢夢日本二周歌ヒッチ旅 回顧小説】

ぼくは我慢できなくなりムーミンさんに言った。

「ねえ、帰れるかな。おれあまり泳ぎ得意じゃないんだよね。」
「え!?そうなの!!」

潮の動きは見た感じ結構強かった。風が少しあり、浜を見て左は半島のように少し出ているが、右に潮が流れているように見えた。

つまり浜に近付きにくい潮の流れだ。

そしてぼくには今の地点は浜まで300mくらいの距離に見えた。

「まったく泳げないわけじゃないけど、この距離を泳ぎ切る自信はないんだよね。けっこう流れがあるでしょ。下手に泳いで途中で力尽きちゃったらやばいよね。」

そう。ぼくはたしかに泳げないわけじゃない。25mをクロールで泳ぐことはできる。

でもそれ以上の長い距離を泳いだことはほとんどない。しかもただ浮いていればいいという潮の状態でもなかった。

この状況ではったりをかまして泳ぐことの方がぼくは危険だと思った。だとすればどうすればいいのか。

今の状態だと途中までは歩いていけるだろう。でもどの道このままだと泳がざるを得ないだろう。潮の抵抗を受けながら歩くだけでも結構な体力を使うはず。

それから泳ぐのはやはり大変だ。

ムーミンさんはさけんだ。

「海難事故だ―――!!!!」

まったくムーミンさんらしいリアクションだ。

ぼくは、一か八かの賭けに出た。自分で泳ぐか、それ以外の方法を考えるか。

ぼくは、コニさんに助けをお願いすることにした。コニさんはサーファーだと聞いたことがある。

「コニさん、サーファーでしょ。浜まで泳げない?」

「え?ぼくがですか?泳げないことはないけど・・・。大丈夫だと思います。」

さえない返事。

いや、大丈夫じゃないわけはなかった。泳げるという判断があったからこそまだ漁をしていたのだから。

それはもう、立派なおじさんのムーミンさんも同様なはずだった。

じゃなかったらとっくにぼくらは引き返しているはずである。

でも救命をお願いされたコニさんは緊張していた。不安そうだった。

何しろぼくはこの沖で待っていなくてはならず、海面がぼくをおぼれさせる前に助けを呼ばなくてはならない。

つまりスピードが命なのだ。

「行ってきます。」

この瞬間、ぼくの命はコニさんに託されることになったのだった。

そしてぼくとムーミンさんは近辺で高い場所を見つけ、そこにとどまった。

コニさんはクロールで浜に向かっていく。しかし、コニさんは思いのほか進まなかった。

やはり潮の流れが強いのだ。

右へ流されながら、少しずつ浜に近付いていく。

(やっぱり、おれが泳いだとしたら厳しかったよな。)

ぼくらはコニさんの泳ぎを祈るような気持ちで見詰めていた。

日はかたむいてきていたからだんだんと寒くもなってきていた。

水の高さはお腹から胸にかけて上がってきていた。

潮のもどりが早い。

そしてコリさんはようやく浜に上がった。小さな浜には誰もいなかった。

「だれかー!!助けてくださーい!!」

そう走って叫びながら浜の奥に消えて行った。

数分後、住民の方々らしき人が現れた。

「たすけてー!!」

ムーミンさんとぼくは必死で叫んだ。しかし、誰も動こうとしない。

(なぜだ?)

実は浜には1台ボートが寝かせてあったのだ。だからそれを出してくれればいいのに、誰も動こうとしない。

(おーい!そのボートを出せー!!)

そう言っても誰も反応しない。

「なにやってんだよ!はやくだして!そのボート!!こっちはやばいんだよ!!」

するとコニさんが何か言っている。

「今、救助隊の船が那覇から向かっているそうです!」

「那覇?そんなの無理だよ。その前に死んじゃうよ!」

「早くボートを出せー!!」

(那覇から?何を言ってるんだ?冗談としか思えない。)

しかし状況は何も変わらなかった。よく見るとなぜか浜にいる人たちは笑っているように見えた。

(こっちは必死なのに、なんで笑ってるんだ?)。

「よし、歌うぞ!体が冷えて来たからな。SEGE歌え!」
「うん。『一線を~越えよ!え~お~!・・・』」

するとなおさら浜の人達は笑っている。

「違う!寒いから歌ってんだよ!こっちは死にそうなんだー!早く助けてくれー!!」

もう水の高さは胸のあたりまで来ていた。

(そろそろ本当にまずいな。)

ぼくの体に恐怖の冷たさが足の底から駆け上ってくる。

(今日ぼくは死ぬのだろうか。)

すると浜に救助隊らしき人たちがやってきた。

(これで助かるのか?)

しかしいっこうにボートを出そうとしない。救助隊の方々は、いったん浜にあったその黄色いボートを見たのだが、しかし使おうとはしなかった。

「早くしてくれー!!助けてー!!」

もう水が首に来ていた。ぼくらはモリを海底に刺して、二人でそれを持ちながら身体を支えていた。

万が一足が下につかなくなってもそれで少しでも時間をかせげると思ったからだ。

もうぼくらがいるところ以外には足が着くところはなさそうだった。もちろんそれを確かめる余裕なんてない。

しかし、ムーミンさんはその時どんな気持ちだったのだろう。この泳げないとは知らなかったおろかな若者を助けるために、一緒に沖にいて、一緒にモリをもって助けを待ってくれている。

もしかしたらこのまま足が着かなくなり、そうなると背の高いムーミンさんに初めはしがみつくことになり、その後ムーミンさんは泳がざるを得なくなるだろう。

その場合、ぼくをひっぱって泳ぐことになるのか?

ぼくはまったく泳げないわけではないが、人をひきつれて泳ぐことがものすごく体力のいることなのは明らかだ。

ムーミンさんだって危険なのだ。

そんな危険を、当然この人は覚悟しているだろう。申し訳ない。そしてありがたい。

ところが一方で、ぼくにはどこか危機迫らないものもあった。

それはムーミンさんが横にいてくれているという安心感も当然あったけども、それだけではなかった。

状況としては、けっこうまずい。もうあごの下まで水面は来ていたし、ボートも出る気配がない。

このままの状況が続けばおぼれてしまう可能性は高かった。

ぼくは、生まれて初めて本当に今ここで死ぬかもしれないなと思っていたのだ。

ぼくはふと沖縄の大空を見て思った。

(おれが今死んだらどうなるんだろう。かあちゃん悲しむだろうなあ。ちはるも絶対悲しむよなあ。)

もしかして今日ここで死ぬかもと思ったその時、ぼくには母親と彼女の顔が浮かんだのだ。

(いや!そんなことはない!かあちゃんやちはるたちはおれを待っていてくれている!それにおれにはまだやることがある!今ここで死なない!死ぬわけがない!)

そう思ったのだった。

それは願いとか希望とか、がんばるぞ!とかそういう気持ちではなく、

「今日おれはここで死ぬことはない。死ぬことにはなっていない。」

そう決まっていることが分かったという感覚だった。

神様に、そう決めてもらっている感触だった。

ふとぼくはそう思えたことにより、なぜか「今日は助かる」「おれは死なない」という自信に似たものが湧き上がってきた。

でも、状況はまだ変わっていなかった。

すると浜に黒いものを救助隊が運んできたのが見える。救助隊がついにボートを浜に持ってきたのだ。

「おーい!早くしてくれー!!」

ボートは海に乗り出し、ぼくらをめがけて漕ぎ進んでくる。

(やった!これで助かるよね。)

ぼくら二人はじっとそのボートを見つめながら待っていると、ようやくボートがたどり着く。

10m。5m。3m。2m。1m。

(やった!助かったぞ!)

「ありがとうございます!」

そう言って乗ろうとした時だった。

「乗らないでください!」

「・・・え?!」

「このボートは小さいので、今二人が乗ると転覆する恐れがあります。なので、ここで救助のボートを待ちます!」

(この期に及んでまだボートに乗れない?そんなことあるの?まだここで待つの?那覇からの船?)

ぶちぎれたのはムーミンさんだった。

「ふざけんな!おまえらは何しに来たんだ!こっちはもう限界なんだぞ!」

そう言いながら、ボートに手をかけていたぼくをムーミンさんは後ろから手で押した。

「ほら。それ、のっちゃえ!」

するとぼくは難なくボートに乗ることができた。救助隊の人達ももはやとめることもできず、ついでにムーミンさんも乗ることができた。

こうしてぼくは無事に浜にたどり着き、なんともおそまつな「海難事故」は解決した。

とにかくコニさんには感謝したい。彼は命の恩人である。コニさんがサーファーでなかったら、サーファーだと知っていなかったら、ぼくは彼にお願いしなかったと思うし、助かっていなかったと思う。

ボートをなかなか出してくれなかった理由を後で聞くと、どうやら船に穴が開いていたそうだ。

どおりでで出してくれないはずだった。

しかし、必死で助けを呼ぶぼくらを笑って見ている村の人々の心境はいかほどだったか。

きっと歌っているぼくらを見て、余裕があると思ったのだろう。

恥ずかしい海難事故だったが、ぼくは大切なことに気づかされた。

それは、ぼくには待っていてくれる人がいるということ。それと、ぼくはまだこの人生でたくさんやることがあるのだということだった。

つづく

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