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ゲーテのファウストは面白くない?―私がファウストを”楽しく”読めるようになった6つのステップ―

この記事で読めること

  • ファウストを楽しむために私が実践した6つのステップ

  • ファウストの簡単な紹介

  • ファウストを面白くないと感じてしまう理由


太宰治の「斜陽」において、ゲーテの「ファウスト」が登場する。先日紹介したチェーホフの「桜の園」は「斜陽」とかなり密接な関係があった一方で、「ファウスト」については「桜の園」ほど肉薄した連関はない。しかしながら「斜陽」で読者に大きなインパクトを残した直治の「夕顔日記」にその名が登場するのに加えて、「斜陽」と共通する部分も散見されるため、重要な書籍としてここに扱うことにした。
ファウストといえば、ゲーテの言わずと知れた名作であるため、太宰との関連を抜きにしても、人生で読んでおいて損がない書物ともいえる。


ファウスト、面白くない…?ええ、私もかつてそうだった。

正直なところ、私も初めて『ファウスト』を読んだとき、「これは何が面白いんだろうか…」と思って挫折しそうになった一人である。難解な言葉や哲学的なテーマ、長いモノローグに圧倒されて、「自分には向いていない本なのかもしれない」と感じた。

しかし、「もう一度挑戦してみよう」と思い立ち、6つのステップを試したところ、驚くほど楽しく読めるようになった。今では『ファウスト』が持つ深いテーマや人間の欲望を描いた物語に感動し、むしろお気に入りの本の一つになっている。

ここでは、その6つのステップを紹介する。もし『ファウスト』を途中で断念してしまった経験があるなら、ぜひ参考にしていただきたい。


ファウストってどんな作品?

「タイトルは聞いたことがあるけれど、読んだことはない」という人は多いだろうし、文学になじみがないとそもそも全く知らないという方もいらっしゃるかもしれない。
まずはファウストがどんな作品なのかを簡単に抑えておこう。

『ファウスト』は、ドイツの文豪ゲーテが書いた二部構成の戯曲で、知識欲に駆られた学者ファウストが悪魔メフィストフェレスと契約し、その結果経験する数々の出来事を描いている。

ファウストのあらすじ

第一部:

ファウスト博士は、神学、哲学、医学、法学などあらゆる学問を究めたが、真理に到達できないことに絶望し、禁断の魔術に手を染め、悪魔メフィストフェレスを呼び出す。メフィストフェレスは、現世であらゆる快楽を提供する代わりに、死後の魂を引き渡す契約を持ちかけ、ファウストはそれを受け入れる。若返ったファウストは、純真な少女グレートヒェン(マルガレーテ)に恋をし、メフィストフェレスの助けを借りて彼女を誘惑する。しかし、その結果として彼女の母親の死、兄バレンティンの殺害、さらにグレートヒェン自身が産んだ子供を殺めてしまう悲劇が起こる。最終的に、グレートヒェンは投獄され、精神的に追い詰められた末に処刑される。ファウストは彼女を救おうとするが、失敗する。

第二部:

舞台は一変し、ファウストはメフィストフェレスと共に皇帝の宮廷に仕え、国家の経済再建に貢献する。その後、ファウストはギリシャ神話の絶世の美女ヘレネーを求めて旅に出る。彼はヘレネーと結婚し、一子をもうけるが、息子は若くして命を落とし、ヘレネーも消えてしまう。現実世界に戻ったファウストは、皇帝を戦争で勝利に導き、広大な領地を授与される。彼は海を埋め立てる大事業に着手するが、最終的に盲目となり、死の間際に理想の社会を夢見ながら息を引き取る。メフィストフェレスはファウストの魂を手中に収めようとするが、天使たちによって阻まれ、ファウストの魂は天に昇り、救済される。

この作品は、人間の知識欲、欲望、善悪の葛藤、そして救済といったテーマを深く掘り下げており、ドイツ文学の最高峰とされている。


ファウストに影響を受けた作品・作家たち

ファウストは、その深遠なテーマと独創的な構成により、文学や音楽、哲学といったさまざまな分野で影響を与えてきた。ここでは、『ファウスト』に特に顕著な影響を受けた作家や作品を紹介しよう。

トーマス・マン

トーマス・マンは、ドイツの代表的な作家で、彼の作品『ドクトル・ファウストゥス』は、ゲーテの『ファウスト』を現代的に再解釈したものとして知られている。この小説では、音楽と人間の精神を絡めた新たな視点から『ファウスト』のテーマを探求している。

オスカー・ワイルド


イギリスの作家オスカー・ワイルドは、小説『ドリアン・グレイの肖像』で『ファウスト』の影響を強く受けている。この作品では、主人公が魂と引き換えに永遠の若さを得るというプロットを通じて、人間の欲望や道徳観が問い直されている。

チャールズ・ディケンズ

チャールズ・ディケンズの作品『クリスマス・キャロル』には、超自然的な存在との出会いを通じて主人公が自己を見つめ直すというテーマが描かれている。これは、『ファウスト』に通じる構造であり、ディケンズ独自の視点で再構築されている。

フリードリヒ・ニーチェ

哲学者フリードリヒ・ニーチェも『ファウスト』から影響を受けた人物の一人だ。彼の思想には、人間の欲望や自己超越といった『ファウスト』のテーマが反映されており、その哲学的な探求の基盤となっている。

フランツ・シューベルト

オーストリアの作曲家フランツ・シューベルトは、『ファウスト』の登場人物グレートヒェンに触発されて歌曲『糸を紡ぐグレートヒェン』を作曲した。この作品は、グレートヒェンの内面を音楽的に描写した名曲として知られている。

森鴎外(もり おうがい)

森鴎外は、『ファウスト』を日本に紹介した最初期の作家の一人である。彼はドイツ文学の翻訳者としても知られ、『舞姫』や『うたかたの記』といった作品に『ファウスト』のテーマである欲望や倫理観、人間の内面的な葛藤を反映させた。鴎外が描いた物語には、東洋と西洋の価値観の間で揺れる人間像が垣間見える。

手塚治虫(てづか おさむ)

手塚治虫は漫画という形で『ファウスト』を表現した。彼の『ファウスト』は、原作を忠実に描きつつも、漫画特有のダイナミズムで再構築されている。また、晩年の未完作品『ネオ・ファウスト』では、高度経済成長期の日本を舞台に、『ファウスト』のテーマである欲望と救済を独自の視点で描いている。

特に手塚治虫は、ゲーテの『ファウスト』に深い感銘を受け、生涯にわたりそのテーマを取り上げてきた。彼は、『ファウスト』を漫画という独自の表現で再構築し、さまざまな形でその魅力を描き出している。

ファウスト
1950年に発表された作品で、ゲーテの原作をもとに漫画化された。幻想的でアニメーション風のタッチが特徴で、手塚が中学生時代に繰り返し読んだ原作の影響が色濃く反映されている。物語の中で、人間の欲望や葛藤が鮮烈に描かれている。

百物語
1968年に発表された『ライオンブックス』の一編で、『ファウスト』の要素を取り入れつつ、舞台を日本の戦国時代に移し替えた作品。日本的な要素と『ファウスト』のテーマが融合した独特の物語になっている。手塚独自のアレンジが光る作品だ。

ネオ・ファウスト
1987年から『朝日ジャーナル』で連載された作品。舞台を高度経済成長期の日本に置き換え、『ファウスト』のテーマをオリジナルのストーリーで描いている。手塚の死により未完となったが、晩年の思想が色濃く反映された意欲作である。


ファウストを面白くないと感じてしまう3つの理由

『ファウスト』は名作として知られているが、実際に読んでみると「ちょっと難しい」「面白さがわからない」と感じる人も多いだろう。私もその一人だった。ここでは、『ファウスト』が面白くないと感じられる理由を三つ挙げてみよう。

1. 難解な言葉と哲学的な内容

『ファウスト』は哲学や宗教、科学に関するテーマを含んでいるため、何を言っているのかわかりにくい部分が多い。特に主人公のファウストと悪魔メフィストフェレスの対話は、抽象的で深い内容が続くので、読むのにエネルギーが必要だ。こうした難解さが、読者を遠ざける理由の一つだと思う。

2. ストーリーの構造が複雑

『ファウスト』は二部構成で書かれているが、それぞれの展開が大きく異なり、特に第二部は舞台設定や物語が抽象的で、現実感が薄い。また、登場人物も多く、状況が突然変わるため、全体像を把握しづらい。結果として、どこに注目すればいいのかわからなくなる。

3. 情景描写の少なさ

『ファウスト』は戯曲形式で書かれているため、情景描写が極めて少ない。その結果、物語の場面や雰囲気を読者が具体的にイメージするのが難しくなっている。対話や哲学的なテーマに重点が置かれているため、特に情景描写を楽しむ読者にとっては物足りなく感じるかもしれない。また、情景の描写が少なさが、登場人物の感情や場面の緊張感が伝わりにくくしている。

なかでも私が最も衝撃を受けたのは第二部でファウストが失明した際のこの描写の少なさである。

憂い
おさらばする前に力のほどをみせてやる。人間は、しょせんは生涯、盲目だ。だからファウスト、おまえも、とどのつまりは盲になる。
(息を吐きかける)
ファウスト(目が見えない)
夜がいっそうふけたらしい。(以下略)

集英社文庫「ファウスト 第二部」ゲーテ著/池内紀訳 402頁

物語でかなり重要な場面であるにも関わらず、この描写の少なさだ。うっかり読み飛ばしそうになった私は、文章を追う目に急ブレーキをかけて読み直し「……これで終わり?」と感じたのをよく覚えている。ファウストにはムスカを見習ってほしいと思ったくらいだ。これだけ描写が少ないと置いていかれる読者も多いことは想像に難くない。

結構本気でこれくらいリアクションするものだと思っていた

名著を「好きになる」必要はない。

大切なことだからぜひ伝えておきたいことがある。それは、ファウストが名作だからと言って「好きになる」必要は決してないということだ。創作物の感想は人それぞれで、それらは個人の意見としてひとつひとつ尊重されるべきものだからである

私はこれから、自分自身が”楽しく”読めるようになったステップについて紹介し、これがファウストの良さを理解できていない人の手助けになること間違いなしだと考えている。ファウストに挑戦し「どうしても好きになれない」とか「私には文学を楽しむ才能がないのかもしれない」などと悲観的になる必要は決してない。だからどうかファウストについて重く構えすぎないでほしい。これが私の願いだ。

もしも以下の6つのステップで「楽しく読めるようになった」とか「好きにはなれなかったけど、どうして面白いとされるのかはわかった」と感じていただければ幸いである。
無論「好きにもなった!」のであれば、もっともっと嬉しい。

「どう面白かったのかすらわからなかった……」という方はぜひコメントで教えていただきたい。そしてnoteの規約の範囲で返金申請してくれて一向にかまわない。甘んじて受けれ入れるし、これからさらにいい記事を書けるように努力するエネルギーにもなる。


お知らせ

ファウストが関連していた作品として太宰治の「斜陽」を私主催の読書会「ナゼ・ブック・クラブ」で適宜扱う予定なので、興味のある方はぜひイベント情報をチェックしてほしい。
「ナゼ・ブック・クラブ」に限らず、読書会は読書を楽しむのにうってつけのイベントである。私の主催する「ナゼ・ブック・クラブ」では、感想から一歩進んで課題書の「なぜ?」を議論していく探究型の読書会となっており、文学をより深く理解したい人におすすめである。
難しいことは考えず、「もっと文学を知りたい!」という気持ちだけもっていただければそれで充分だ。

では参ろう。

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