うたのシーソー 10通目
トモヨさんへ
おはようございます。びっくり、ちょっと寒いの。
昨日まで半袖で寝ていたのに、置いてけぼりにされたような気持ちです。今日の夜から、私は長袖のパジャマで寝るのだと思います。ところが、私の太ももにはいつ刺されたのかわからないけれど、明らかに刺されたての虫刺されが3つ並んでいて、ぽっこりと腫れているの。
今しがた私を刺した虫も、置いてけぼりにされたのでしょう。
実をいうと、私は滅多に虫に刺されない体質で、今年もありがたいことに虫刺されの跡は、ほとんどありません。でも、いま熱を帯びはじめたこの3つの虫刺されは、跡に残りそうな気がします。虫による、今日はまだ生きているよという主張。わざわざ、私の体に生きていた証を残していかなくてもいいのにね。
こうして、季節外れのキンカンを太ももに何度も塗りながら、早く起きすぎた朝にお返事を書いています。
たいていはわたしでなくてもいいことの消失点を見つけては立つ
この歌、素晴らしいよ。私、大好き。
何が好きって、ぐさぐさぐさって何本ものナイフみたいな、いや、ナイフよりももっと細くて鋭い、ボーガンの矢みたいなものが、ずどずどずどって感情を突き刺してくるところが、大好き。刺さったものを引っこ抜いて穴を繕っても、めちゃくちゃ跡が残る。そういう歌です。
わたしのなかに逆さに眠るこうもりのよく見たら足がくくられている
この歌も、はっとして振り向くと誰もいないような、ふと目を覚ますと見知らぬ天井だったような、背筋がすうっと冷えて体の熱が奪われていくような感覚にひたひたと侵食されてしまうところが、好きです。
このふたつの歌には、わざわざ「わたし」と記されています。トモヨさんの歌において、一人称としての「わたし」が現れることは、あまり多くないでしょう?「わたしの○○」、例えば「わたしの指」とか「わたしの家」とか、そういった表現さえも、少ないように思うのです。
そして「わたし」という呼称を使わなくとも、その歌の主体を端的に表現できている歌がとても多いし、とても良い。そう気がついたら、「わたし」とあえて記している歌が、気になりはじめました。
手鏡に空を映して覗きつつ歩く わたしは空の生きもの
この「わたし」は、自分が何なのか定義している「わたし」。でも「空の生きもの」を「ソラの生きもの」と読むか、「カラの生きもの」と読むかで、ストーリーも背景も、「わたし」も全く変わってしまう。
「ソラの生きもの」だったら、手鏡に映した空は青いと思うよ。そして、「わたし」の足取りは浮かれているかもしれません。でも、「カラの生きもの」だったら。空は青くはない気がするし、「わたし」の足は止まっているのではないだろうか。
雨がちゃんと縦に降ってるいいこだねわたしも寄り道しないで帰る
生まれたらもう戻れない舞い上がる花がわたしを真っ黒にする
この「わたし」たちは、何かに自分を定義されている「わたし」。縦に降っている「雨」や舞い上がる「花」がどうあるかによって、「わたし」も変わる可能性があるのでしょう。でも、作中で「雨」は縦に降っているし、「花」は舞い上がっているから、「わたし」は寄り道せずに帰るし、真っ黒にされます。
恐らく、「わたし」って矛盾しているのです。トモヨさんの歌の「わたし」が、ということではなく、多くの人の中の自己が……という意味です。でも、矛盾していることさえ矛盾していないと思っているのが「わたし」なのでしょう。
例えば、私、マイという人は、働きたくないと思っているのだけれど、働いています。どこかのベンチャー企業の人事担当の偉い方が、働いている時間のなかで余力を20〜30%、つまりは働かない時間を持ちながら働くべきだとおっしゃっていて、マイという私は、働かずして働く、それイイネ!と思ったのだけれど、働いていると「働かずして働く」って、結局のところ、働くってことでしかないのではないか、余力の20〜30%も働くってことのために消えていくだけではないかと思いはじめて、しぶしぶ働いてしまうのですが、ぜんぜん働きたくはないのです。
こんなに行数と文字数を使ったのに、なんの内容も紡いでいない段落が出来上がってしまいました。ごめんなさい。すみません。
だけど私は、近頃の短歌をこういう気持ちで作っています。「こういう気持ち」というのは、矛盾さえ矛盾ではないと疑問を持たずに帰結させる気持ちです。不思議なのだけれど、作歌には、そういう類の感情を丸め込んでくれるところがあります。
モラトリアムが長いほど、歌が作れるのだと私の好きなミュージシャンが言っていました。トモヨさんのなかでの、トモヨさんが短歌を詠む理由も、猶予のままで構わないと思います。
わからないまま、わかりたいのかもわからないまま、迷いながら、詠んでください。それが、トモヨさんが短歌を詠み続ける動機になるような気がします。
マイ
※引用した短歌の作者:椛沢知世
note:椛沢知世
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