進行形JR乗りつぶし日記(少しのオマージュ)#31~ひさびさ二人旅北海道(4)【長万部→比羅夫】
Cさんは既乗だが私は未乗なのがここから倶知安・比羅夫・余市を経て小樽まで至る函館本線、通称「山線」区間である。本線とは名ばかりで、特急はみんな千歳経由で札幌に行くので完全なローカル路線に成り果てていて、しかも北海道新幹線の札幌延伸で廃線となってしまう。しかし廃線特需はさておき、ニセコを中心とするインバウンド需要で俄かに輸送量が増加していて、更に廃線後の輸送を担うバス会社との協議が全く整っていないというドタバタな動きを呈している。そんな動きとは別だろうが、普段は鈍行ばかりのこの区間に今日は臨時特急『ニセコ号』が走っている。去年稚内からの帰路で乗った261系車両のはまなす編成というやつで、道内のこういった臨時列車等に活用されているらしい。
函館から来た『ニセコ号』は既に隣のホームに止まっている。乗り換え時間が6分しかないので跨線橋を小走りで渡って急ぐ。10年ほど前に毒舌が過ぎて炎上した長万部町のゆるキャラ「まんべくん」が愛想を振りまいているが、彼に構っている余裕はなく、私たちは発車間際の列車に駆け込んだ。
一息ついて先頭車両にある「はまなすラウンジ」にいく。特に何某かのサービスや物販があるわけではないが、右側に窓を向いたカウンターラウンジ、左側にボックステーブルが配置された車両で、去年の宗谷本線では真っ暗だったので、今日はここに陣取って山線の車窓を堪能する。黒松内(くろまつない)、熱郛(ねっぷ)、蘭越(らんこし)という難読駅名が続き、列車は右に左に大きく揺れながらニセコに向け進んでいく。千歳まわりの室蘭本線ルートが確立されるまではこれが小樽・札幌、そして道央炭鉱地帯に至る大動脈であったのだが、このレールがなくなるとは何をかいわんやである。
長万部から1時間程で夕陽に照らされたニセコ駅に着く。ここでは観光列車らしい「おもてなし」のための停車時間が20分ほど設けられているので、多くの乗客がホームに降りる。乳製品などの地域特産の販売コーナーがあり、私はヨーグルトを買う。あと大人気だったのがニセコの犬駅長「ハーディ君」で、秋田犬らしい凛とした佇まいと被った(被らされた?)駅長帽子が絶妙に可愛さを演出していて、私は『ニセコ号』より多くの写真を撮ってしまった。
やがて発車時間となり、殆どの乗客が車内に戻る。ここで鈍行に乗り継ぐ私たちは駅で貰った『ニセコ号』の小さな旗を振ってお見送りをし、夕刻の駅には静寂が戻った。
鈍行の発車時間には少し余裕があるので、外に出てハロウィン仕様になっている駅舎や保存SL、転車台等を見ていると完全に太陽は姿を消した。17時56分発の鈍行で一駅だけ移動し、18時5分に今日の宿泊地でもある比羅夫駅に到着する。先客2人がホームでバーベキューを楽しんでいる姿が車内から見えた。
知る人ぞ知る、というか結構有名な『駅の宿ひらふ』は函館本線比羅夫駅の駅舎そのものが宿泊施設になっている。駅名はアイヌ語由来ではなく「飛鳥時代に阿倍比羅夫が蝦夷征伐を行い、後方羊蹄の地に政庁を置いた、とする伝説」ということらしい。由来はともかく漢字でもひらがなでもすこぶる良い語感である。
1982年に無人駅となった後、5年後に先代のオーナーが国鉄から駅舎を借り受けて民宿を始め、1995年に現在のオーナーさんの経営になったという歴史を有していて、駅舎をそのまま利用した宿泊施設としては全国唯一と言われている。Cさんは十何年か前に宿泊経験があるが、山線自体が初めての私は宿泊も当然初めてである。もっともレンタカー周遊の際にちらっと見学に来たことがあるのだが、それは忘れることにする。
今夜の寝床として私たちが予約したのは駅舎横に建つ二階建ての小さなログコテージで、特に貸切料金は要らないが実質貸切状態で嬉しい。7~8人は泊まれそうな広さで、Cさんは一階の二段ベッドを、私は二階のフラットスペースを占領する。テレビもなく、時折列車が発着する時以外は文字通り虫の声が響くだけである。
一段落していよいよ『炭火焼きバーベキュー』に出陣する。ラム肉、ウィンナー、海老・イカ・ホタテ等の海産物、地元の旬の野菜など盛り沢山で当然美味しいのだが、美味しさを一層引き立てるのはそれを駅のホーム上で食べているという環境であろう。酒好きのCさんはビールで既にいい気分だが、下戸の私もこの立地だけで十分酔っている。
しばらくすると長万部行きの列車がやってきて、ホーム上のバーベキューの煙の向こうにディーゼルカーという珍風景が展開される。以前Cさんが泊まって一人バーベキューした時は車内の女子高生から指差して笑われたそうだが、今日は車内の客はみんなスマホの画面に見入っていて、我々には何の興味もないようである。
お隣でバーベキューも終盤に入っていた先客お二人としばし話をさせて頂く。ご夫婦と勝手に思っていたのだが、お互い一人旅で、女性(仮名Mさん)は私たちと同じ大阪から飛行機と鉄道で、男性(仮名Tさん)は函館からあの特急『ニセコ号』に乗ってきたとのことで、お互いの旅ルート談義などでしばらく時を過ごした。
幹線道路からも離れていて元々静かな場所が更に夜の静寂に包まれる頃、一本丸太をくり抜いたお風呂に入る。少しぬるめなので星空を見ながらいつまでも入っていられる。まさに何もないのが最高の贅沢といった感覚に包まれる。
すぐに寝てしまうのも勿体ないので、駅舎1階の食堂兼談話室でコーヒーを頂く。オーナーさんは既に横の自宅に引き上げているので、宿の管理は宿泊客に任されている訳で、少し古のユースホステルっぽい。『談話室』というのもまたユースっぽい。
同じくコーヒーを飲みに来ていたTさんと四方山話をする。Tさん曰く別に鉄道ファンではないが、昨年放映していた鉄道好き女子が秘境駅を周るというドラマでこの宿の存在を知ったとのこと。9月は臨時の『ニセコ号』が走っていて函館から来やすいので、息子さんに一緒に行こうと誘ったがあっさり断られたと苦笑いされていた。
こちらはまあいわゆる鉄道ファンで時々二人でこうやって旅してますねん、とTさんに吐露する。社交的なCさんと違い、私は普段は初見の方と喋ることは極めて稀なのだが、今日は私にしては結構喋っている。比羅夫マジックなのだろうか。
ログコテージに戻り、眠りにつく前に小窓から小樽行き最終列車の発着を眺める。列車が去ってしまうと照明が消え、ホームも暗闇の中で眠りに着いた。