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「だんじりよ、永遠に」(鳳編)

だんじり彫刻師の前田暁彦氏について書いてきた。前田氏は堺市鳳の出身である。だんじり祭りは岸和田だけでなく、鳳でも行われている。今回、筆者はその前田氏の地元、鳳のだんじり祭りを見てきた。


衝撃の光景


晴れ渡る秋空の下、前田氏の地元である鳳のだんじり祭りが開かれた。

JR鳳駅を出てすぐ、一台のだんじりが目に入った。そのだんじりは、商店街の中に入ろうとしていた。そろりそろり。大工方も後ろに下がっている。まさか、この狭い商店街の中を走り抜けるのだろうか。そう思っていたら、「行くぞー」というかけ声と共に曳き手らが一気に加速していった。思わず目を疑った。


前をうかがう大工方(筆者母・提供)



筆者も商店街の中に入って歩いてみると、緩やかな上り坂になっていることに気付いた。そんな場所を駆け上がっていったのかと思うと、驚きが増した。

そこにだんじりの来訪を告げる声。即座に両脇の建物に身を寄せる通行人。幼な子も親に抱きかかえられる。筆者も何とか店先の小さな空間に体を張り付かせた。

音の塊が近づいてくると思う間もなく迫ってくるだんじりの様はまさに疾風迅雷。曳き手と鼻の先が触れてしまいそうな距離。心の臓まで響く太鼓の音に耳を聾するお囃子や高い笛の音。遅れてやってきた一陣の風。
商店街の天井から下がる店の看板をひょいと躱しながら舞い踊る大工方の背中にも見惚れながら見送った。無事に走り抜けていくのを息を詰めて見届ける。


行けるかな行けるかな(筆者撮影・石橋のだんじり)


何とか行けた(筆者撮影・石橋のだんじり)

見えないだんじりと触れた温かさ


鳳地区の全てのだんじりが集まるという行列を見ようと幹線道路に向かう。しかし、人垣が高すぎてうまく行列が見えない。150センチ足らずの身長を恨みながら懸命に背伸びして観る。何台かのだんじりの屋根が見えて、各町ずらりと並んでいるらしいのがうかがい知れた。団長などの名前を書いた幟(のぼり)なども飾られているらしい。

特設テントの中からだろうか、司会らしき女性が行列の開始を華々しく告げる。「アメリカの放送局が生中継に来ています」という司会の話などもあったからか、来賓のあいさつでは「伝統を受け継ぎつつ、新しい祭りを鳳から世界に発信していこう」というような言葉も聞かれた。

それに続いて、各町のだんじりの紹介が行われた。印象的だったのは、関わっただんじり彫刻師と彫刻の見どころについて紹介がなされていたこと。だんじり祭りを文化として売り出していこうという強い思いを感じた。
ちなみに、JR鳳駅では各町のだんじりを紹介した冊子が置かれていた。より細かい説明が載せられているのに加えて、各町が祭りに掛ける思いも熱く語られていた。

少し行列の様子を見てから小腹を満たそうと近くの商業施設に向かう。早く食べられそうなラーメンにしようと店に入った。席に着くと、一人の男性がちょうど注文しているところだった。激辛ラーメンの辛さ加減をどれくらいにしようか迷っている。筆者は塩ラーメンと餃子を頼んだ。
良い写真が撮れているか確認する間に筆者とその男性のラーメンが運ばれてきた。カメラを脇に置いて啜り始める。同じように啜っていた男性が急にむせ始めた。
筆者が声を掛けると、予想以上に辛かったと言ってから「嫁さんがだんじり好きで、きょうもそこら回ってると思うわ」と言う。そして、「嫁さんが好きやったから、俺もだんじり曳いとったんや」と話してくれた。だんじりは見たんかと問われたので、もう少し見て回ると言うと、「ここで会うたのもなんかの縁や」と言いながら昼食を奢ってくれた。
「いつもそこのスギ薬局の所で見てるんや」と言う男性と一緒に店を出た。息子が来年青年団長をするというこの男性とは、「好きに見たらええよ」と言ってくれたのを機に別れてしまった。しっかりしたお礼もできないままだったのが心残りでならない。

また商店街に足を向ける。ぶらぶら歩いていると、だんじりが来るという。近くにあった店の壁に張り付いてカメラを構える。今回こそはこの勢いある様子をカメラにおさめようと構えたものの、あまり良い写真は撮れなかった。

(筆者撮影)

近くにいた女性も同じようにスマートフォンを構えて撮影していたことに気づいた。「すごかったですね」と思わず話しかけた。女性は頷きながらも「これを楽しみに来てる」「こんな至近距離を走ってくれるところは他にないから」と話してくれた。
今も体力があったら曳きたいと語るその女性は数十年前、鳳のとある町でだんじりを曳いていたという。今のように地獄編みを紙にほどこすこともない時代で、黒足袋だったと教えてくれた。今は自分が曳いていたのと別の町のだんじりが好きだと言って笑っていた。
いつも大鳥大社の方まで歩いて見に行くのだと言う彼女は、「もし時間があるなら最後の七町連合のフィナーレもおすすめ」と教えてくれた。鳳の全部の地区が駅前に集まって責任者の話や花束贈呈などがあるという。

夕方、曳行がひと段落したところで大鳥大社に足を向けた。前田氏が彫った扁額(扁額)を見上げながら鳥居をくぐる。境内には所狭しと屋台が並んでいた。

境内では海外の人もちらほら見かけた。欧米系の旅行者からインド人かネパール人らしき家族連れや二人組の女性、中国人や韓国人らしき人もいた。あずまやで腰を掛けて休憩していると、すぐ近くでロシア人留学生が日本人と話しているのも聞こえてきた。

また駅の方に向かう。頭の中では昼間見たやり回しの情景が浮かんでいた。「張れ張れ」という声。前の曳き手の背中に手を添えながら耐え、支え合う様。そうしてもなお、曳行責任者が危険と判断したら再び列に戻って曳き直しをする。どこを通ったら無事にやり回しが成功するかなど互いに伝え合う様子も見られた。こうした積み重ねが安全な曳行を支えている。

安全という意味では商店街の入り口で行われていた交通整理も見物だった。「危のうございますので」「踏んで踏んで、って変態ちゃうけど」などとくすりと笑いたくなるような柔らかい呼びかけが聞こえてきていた。

夜間曳行

空は少しずつ夜の色合いに変わりつつあった。夜間曳行は昼間と違って提灯をだんじりに取り付けて走るため、また違った魅力を醸し出す。


野田のだんじりの夜間曳行(筆者撮影)

一台のだんじりが駅前に止まっていた。提灯の赤いともしびに照らされて、「見送り」に施された彫刻がぼうと浮き上がっている。まるで内から光りを出しているようにも見えた。勇ましい合戦を描いているはずなのに艶めかしさすら感じるのは提灯のせいか。
鳳や岸和田などで走るだんじりには大工方が立つ高い屋根に加えて後部にもう一段低い屋根がある。その低い屋根の下の部分が見送りだ。
だんじり正面の土呂幕は一枚一枚彫刻を施した板を重ねていくことで立体感と重層感を出す。しかし、見送りや見送り下と言われる部分はどのようにして作られるのだろうか。前田氏に尋ねてみようと思う。

今回、じっくり見てみて初めて町それぞれに魅力や色があることに気付かされた。
何かと華やかな野田の大工方が纏う法被は橙と粋な色。日本晴れのもと、よく映えていた。前田氏の地元でもある長承寺の曳き手らの纏う法被も渋く、菊水会という命名には惹かれた。落ち着いた曳き方のようにも感じた。石橋も、流れるような文字で町名が描かれているのと大工方の動きに魅了されてカメラを向けてしまった。商店街で出会った女性が感じていた各町のだんじりが持つ魅力が分かってきたのかもしれない。

夕食の時、近くに座っていた人が話していたことが耳に残っている。
「アメリカの放送局ら、誰が呼んだんなよ。」
「さあ。俺らより若いぐらいの奴とは聞いたけど。」

夜も更けて

夜が更けて祭りも終わりの時間が近づいてくる。鳳駅前の広場には続々と人がやってくる。結界のように規制線が張り巡らされて、だんじりの帰りを待つ。耳を澄ませると、お囃子が徐々に近づいてくる。そして、仕舞いの時が来た。

水けむりや紙吹雪の中を走り抜ける野田に商店街をこれでもかと勢い良く駆ける長承寺。


度肝を抜く野田のだんじり(筆者撮影)
懸命に手を伸ばす(筆者撮影)

だんじりに宿る魂と一体になって楽しみ、命を賭けてちょける姿。それを見ていると、「かいらし」という言葉が浮かんだ。
「可愛らしい」ではなく、かいらし。自らが楽しむだけでなく、何かを楽しませることに全力を注ぐ。それを大の大人がやっていることを思うほどに愛おしくなり、かいらしと思う。
見せて魅せられて。岸和田の祭りを見たときに感じた、祭りは人間讃歌であるという思いは変わらなかった。当初は全町を回って写真の掲載許可を貰うと意気込んでいたものの、蓋を開けてみると30キロ近く歩いても三つの町しか回れなかった。余りにも広すぎた。中には名刺を渡すだけになった町もあった。それでも後で電話を下さった方もいた。実際に歩き話してみたからこそ、彼らの地元を思う気持ちを強く感じることもできたのだろう。

今回の曳行では一つの町が事故を起こした。けが人も出た。緊急車両が集まる中、ただ事の推移を見守るしかなかった。
彫刻師や町の人が込めた思いを聞いたことがあるだけに、壊れただんじりを見るのが忍びなかった。曳き手だったのだろうか一人の若者が涙に暮れていた姿が目に焼き付いている。

無事に曳行を終える。それが如何に幸せなことか。来年、また戻ってきてくれることを願いつつ、けがをされた方の一日も早い回復を祈る。

遠くで太鼓の音が聞こえる。平日の月曜日でそれも午前中だから、祭りも練習もあるはずがない。耳を澄ませると、雨垂れの音だった。この原稿を書いている日は雨が降っていた。あのお囃子と掛け声が耳の奥から聞こえてくる。目を瞑るとだんじりが目蓋の裏を駆け抜けてゆくのが見えた。


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