お菓子屋さんと荷物と私と
ー バルセロナ きらきら太陽の真下のカフェで ー
◇このエッセイは二十年ほど前のバルセロナのお話しです◇
『ESCRIBÀ エスクリバ』のクロワッサンはほんとうにおいしい。バルセロナで一番おいしいと思う。
クロワッサンを食べる時は、
必ずクルクルと巻いてあるのを逆にはがしながら食べ、
最後に残ったフワフワの部分をゆっくり味わって食べるのが私流だ。
悲しかった日も、
良いことがあった日も、
最悪な日も、
何もない日も、
ここのクロワッサンを口にしたとたん、
幸せな時がおとずれるのだ。
そんな気持ちになりたくて
毎日のようにここへ通った。
このお店はグランビア通りの地元の人たちが通うお店と
ランブラス通りの観光客が主に利用しているお店と
それぞれ1店舗ずつあり、
住んでいたところがグランビア通りに近かったので
そっちのお店にほぼ一年間ほど通っていた。
実は、このお店とはちょっとした思い出ばなしがある。
バルセロナに住み始めて間もない頃、
日本から小包が届いているという通知が
ポストに入っていたのだ。
ここバルセロナでは小包は自宅まで配達してくれない。
通知の紙に書いてある、
近所の集荷所まで受け取りに行くようになっているのだ。
そこへ荷物を取りに行ってみると、
実家から送ってもらった画材や本などが入っている
かなり大きなダンボール箱があった。
重さ10キロ以上はあるかと思われる荷物を抱えて、
顔を真っ赤にしながら10歩あるいては休み、
また10歩あるいて休憩しての繰り返しで
いつかは到着するだろうと、コツコツと歩みを進めていた。
すると小さなワゴン車がゆっくりと私の近くで止まったのだ。
あまりに苦しそうに運んでいる私をみかねて
いてもたってもいられなくなり車を運転していた男性は声をかけてきたのだ。
彼はスペイン語で「荷物を家まで運んであげるから乗っていきなさい」
と言っているようなのだ。
ようなのだ、、、というのは、
この時まだ、日本を離れて2週間ほどしかたっていなかったので、
彼の言っていることがあまりよく理解できていなかったけれど
この状況での彼の身振り手振りを見ていると
どう考えても「乗っていきなさい」と言っていると私は理解した。
最初は恐かったので「ノー」と断ったのだけれど
あまりに熱心に誘ってくるのと、
顔を見てもそんなに悪い人ではなさそうだし、
とにかく荷物が重いのをいいことに乗せてもらうことにした。
いちかばちかの決断だったけれど
すぐ近くだからなんとかなるだろうと思ったのだ。
そして、2、3分ほどで住んでいる建物に到着した。
彼は私の荷物を降ろし、
私は急いで彼にありがとうの言葉を告げた。
彼はレストランで働いている人が着る
白いユニフォームを身につけていたので
「レストランで働いているの?」とたずねたら
彼は「ノー」とと言い「パステレリア」と答えが返ってきた。
私は「パスタ? スパゲッティ?」と言うと
「ノー、ノー。ブレッド、パンだよ」と言ったので
私は首を大きく上下にふり、
パン屋さんなのだと納得したような顔をしていたら
「食べにきてね」みたいなことを言われ、
彼はニッコリ笑って
ワゴン車に乗って去って行ってしまったのだ。
彼が言っていた『パステレリア』とは
洋菓子やパンなどを売っているケーキ屋さんのことだ。
それから1週間後、散歩の途中に寄ったカフェで
クロワッサンとカフェ・コン・レチェ(カフェオレ)を注文した。
まわりはカリカリと香ばしく、
中はしっとりフワフワのクロワッサンがほんとうにおいしくて
すごく満足してお店を出ると、
以前、私と荷物を乗せてくれたワゴン車と同じロゴマークが
お店の正面に描かれていたのだ。
偶然の出来事というのは不思議なもので、
こんなにおいしいお店と縁があったことが何よりもうれしかった。
お店に行って席に着くと、「いつものですね」と店員に言われるほど
クロワッサンがおいしくて毎日のように通った。
日本でなじみのカフェは無いけれど、
私には世界で一つ、顔なじみのお店がバルセロナにある。
ここからは二十数年前からヒューッと時間をもどし、現在のことをかきます。
今ではバター味のクロワッサンが
いろんなところで手にはいるようになっているが
当時は昔ながらの手法で作られたラードの油を使い、
表面にテカリがあるクロワッサンが主流だったので
エスクリバのクロワッサンはとっても貴重な存在だった。
もちろん、現在のバルセロナでは
バター味のクロワッサンの方が主流となり
いろんなお店で食べられるようになっている。
ただし、昔ながらのパン屋さんでは
今でもテカテカのクロワッサンが売っているので
一度試しにラードのを食べてみるのも、いい経験だと思う。
そうそう、小包が届いたときのシステムだが、
私が今住んでいる郊外の町でさえ
郵便屋さんが家まで運んできてくれるので
バルセロナの中心地でも
今では家まで運んでくれるのではないかと思う。(たぶん)
顔なじみのお店だと
書いてはいるが
その当時はそうだったのだが
今では郊外に住んでいるし
エスクリバへはもう何年も行っていない。
だから今はもう、お店へ行っても
「いつものですね」とはもちろん言われない。
ちょっぴり寂しいけれど、
私の昔の思い出として永遠に心に残っている。
ESCRIBÀ エスクリバ
詳しい情報はこちら
ESCRIBÀ GRAN VIA : グランビア通りのお店
住所:Gran Via de les Corts Catalanes 546
ESCRIBÀ LA RAMBLA : ランブラス通りのお店
住所:Rambla de les Flors 83
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