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読書会「唐十郎を読む」レポート─運営の反省と成果─

 演劇ユニット第二懺悔会は、2024年、東京大学で甲斐敬識が立ち上げた演劇ユニットであり、「誰か=私の罪を上演すること」をコンセプトにしています。2024年11/22〜11/24に駒場祭で『透膜による遮断/つばのぬめり』という公演を行います。その情報公開に先んじて、8/23〜8/25にプレイベント「唐十郎を読む」を開催しました。この記事は、このイベントを振り返り、記録しておくためのものです。(甲斐敬識)


企画趣旨・当日の状況

 このイベントは、唐十郎の代名詞とも言える演劇論集『特権的肉体論』の読書会です。(唐の戯曲を数本読み合わせする予定でしたが、中止しました。理由は後述)『特権的肉体論』は10編の演劇論からなり、ボリュームがあるため全てを扱うのは時間的な拘束から無理だと判断しました。そこで、10編を関連のある編ごとにまとめ、三日間に振り分けることとしました。

 イベントの一週間前に告知した割に参加者は集まった、と感じています。全3回の読書会で、運営側は常に2人参加していました。一般の参加者からは2~5人の方に毎回参加していただくことができ、読書会を行うに十分な人数が集められたと考えています。
 ただし、戯曲の読み合わせの方は読書会に比べて応募が少なく開催が困難だと判断し、早めに募集を打ち切りました。

 当日の流れを説明します。まず『特権的肉体論』のコピーを参加者に配布し、時間制限を設けてそれぞれに読んでもらいました。なお、大学施設内かつ東京大学関係者のみの集まりだったため、教育目的を理由にコピーを正当化できそうですが、みだりに配布すべきではないと考え、会場内での写真撮影を禁じ、配布したコピーも終了後には回収し処分しました。
 その後、冒頭から一段落ずつ私が朗読し、朗読した部分の読解を共同して行いました。唐氏が博識なのもあり、海外文学や日本の古典芸能の引用が多かったので、読解を助ける資料を作成し配布しました。(記事の最後に、参考資料に引用させていただいた文献リストを掲載します。参考までに)こちらは私が作成したものなので、回収していません。内容が非常に難解なため、最後までいきつかない編もありましたが、読書会という場で共同して読むことにより理解が進み、思いもしなかった解釈ができた箇所も多々あったため、実りある会になったと思います。

読書会で配布した参考資料の一部。「マクベスの魔女」「ボードレールの巨大なる女」「中原中也の『盲目の秋』」に関する資料が掲載されている。
参考資料の一部

 さて、いくら「一人で読むには難解だった」「読書会で読んだので理解できた」と言ってもあまり面白くないので、一部だけ読書会を通じて得た個人的な理解を以下に書いてみようと思います。もちろん、読書会の内容は参加者の方々のためのものなので、そう詳しくは書きません。

特権的肉体論の難解さ:いきなり中原中也?

 ここでは、一編目に当たる「いま劇的とは何か」を取り上げます。この編の書き出しはこうです。

昔、中原中也という詩人がいた。この人の詩と行状と死にざまを調べ
ながら、私は、こりゃ詩人じゃない、もう一つ格が上の、病者だ、と
思ったことがある。

唐十郎, 腰巻お仙 特権的肉体論. p3

 まず、私が思ったことといえば、「え、詩人っすか……?」というものです。こちらは演劇論を期待しているのに、いきなり詩人。演劇も詩も言葉を媒体として用いるものだし、唐の戯曲には詩(歌)が出てくるので、まあそこまでおかしいことではないんですが、あいにく詩について詳しくなかったものですから、面食らってしまいました。私と同じように「え、詩人っすか……?」と出だしでつまづいた方はそこそこいるのではないかな、と思います。
 さて、なぜ唐は中原中也に言及したのか。それは以下の一文でわかると思います。

そして、もし、特権的肉体などというものが存在するならば、その範疇における一単位の特権的病者に、中原中也は位を置く。

唐十郎, 腰巻お仙 特権的肉体論. p4

 『特権的肉体論』と名づけるほどですから、唐は、自分の思う特権的肉体なるものを説明したかったのでしょう。そのモデルとして、中原中也が適任だったというだけの話です。ただ、ここで注意しなければならないのは、中原は単に「特権的肉体を持つもの」の代表なのではなく、「特権的肉体の範疇における1単位である特権的病者」の代表であることです。特権的病者であることは特権的肉体を持つことの十分条件ではありますが、必要条件ではないということです。

ベン図。「特権的肉体を持つ者」という集合の部分集合として「特権的病者」と言う集合がある。「特権的病者」は、要素に「中原中也」をもつ。
特権的病者と特権的肉体の関係を図にしたもの

 それでは「特権的肉体」と「特権的病者」の違いとはなんなのか……ということになるのですが、長くなってしまうので省きます。ただ、この二つが完全にイコールではないことが読解の鍵になっていると考えます。この編の終盤で唐は以下のように語ります。

中原とはそれだけのことだ。そこでこそ、中原は、私のまず跳びこえねばならぬ特権的肉体と同時にその罠ともなったのだ。

唐十郎, 腰巻お仙 特権的肉体論. p18

 唐は特権的肉体を目指しますが、彼にとって中原とは「跳びこえるべき」存在であり、模倣してはならない「罠」だったわけです。唐は中原とは違う形での「特権的肉体」の実現を目指さなければならない。唐が冒頭で中原に言及したのは、(ちょっと上手い例えが思いつかないので貧弱な例えになってしまうのですが、)論文の最初に先行研究を挙げて、まずはそれを批判してから自分の考えを述べるという流れと同じだったのではないかな、と思います。
 一人で最初に読んだ時は「中原は目指すべき特権的肉体なのだ!」と誤読してしまいました。読書会、文献講読のいいところは、自分が読み飛ばしたり適当に読んで誤読してしまったりするところで他の人が待ったをかけてくれるところにあるなと感じました。難解な文献にあたった際には友人を集めて協力してもらおう、と身勝手な決心をしました。もちろん、友人が読みたい文献についても、協力しようと思います。
 改めて、参加者の皆様には深く、お礼を申し上げたいと思います。

運営の反省・成果

 それでは、このイベントの運営についての反省をしていこうと思います。公開してはいますが、公開する必要のないものだとも考えています。ただ、イベントの締めくくりをしておきたかったこと、運営の至らなさについて参加者の方々にある種の謝罪のようなことをしておきたかったことを理由に公開しています。今後読書会や読み合わせを企画したい方はもしかしたら参考になることがあるかもしれません。

 まずは、企画した理由(目的)を以下に列記します。

  1. 公演をすることは決まったものの、公演日程が遠すぎてもどかしかったため、何かしたかったこと。

  2. いきなりX上でアカウントを作って「公演やります!」とポストするより、事前にイベントで東大生のコミュニティ(や、それと接続した演劇を愛好するコミュニティ)に名前だけでも知らせておいた方が公演の宣伝になると思ったこと。

  3. 『特権的肉体論』を読んだが難解なため、一緒に読み直してくれる人が欲しかったこと。(唐氏の演劇が個人的に好きなので、より深く触れることで自分の劇作の糧になるのではと考えたこと)

  4. 唐氏が亡くなってから日も浅く、新宿梁山泊の追悼公演、唐組の「動物園が消える日」の上演が決定している中、唐氏に関心を持つ人が増えているのではないかと思ったこと。

  5. イベントの参加者を公演の座組に勧誘できるかもしれないこと。

以上の5つの目的を達成できたのか、検討していきます。

1. 性急すぎたため、集客が難しかった

 「公演をすることは決まったものの、公演日程が遠すぎてもどかしかったため、何かしたかったこと。」という目的は、「何かできた」ので達成できたものの、性急すぎたために募集開始からイベント当日までの期間が短すぎたため、参加したい人が参加できませんでした。(ご連絡をいただきました)結果として、読み合わせをするのに十分な人数が集まらず中止することにもなってしまいました。何かイベントを企画する際には、参加したい人が予定を空けやすいように、可能であれば一ヶ月前までには情報公開をすべきでしょう。(その反省から、公演の情報公開を前倒しました)
 募集期間が短かったことと、もう一つ、性急さが悪さをしたことがあります。それは、東大生がメインターゲットなのに東大生が帰省している期間に開催してしまったことです。早くやりたい!という気持ちが先行し、集客しにくい時期を選んでしまいました。大学生をターゲットとするなら学期期間中の方が良かったのではないでしょうか。

2. 宣伝効果は不明

 まだ公演を行っていないので、このイベントを企画したこと、公演の情報公開より早いタイミングでアカウントを作成したことがどの程度の集客効果を持っているのか分かりません。ただし、このイベントに関するポストをきっかけにフォローしてくれた方もいたので、無意味ではなかったのかなと思います。

3. 読書会の成果はあったが、戯曲の読み合わせは重要だった。また、タイムマネジメントが甘かった

 前述した通り、読書会という場で『特権的肉体論』を読み直すことで得られたものはありました。しかし、『特権的肉体論』は演劇論です。唐十郎について学ぶ、ということを目的とするなら、戯曲の読み合わせなどは必須でしょう。読み合わせというのはハードルの高いものですから、1つ目の反省で述べたように、しっかりと募集期間を挟んで行うべきでした。
 また、読みきれない編が複数あった点も反省すべきでしょう。一編読むのにどのぐらいの時間がかかるのか、というのは当日集まったメンバー次第なところもありますが、もっとがっちりとした予測が必要だったように思います。読書会を企画する前に、他の人が企画するものに参加してみるのも良いでしょう。

4. 唐十郎について知る機会を設けることができた

 参加者の方から、「名前だけは知っていて気になってはいたけど読んでいなかった」「唐十郎の一端に触れられて嬉しかった」といった言葉をいただきました。やはり、唐氏が亡くなったことをきっかけに彼のことを知りたいと思った人は一定数いるようです。
 今回の読書会で扱った『特権的肉体論』はすでに絶版になっており、読みたければ古本を探すか図書館で探さなければなりません。また、私の周りには唐十郎や「アングラ演劇」が好きだと言う人をなかなか見かけません。知りたいと思っても、いざ読んでみるにはちょっとしたハードルのある人物であるように思います。浅学な身ではありますが、自分の好きな劇作家を「布教」する機会を得られたことはとても嬉しいことでした。
 現在も、唐氏が結成した劇団唐組が「動物園が消える日」の上演を行っています。ぜひ、観劇してみることをお勧めします。(基本的に桟敷席なので、靴は脱ぐものだと思ってください。ちょっとしたクッションを持参したり、お尻の下にひける上着を持って行ったりすることをお勧めします。)

猿楽通り沿いに位置する唐組の紅テントの写真。
猿楽通り沿い紅テント

5. 勧誘する必要がなかった

 イベントを企画する初期段階では座組が揃っていなかったものの、イベントを開催する前に座組が揃ったので、新たに勧誘する必要がなかった。

総括

 まず、改めて参加者の方々にお礼を申し上げたいと思います。急な募集だったにも関わらずご参加いただき、誠にありがとうございました。
 今回のイベントについての成果・反省をまとめると、

・読書会によって、運営側は『特権的肉体論』への理解を深めることができた。参加者側の、唐十郎について知りたい、触れてみたいというニーズに応えることができた。
・募集期間の短さ、タイムマネジメントの甘さなど、準備不足な面が目立ったのでもっと長期的に準備すべきだった。

ということになるかなと思います。読書会で得たもの、イベント運営の反省は今後の活動に確実に活かしていきます。

 まずは、2024年度駒場祭にて公演を行います。唐十郎の真似をするわけではありませんが、このイベントで得た成果を演劇に還元できていると感じています。なかなかの出来だという自信があります。まだ少し先ですが、ぜひ駒場祭に足を運んでいただけると幸いです。

参考文献

この記事の参考文献

唐十郎. (1983). 腰巻お仙 特権的肉体論. 現代思潮社.

読書会で参考文献として扱ったもの

・小学館. なかはら‐ちゅうや【中原中也】. デジタル大辞泉, JapanKnowledge. https://japanknowledge-com.utokyo.idm.oclc.org
・中原中也. (1997). 新編中原中也全集 (Vol. 1). 角川書店. 
・中原中也の「絶望名言」前編. (2022). NHK. https://www.nhk.or.jp/radio/magazine/article/shinyabin/IEu5-NXP9I.html
・日本かるた文化館. (二)花札の遊技法の意味すること. https://japanplayingcardmuseum.com/3-3-4-2-flowercarta-gamerules-implication/
・高木香織 . (2008). 魔女の造形についての一考察 ──呼称から読み解く「マクベス」の魔女──. 人文科教育研究, 43–54.
・ボードレール. (1969). ボードレール詩集 (佐藤朔, Trans.). 白鳳社.
・合地舜介. 都会の夏の夜. 中原中也・全詩アーカイブ for Mobile. https://zenshi.chu.jp/mobile/?p=883
・小学館. しらい‐ごんぱち【白井権八】. デジタル大辞泉, JapanKnowledge. https://japanknowledge-com.utokyo.idm.oclc.org
・小学館. さんすいかちょうず〔サンスイクワテウヅ〕【山水花鳥図】. デジタル大辞泉, JapanKnowledge. https://japanknowledge-com.utokyo.idm.oclc.org
・佐野慎輔. (2019). モハメド・アリ 「カシアス・クレイ」は奴隷の名前だ-【オリンピック・パラリンピック アスリート物語】. 笹川スポーツ財団. https://japanplayingcardmuseum.com/3-3-4-2-flowercarta-gamerules-implication/
・小学館. カミュ【Albert Camus】. デジタル大辞泉, JapanKnowledge. https://japanknowledge-com.utokyo.idm.oclc.org
・藤十郎の恋. (2024). 立命館大学アート・リサーチセンター「ArtWiki」. https://www.arc.ritsumei.ac.jp/artwiki/index.php/藤十郎の恋
・小学館. ブールバール‐げき【ブールバール劇】. デジタル大辞泉, JapanKnowledge. https://japanknowledge-com.utokyo.idm.oclc.org
・小学館. スタニスラフスキー‐システム【Stanislavskiy system】. デジタル大辞泉, JapanKnowledge. https://japanknowledge-com.utokyo.idm.oclc.org
・吉本隆明. 自立の思想的拠点. 吉本隆明の183講演. https://www.1101.com/yoshimoto_voice/speech/text-a002.html?srsltid=AfmBOopUI1ikMMn5pnb4qF-mPEbKHm56XynmSUmLzXjvUPfBbb0NliKn
・小学館. オフ‐ブロードウエー【off Broadway】. デジタル大辞泉, JapanKnowledge. https://japanknowledge-com.utokyo.idm.oclc.org
・小学館. ぽん‐びき【ぽん引き】. デジタル大辞泉, JapanKnowledge. https://japanknowledge-com.utokyo.idm.oclc.org
・バルザック. (2024). 「人間喜劇」総序 金色の眼の娘 (西川祐子, Trans.). 岩波文庫.
・小学館. しらい‐ごんぱち【白井権八】. デジタル大辞泉, JapanKnowledge. https://japanknowledge-com.utokyo.idm.oclc.org
・成相肇. (2024). デペイズマン. アートスケイプ. https://artscape.jp/artword/6362/
・壷坂霊験記 雅菊. (2003). 壷坂寺. https://www.tsubosaka1300.or.jp/history2.html
・7月のおはなし ~不忍池の弁天さま~. 不忍池辨天堂. https://bentendo.kaneiji.jp/archives/news/7月のおはなし ~不忍池の弁天さま~#gsc.tab=0
・小林路易. 古典主義. 日本大百科全書. JapanKnowledge. https://japanknowledge-com.utokyo.idm.oclc.org
・アリストテレース詩学 ホラーティウス詩論 (松本仁助 & 岡道男, Trans.). (1997). 岩波文庫.
・卒都婆小町. The能ドットコム. https://www.the-noh.com/jp/plays/data/program_069.html
・名著44「オイディプス王」. (2015). NHK. https://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/44_oedipus/index.html
・竹村直也. (2023). 【オデュッセウスは英雄か? それとも罪人か!?】ギリシア古典を読み直す. Utokyo OpenCourseWare. https://ocw.u-tokyo.ac.jp/daifuku_2016s_gfk_kasai/
・祖父江昭二. 新劇. 日本大百科全書. JapanKnowledge. https://japanknowledge-com.utokyo.idm.oclc.org

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