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人間は生きている内に、殺したい程憎い奴に出会うことがある。


#KENMAYA です。


今の世の中は理不尽で不公平で、どこに救いを求めればいいのかわからない。もしかしたら、一歩間違えれば俺もこいつみたいになっていたかもしれません。もし、彼のSOSを少しでも受け止めてくれるやつがどこかにいたら、こんなことにはならなかった。そんな不幸な境遇があったとは思いませんか!?
違う!それは違う。人間は生きているうちに、殺したいほど憎い奴に出会うことがある。だが、普通の人は殺さない、殺せない。
「こいつにも親がいる」「こいつにも惚れた男か女がいる」そう思うと、そいつが人間に見えて、だから人間は人間を殺さない。そして、殺せない。
だが、こいつは違う。こいつは憎くもない人を、弱い人を選んで刺し殺した。なぜそんなことができたか。それはこいつが人間じゃないからだ!

─────────ドラマ『リミット-刑事の現場2-』(NHK)より


武田鉄矢さんと森山未來さん主演で、2009年に放送されたドラマ内で、自分勝手な理由で通り魔事件を起こした犯人に対し、森山さん演じる刑事が犯人をかばうシーンと、それに対し武田さん演じる刑事が罵声を浴びせるシーンがあります。


東京で6日夜、通勤電車の車内で男が刃物を振り回し、複数人が負傷する通り魔事件が発生しました。

通り魔事件や無差別殺人事件が発生すると、わたしはいつもこのドラマのワンシーンを思い出します。いつどこで起きてもおかしくない通り魔は、いわばテロであり、ターゲットになるのは大抵犯人より力の弱い子供や女性が狙われることが多いです。わたしも正直、目の前でこのような通り魔が発生したとき、自分の子供や妻が狙われでもしない限り、恐怖に身体が硬直して身を挺してまで他人を助けるために動けるかどうか分かりません。

通り魔や無差別殺人の犯人はほとんど「相手は誰でもよかった」と供述することが多いですが、自分より体格が大きく、入れ墨をしていたり、怖そうな人や、ゴリゴリのマッチョマン相手に向かっていく犯人は見聞きしたことがありません。


ドラマのシーンにもあるように、人間は生きていく中で腹の虫がおさまらない程、憎い、悔しい、憎悪の感情が芽生えることがあります。それは特定の誰かとは限らず、世の中の不条理や理不尽さに行き場のない怒りの感情であることも少なくないでしょう。【しかし、普通の人間はそれでも堪える】のです。耐え難き怒りや憎悪の炎を自身の中で消火し、飲み込むのです。

怒りや憎悪を周囲に撒き散らして、【自分が怒っていることをアピールすること】は簡単です。しかし、それは大人のすることではありません。子供同士の喧嘩であれば多少は許されるでしょうが、成人した人間がそのような振る舞いをすることは、はっきり言ってモラル、品位、人徳に欠ける行為であると言わざるを得ません。


ましてや、それを他者への加害行為として行動に起こしてしまったら、もう二度と社会には復帰できないでしょう。というより、二度と社会に復帰しないで頂きたい。更生の余地は、無差別に人を襲うような人間にはありません。それはもはや人間の形をした野生動物以下の存在です。

強い殺意や復讐心をもって特定の誰かを殺めたり傷つけてしまった人間は、目的が達成されたことで、懺悔や後悔の念を持つことはあるかもしれませんし、その罪と向き合う過程で、『こいつにも親がいる』『こいつにも惚れた男か女がいる』人間だった、ということに気付き、自分の愚かさと犯してしまった罪を生涯をもって償うと決意できる人間は、もしかしたら更生の余地があるかもしれません。

しかし、「誰でもよかった」などと供述するような犯罪者には更生の二文字はありません。人間を人間として見ていないことを白状しているも同然であり、計画的であろうが衝動的であろうが、殺意よりも狂気が勝っている証です。

少年法で守られた人間が社会復帰して、再び犯罪に手を染めることがあるように、『更生』とはかくも難しいものなのです。安易な「人権尊重」のために、無実で何の落ち度もない普通の人間が被害に遭うような社会は果たして健全な社会と言えるのでしょうか。


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