電車を待ちながら2
(ノックした後、襖を開ける仕草)よし、乗った、乗ったぞ。
(襖を閉める仕草)
(大層驚き慌てふためいて)アアッ!いやぁ、早いね、無闇に早いねぇ、ロケットってもんは!うちのかみさんの早飯より早いね、こりゃぁ大したもんだ!(懐を確認しながら)ああ、不可ない、こんな長旅に弁当持ってくるのを忘れちまった。姐さんが麦酒やら柿の種やら売りに来てくれるんだろうな。え?新幹線と間違えていやしないかだって?ロケットってのは新幹線の親玉じゃないのかい!
(四人掛けの電車席の乗客にでも話しかけるような仕草)あんた、何処から乗ってきたんです?ほう、小樽、そちらさんは?西船橋、西船橋の佐藤さんですか。そっちの異人さんのお名前は?ほう、マーガリン。なんだい、どうして怒ってんだいこの人は?は?ガガーリン?それは、悪かった。
あっ、誰だよ、犬なんか連れ込んだりしてる奴は!
(窓を開けようとしながら)
駄目なのかい?窓も開けられないなんて、不便だねえ。
(窓の外を見やりながら指差し)
見てご覧よ、ほらあそこに見える石鹸箱が、うちの長家だ。おっかないくらいの早さで小さくなっていくじゃあないか。
(しばし、ガタンゴトンと云いながら電車にでも揺られるような仕草)ほお、こいつぁ驚いた見てご覧あっという間に地球がピンポン玉になっちゃったよ、家のボロ長屋なんざ、毛ほどにも見えやしない!
(ひとしきり思案顔で)ああ、外をご覧よ。あたしが思ったとおりですよ。ねえ、ほら真っ暗だ。こんな真っ暗なところに地球がぽかんと浮かんでるなんて知ったら、流石のあたしも何となくしゅんとする。今夜は好きな晩酌も止めとこう。
どこまで飛んで行くんだいこのロケットてのは?遠くにチカチカしてるのは地球の兄弟かなんかなんだろうね、なんだか途方もなく広くてぼおっとしちまうな。(ブルッと身震いをして)いやに冷えてきたねぇ、俺は寒いのは苦手なんだよ。
なんだい、なんだいここは。土産屋も無けりゃ何にもないじゃないか。お月さんを見物したから、もう十分だ。かみさんにどんな所だったか聞かれたら「何だか凸凹して落とし穴だらけで兎はもちろん温泉だってありゃしない、一生に一遍行けばそれでいいよ」と言えばいい。そろそろ帰ろう(身震いして)体が冷えてかなわねぇ。
え?お前さんの噺にはオチが無いのかだって?宇宙は無重力、漂うだけで何処かに「落ちる」ことはできません。電車がやっと来ました。お後が永遠によろしいようで。
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