パリのキツネは三度嫁入りをするらしい(5/22)
パリのKitsuné(キツネ)は一体何度嫁に入れば自分の結婚に納得するのだろうか。2024年にもなれば、嫁に入るなんて考え方自体が古くてどうにも納得が行かないのだろうか。
晴れているのに突如大粒の雨が降って雨宿り。これを3回ほど繰り返した一日は、平日にも関わらず何度もキツネが嫁入りをしていた。雨が止む前とか、止んだ後の数分って吸い込まれるように色気がある。写真との出会いがこういう鬱陶しさを小さな楽しみに変えてくれたことに少しだけ気持ちがジュワッとなった。
そんな本日は天候だけに限らず終始とてもパリっぽかった。良い意味でも、悪い意味でも。
一回目の嫁入りの頃、ピアノ屋さんから連絡があった。「ついにあなたのピアノが僕らのところまで届きました!あなたの家にデリバリーするのはレダという名の男性だから、彼からの連絡を待ってみて。急いでるなら電話してみる?携帯電話の番号教えるから」
もらった電話番号にさっそく入電すると、レダ氏はあと一時間で出社するから、そしたら連絡しますとのことだった。
もちろん一時間後に電話がかかってくるわけがないので辛抱強く待つ。待つ、というのはパリでは"一旦忘れる"を意味する。5時間後くらいにSMSにて「あと55分したら会社に着くから連絡する」と追い連絡が入った。
それから更に3時間ほど経った頃「次の日曜の朝9時か、火曜の午後3時でお願いします」というメッセージがポンっと届く。ピアノ屋さん曰く、配達は翌日か最低でも翌々日とのことだったが?
購入した翌々日には届くという話から散々待ちぼうけて先週の金曜日まで我慢した。音沙汰がないまま更に今日は水曜日。それでデリバリーが日曜日だなんて届ける詐欺じゃないか!
....と言いたくもなるが、ここフランスでそんな正論を言っても無駄なエネルギーを無駄に消耗するだけ。理屈が破綻している言い訳を聞かされるか、恩を着せられつつ逆ギレされるかの二択だ。
「仕事で使うのに楽器が必要な日にちはとっくに過ぎていて切羽詰まっているの。勿論遅延はあなたのせいではないんだけど、もう少し早く配達できないですか?」
まさに文字通りのダメ元でメッセージを送ってみたが、返事は以下の通り。
「明日は仕事休むし、金曜と土曜どれほど忙しくしているかは説明することすら不可能だね!なんなら日曜だって休みたいけど、あなたの為に本当に特別に例外的に提案しているくらいだよ。もっと早く届けることができたなら僕だってどれほど幸せだったか...!!」だった。
ほうら、無駄なエネルギーを無駄に消耗するだけって言ったじゃん!というわけで、この国で一つ何か頼んで配達してもらうのには3週間は絶対にかかる。私が学生時代から変わっていない。
会費を払っているAmazon Primeなら翌日届くと思っている日本国民こそが狂い遊ばしているのであって、こちらは有料の超特急で5日後(と告知しておいて実際は7日後)なのである。
それでも「アマプラだったら一週間で届いて超便利だからね。結局長いものに巻かれてしまうのさ」とスナフキンかお前?と言わんばかりに葉っぱみたいなのを口に挟んだフランス人に大絶賛されているのだ。(実際には誰も葉っぱは挟んでません。イメージです)
ですから、我々日本人は物流の方々に頭を深々と下げると共に、あれほど立派な仕事をされている方々をもっと尊敬するべきだし、むしろそんな過剰に速さを強要する必要はないのではないかと思う。再配達だって猶予がありすぎる、有料化したっていいよ!とすら思うよ、こちとら。
さて、2回目の嫁入り頃に話を移そう。道端で突然「ちょっと!」と声をかけられた。イヤフォンを片方外して、なに?と目配せしたら「君のスタイル、すっごいイケてるよ。めちゃくちゃ綺麗!」とすごく真面目に青年が声をかけて誉めてくれた。
はっきり言って日本にいて容姿を褒められることなど滅多にないので(30すぎたらもう熟女だババアだと言われますし?)こちらの人は兎に角褒めちぎってくるので、これは良い習慣だなと思う。誰も不快にはならない。
しかしこの時の私は"どうやってVISAを更新するために年収1500円を達成すれば良いのか"で頭がいっぱいだった為、少し黙って間が空いてしまった。
「あ、フランス語わからない? I love your style, such a beautiful woman. You look very beautiful !」と爽やかに言い直してくれたので、ようやく我に返り
「C'est gentil, merci beaucoup!(ステキなコメントありがとう!)」とAIばりに張り付いた笑顔で教科書フランス語みたいなものを放ち微動だにせずにいたら、「あ.... さようなら」と面食らったような表情で言うので私も同じく「さようなら」と返したのだった。
まるでテキストのようなやり取りが時差を持って面白くなってきて、そのあと一人でゲラゲラと笑いながら歩いていたら「え、なになにどうした?」みたいな感じですれ違った何人から無言の相槌があり、その構図にまた愉快な気持ちになったのだった。この、人々の距離感もパリらしさのひとつだろう。
「これが三度目の正直なのね?あなた今度こそ本当に嫁入りするのね?今度のお相手は大企業に勤めているんだからね!!」
破天荒な娘を心配して母キツネがそう言い始めた頃、すでに20時を回ってお腹が減り、近くのパン屋さんに入った。レーズンパンと同じ形の、生地にピスタチオがねじ込まれたチョコパンのようなものがあり、それを頼もうとした。
東欧系の女性二人がお店に立っていて、一つ前のムッシューには普通に対応していたのだが、次の方!と言われて私と目が合った瞬間、華麗に無視。私の次は少し若めの白人男性だったのだが、彼が店員の女性に「僕の前、要するに次は彼女だよ」と言ってくれた。そう、私は無視されたまま、次の男性に注文を聞いていたのだった。
店員の女性はあからさまに嫌な顔をして「なに?」とメンチを切ってくる。(久し振りのヤンキーみたいな態度!)
「質問なんだけど、このレーズンパンの横のって、レーズンみたいだけどチョコですよね?」と問いかけたところ、また無視。するとまた横の男性が「これってチョコかって彼女が聞いてるけど」と店員さんに助け舟を出してくれた。「こっちはレーズンで、こっちがピスタチオとチョコ」と答えて、店員さんはまた奥に引っ込んでしまった。
そもそも彼女のフランス語の東欧訛りがキツかったので聞き取りに苦労していて、値段がわからず聞き返した。ネイティブなフランス人であれば、強い訛りのフランス語も聞き取れるのだろうが、このあたりはどこまで行っても第二外国語でしかない私。「キャトル!キャトル!(4!4!)」と言われてようやく「あ、4ね。4ユーロ?(えらい高いな...)」と聞き返しつつ支払いを済ませた。
すると、隣の男性が再び私に向かって「あっちの店員が4つ入れてるみたいだけど、放置してて大丈夫?4ユーロって確認しただけだよね?」と私に耳打ちしてくれた。
「や、いやいや、欲しいのは1個です!」と急いで店員に訂正を入れると「はぁ?あんたが4って言ったでしょ!あんたが4って言うからこっちは4つ入れてんのに、なんなのこの女!一言も言ってることわからないし、フランス語ちゃんと喋れば!やってらんないわ!」とブチギレたのだった。
これもまたパリの日常茶飯事なので、隣の男性も、その次の男性も「どうしょもないよね」と申し訳なさそうに肩をすくめていた。こういう反応があるからこちらも我慢してられるってところはあるかもしれないが、こういう経験の蓄積はQOLを慢性的に下げる原因でもある。
記憶している限り思うのが、有色人種の方が有色人種に冷たいし差別的な態度をとってくる。韓国の文化がとても好きだが、パリの韓国系のお店が苦手な理由のひとつもそれだった。一緒にいるフランス人の友人にはとてもフレンドリーなのに、数センチ横の私にはあからさまにぶっきらぼう。特に女性同士は難しい。
やっぱり白人が歴史的にずっと優位とされてきたことを痛感してしまう。有色人種が迫害されてきた歴史の中で、ある種の矜持もあってなのか、せめても他の有色人種との優劣はつけたいという気配を感じる。
本心は勿論知る由もないが、ぜひ詳しい人に感情論ではない歴史的な成り立ちを聞いてみたい題材だ。
もしこの見立てがそこまで外れていないなら、やはり私たち有色人種は総じて難しい立場をとってきたのだと思わざるを得ない。
なんだか今日ほどパリっぽさを隅々まで感じた日はなかったなぁ。
帰り道、セーヌ川の橋から何年振りかに虹が見えた。
キツネが最終的にちゃんとお嫁に行ったことを確認してから、早足で帰宅した。