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2_仙川湯けむりの里

まだ仙川駅に区間急行が停まるようになる前,ぼくは仙川に住んでいたことがある。

仙川駅から徒歩12分の1LDK。調布市と世田谷区のちょうど境目,の世田谷区側に家があった。
お世辞にも駅から近いとは言いづらかったけれど,見に行った家が綺麗で新しく広かったのと,「世田谷区民」というステータスが欲しくて,その家に住むことを決めた。(就職を機に上京してきて,それまではずっと市民だったのだ)

そんな家から徒歩5分ほどの距離にあったのが,「仙川湯けむりの里」というスーパー銭湯だった。
その頃はまだ高尾山口駅に極楽湯ができる前だったから,京王線沿線では珍しく,駅から歩いていける距離にあるスーパー銭湯だった。だからなのか,夜になると風呂は部活帰りのように見える若者や,小さい子供連れでいつも賑わっていた。


ゆっくり手足を伸ばして定期的に風呂に入りたかったぼくは,だいたい二週に一度くらいのペースでそこに通っていた。普通の銭湯の倍くらいする値段設定だったけれど,それに見合うだけの価値はあったと思う。

頭と体を洗ってから湯に入って,温まってきたら露天風呂のそばにあるプラスチックの椅子に座って身体を冷やしながらうたた寝をするのが好きだった。
目を閉じていると,やれ彼女ができたできないだの,部活の先輩が威張っているばかりで全然実力がないだの,数人の大学生グループが話している声が耳に入ってくる。
10分くらいそうしてぼうっとしていると身体がいい具合に冷めてくるので,そのまま露天風呂に入るか,屋内の炭酸泉に入るかして,グダグダしながら1時間半くらい滞在するのがいつものパターンだった。

その頃はいろいろ精神的に大変なことがあって,よく眠れなかったり消耗したりしていたのだけれど,あとから思えばそういうときに湯けむりの里に行って,少しでも混乱する心を整理して,気を落ち着けようとしていたんだと思う。
ゆっくり湯に使って,丁寧に身体を温めた日は,たいていよく眠ることができた。

この前久しぶりに湯けむりの里へ行こうと仙川駅に降りたら,クイーンズ伊勢丹は建て直されて綺麗になっているし,商店街の飲食店のいくつかは入れ替わってしまっていた。おしゃれなカフェも,いくつか増えている。
少しずつ景色は変わっていっているけれど,仙川駅に降りたときになぜか感じる安心感は,風呂でうたた寝をしながら癒やされてきた記憶によるところがあるのかもしれない。

#最高のおふろめぐり

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