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母乳ノイローゼ

ひとりめは、完母だった。

読んでた本や、お義母さんが何度も語っていた母乳説もあり、「最初ミルクをあげてしまうと母乳が出ないかも」という縛りに囚われていた。

出産後、母乳+ミルクで全然OKな産院だったにもかかわらず、「母乳のみで育てたい」と希望した。

入院中、私の母乳はまったく出なかった。
初日から母子同室。
右5分左5分、右15分左15分、くわえ方、抱き方いろいろ教わったが、やっとのことで出ても5g。

他の人の母乳の量を記録した表をみては、泣いていた。

娘の体重は減っていった。
おなかが空いて眠れないので、とにかく泣いた。
ひたすら抱っこか授乳。

入院後半は体力がなくなってすぐ眠ってしまうので、
くすぐって無理やり起こして、なんとか飲ませるを繰り返した。

出産でフルマラソン完走以上のクタクタっぷりな身体。会陰切開もしており、座ってるのも激痛、後陣痛で子宮収縮がよすぎて激痛、そして不眠。

母乳がでないせいで、娘が弱っていく。
ミルク拒否の私に、助産師さんはこれ以上体重が減り脱水を起こしても心配なのでと、ブドウ糖を提案してくれた。退院までカスカスの少ない母乳とブドウ糖で命をつないだ。

今思えば、なんであんなにもミルクを拒否っていたんだろう。はじめ混合でも、徐々に母乳オンリーにしてる人もいるわけだし、ミルクオンリーになってもいいのに。と思うのだけど、とにかくこだわっていた。

お義母さんが「1人目は初乳をあげれなかったから、身体が弱かった。2人目は完母の病院だったしカラダが丈夫になった」と繰り返し話してくれていたのが刷り込まれてたというのもある。

別に「母乳にしなさいよ」「母乳じゃないとダメよ」なんて一言も言われなかったのに。

飲ませ方が下手なのに長時間飲ませているので、乳首も傷ができた。傷のところを吸わせるので、毎回が激痛だった。

入院中日中逆転していた娘は、日中は寝ていて夜は起きて泣いていた。とにかく授乳した。
睡眠もほとんどとれず、辛すぎたときに励みだったのは、一緒に泊まってくれていただんなさんだった。

完全に産後ノイローゼ。産後うつの状態だった。

幸い、退院後からは軌道に乗りはじめ、体重もみるみる戻り、増えはじめぷくぷくの赤ちゃんになり、
ドーナツや甘いものを食べると詰まって痛くなり、とにかく白湯を飲み和食を食べるヘルシーな生活になったが、あの入院中、なんであんなに辛い思いを自分から好んでやったのだろう。執着してやりとげたかったのだろうと思っていた。

母乳=◎ と、とにかく思っていたのだと思う。
赤ちゃんのことを考えてというよりは、「母親像」に縛られていた。

母乳をあげられる=母親としての資格、がんばっただけ褒めてもらえると思っていたのだと思う。がんばれるのであれば、そうしなきゃいけないと思っていた。
また「赤ちゃん」という未知の存在を育てることに不安しかなかったのだと思う。

そんな経験があったので、2人目ははじめから母乳とミルク混合だった。
入院中、まったく母乳がでなくてもミルクを飲めば寝てくれる、久しぶりに子供ではなく自分のペースで動ける。ご飯も出てくるので、育児休暇というかパラダイスだった。

「母乳のみ」にこだわらないだけで、こんなにも気持ちが柔らかいまんま、赤ちゃんを「可愛い」「愛しい」と素直に思えるものなのかと思った。

結局、私の母乳は退院して1週間たった頃から少しずつ出始めた。
母乳だけのほうが楽な気もしたが、パパや娘、そして義両親に預かってもらうことも考えて、ミルクもあげていた。

ジャンキーなものを食べ、母乳がだめでもミルクで栄養もらえてる。という安心感があった。

にもかかわらず、数ヶ月たったくらいでいきなり息子はミルクを拒否しはじめた。

結局、2人目も途中から母乳オンリーな上に、添い乳じゃないと寝ないというオマケがついてきた。

赤ちゃんを抱っこしていると「お天気いいですね」と同じくらいの感覚で、母と同じくらいの歳の方は、「母乳?」と聴いてくる。
そのくらい日本では「母乳最強」説がまだまだ根強い。

2人目ならかわせるけど、1人目でもしミルクを選択していたら、「母乳?」と聞かれるたびに落ち込んで私はなんとなく言い訳しちゃってた気がするのだ「がんばったんですけど、出なくって」

ただ、今になって思う。
母乳は確かにいいかもしれない。
ミルクはミルクで栄養バランスが整ってる。

どっちでもいいのだ。
1番大事なのは、どの選択が「ママが笑顔でいられるか」「ママが少しでも安心できるか」「ママが孤独を感じないか」なんじゃないかって。

これがダメならこれ。と決めてもいいし、
とにかくこれでやってみたい。でもいいし、
赤ちゃんの望むほうで。でもいいし、

ただ、決めたことで煮詰まったときに
「こんなに辛い思いしてまでこの選択をやりとげる理由って••」と、ちょっとふんわりと外側からの目線で考えられたらいいんだと思う。なかなか難しいけど。

それでも、つらくてもやってみたいなら、やってみたらいいんだと思う。自分が選びたい道を。

結局のところ、どれを選択してもそれをやってみた経験は後になって生きてくる。

ミルクでもよかったのにと思いながらも、あの辛かった入院生活は、今では勲章のように懐かしく思い出深く思えてるし、その体験があったからこそ、2人目は、潔くミルクでもいいかっと心が思えたのかもしれない。

そして、「母乳」について、語りまくるお母様たちは、押しつけたいとか教えてあげたい気持ちよりもっと深いところで、懐かしい自分の子供の赤ちゃんだった頃を思いだしてたのかもしれないなぁと今は思える。あの必死でなんとか乗り越えた思い出は、歳を重ねれば重ねるほどキラキラしたものに変わっていくのかもしれない。

最後に、ミルクはミルクで大変だし、悩むし面倒なこともある。混合も、どれだけミルクあげていいのかとか、哺乳瓶消毒とか、いろんな??と面倒がつきまとう。

何より今まで自分のペースでやれていたことが、一転して、赤ちゃんのペースに振り回されてヘロヘロになる。

はじめてママになった人はどうか話し相手をみつけてください。

直接が難しい人はTwitterでもLINEでも。

そしてまわりの人は、とにかく話を聴いてあげてください。それだけで、ママの心は少しゆるみます。
赤ちゃんと接する時間があたたかいものに変わります。

たぶん、親切で言った意見も、アドバイスも、否定にとらえてしまうくらいナーバスになっていると思うから。

話を聴いて、緩ませてあげてください。
それだけ、いきなり心が孤立しやすい気がします。

この文章も、母乳育児に疲れた人にすこしでも寄り添えたら幸いです。

母乳だけでなく、私は「こうすべき」という縛りに囚われすぎたり、辛くなりながら日々生活してる。

でも、もしかしたら「こうすべき」なのではなくて「こうしたい」と思って選んでいるのかもしれない。
例えイバラの道だとわかっていても。

辛くなったときは、本当にその方法しかないのか?
なぜそれがしたいのか?
何を守りたくてその道を選んでるのか?

それを見直すきっかけをくれてるのかもしれない。

最後に、何も言わずに私のやり方に寄り添い一緒に困って悩んだ入院生活。忘れません。
パパ本当にありがとう。

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