4/6 少年

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  白い壁に囲まれた研究室の中にいる。そこが研究室だとわかるのは、白衣を纏った人たちがいて、使い方のよく分からない器具や機械が置かれているからである。目の前には白い壁があるけれど、これはずっと先に続く白い通路を隔てているたくさんの壁のひとつで、手順を踏めば開閉することが可能なのだとか。
  自分の片手には、細長い、試験管に蓋がされたようなものが握られている。中身があるのかどうかはわからない。わたしに課せられたミッションは、壁を退けながらこの筒を通路の最奥まで届けて、出来るだけ早く、再び壁を展開して戻ってくるということらしい。不思議なことに、わたしは最深部に何があるのかを知っている。
  通路を進むのは簡単だった。指示された順番にボタンを押して壁を動かしていく。それを10回ほど繰り返したところで、最奥の部屋にたどり着いた。ここまでと同じように白い壁で囲まれたそこには、子供ほどの身長の白いロボットがこちらを向いて佇んでいた。
  彼は、核兵器であった。わたしはそれを知っている。少しだけ恐怖を感じた。プラスチックの身体と黒い液晶が既にこちらを向いているが、自分の動きが少しでも目に止まらないように祈った。言われた通りに筒を部屋の床に置く。瞬間、彼の身体は熱を持ったように赤く光り始め、何かの準備段階に入った。わたしはその「何か」が起きる前に、通路を塞ぎながら初めにいた部屋まで…もしくは施設の外まで逃げなければならない。壁はシェルターなのである。
  すぐさま体を翻して走り出す。壁を閉じるためのボタンを押さなければ。逃げなければ!!  そう思っているのに、足も手も縺れてうまく動かない。焦れば焦るほど身動きが取れなくなる。必死でもがく。遠く前方では、研究員たちが出口に向かって駆け出している。わたしはやけにはっきりとした彼の起爆の電子音を聞いた。閃光の後、背後からの爆音と衝撃に体が浮く。それでも足を動かす。焼けた肉の匂いがする。世界が真っ暗になる。
  気がつくと、白い壁に囲まれた研究室の中にいる。
  もう一度、と彼が言った。


  寝る前に飲酒をすると体感目覚めが悪くなるのだけど、じゃあ昼間から飲んだ方がいいということ? それは許されるのか。それとも酒を全部ヤクルトとかに置き換えた方がいいのかしら。体を慮るならそうした方が確実にいい。でも、わたしがヤクルトを買うことはないと思うし、書きながらハイボールを飲んでいる。

  朝ごはんから「キミとホイップ」というお店の台湾カステラを食べた。母がお土産に頂いたもので、贅沢である。ホイップクリームが入っているわけではなく、卵白のホイップ、つまりメレンゲを指しているらしい。シフォンケーキみたいだな、と思った。ふわふわの食感がよかった。文明堂のざらめのついたカステラが少し恋しくなった。

  駅に向かう途中に川があって、その川沿いをずうっと淡いピンク色の花が彩っている。はらはらと、花びらたちが吹雪いているのを見て、思ったよりも長く咲いていたな、と考えていた。知らず知らずのうちに現実以上の儚さを押し付けてしまっていたようだ。それはきっと、実物を見ずに言葉で描かれたものを眺めてばかりいたせい。
  桜は4月の色、散った花びらが雨水に透けると夏が来る。

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