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『この偶然が、私を導くその先に』(6)

匂いは記憶を呼び起こす。

はじめて付き合った人は、煙草の匂い。おとなの人だっておもってた。
次に付き合った人は洗濯が大好きで、いつも柔軟剤のいい香り。
そして君は、私が好きなハンドクリームの香りがするの、ふわっと漂う複雑なハーブみたいな香りが、隣にいて心地よかった。

あれは香水だったのだろうか。

・・・・・

2024年の年末、映画納めにと選んだ映画は『I Like Movies』というカナダの映画。
大好きなシネマカリテで観た。


『I Like Movies』

映画好きな高校生の男の子、家族とも友達とも上手くいかなくて、視野がせまいひねくれオタクくん。
そんな彼がビデオショップでバイトをはじめて、そこで出会った女性店長にあわい恋をする。
自分だけの世界から相手への関心へ。ほんの少しだけ、彼が変わろうとするやさしい物語。

そのビデオショップの店長が、とても素敵な女性で。
ひとり孤立する彼に、これからの大学生活でうまくいくための、ちょっとしたアドバイスをする。

「相手の話しをじっと聴くこと」
「あなたの大学生活は、きっとうまくいくわ」

『I Like Movies』ビデオショップの店長の言葉

たしかそんなことを言っていた。

彼は大学で寮で一人暮らしを始める。そこで出会った同級生に、
「僕は映画が好きなんだ。君は、何が好き?」そうやって質問をする。

自分の話ししか今までしなかった彼が、自分をすこし変えた瞬間。
部屋の壁には、彼の好みとすこし違う、店長が「好き」と言っていた映画のポスターが貼ってある。


私、この映画観ていて、あの店長みたいな存在になりたかったんだって気付いた。
何か、人生が変わるような、ささいな言葉を与えられるような人に。
そうなれたらよかった。
そんなことを思っていたらふと、うしろの席から君の香りが漂ってきて、すこしだけ君を思い出して、エンドロールで涙した。

映画が終わってうしろを振り返ってみたけれど、そこにはもちろん君はいないし、その匂いの気配もどこにもなくて。だからあの瞬間は、とても不思議だった。
ただの幻想かもしれない、それでもあのとき私はたしかに、君を近くに感じていた。

・・・・・

年が明けてすぐ、君から1通のメッセージが届いた。
それは10日ぶりだったかもしれないし、もしかしたらもっと長い期間空いていたのかもしれない。
開くのをすこしだけためらう位の時間があった気がする。

〈たいした内容ではないさ〉そんな風に思いながらも、翌日までそのメッセージが読めなかった。
だから翌日の朝、家を出る前に読むことにした。

それは、まじめな君からの、やさしくてさみしいメッセージだった。
どんな内容でも、時間が経ってもちゃんと応えようとしてくれた君は、やっぱり誠実なひと。
わかってたけど。

私はその日、朝から水戸に行こうと決めていた。
君と見つけた展示のリーフレット。本当は君と行きたかった。でもはっきり言えなかった。
だからひとりで、水戸に行って、その建築とアートを見ようと決めていた。

現代アートを見に、日暮里から常磐線で2時間近く揺られた。水戸駅からはバスで向かった。

水戸芸術館『田村友一郎 ART』

『田村友一郎 ART』

チケットを買って中に入ると、説明がなにも無い空間にでて。
でも館内の何名かは作品紹介の用紙を手にしていたから、近くにいたスタッフの人に
「あの用紙をいただけますか?」と聞いてみたら、
「作家の意向で最後にお渡ししています」と言われた。
なるほど。そういう意図なのか。

私なりに〈わからない〉を〈わかろう〉と、努力した。
〈見落としのない〉ように、〈理解したい〉と思いながら、〈じっくり〉と見た。
そうしたら〈なんとなくわかる〉ことがあって、〈見えてくる〉ものもあって、なんだか〈よくわからない〉けど〈惹かれる〉ものがあったり、どういう意味なのかと〈疑問〉を持つものもあった。

さいごに待っていた、答え合わせは面白かった。
自分なりに見ようと〈努力〉したけれど、これでもか!というほどの〈見落とし〉があったし、
もちろん私の想像を遥かに超えた〈メッセージ〉もあって、
そのなかでも、少しだけ〈理解〉できているものがあると知ると、〈うれしかった〉。

美術館を出たあとに少しだけ歩いて、君が選びそうなカフェに行った。
君が食べそうなケーキと珈琲をたのんで、2階のはじの窓際の席に座った。
珈琲を飲みながら、私は君を思った。
そして悩んだ末に、すこしだけ長いメッセージを返信した。

「君は誠実だね。一緒にいれて楽しかった。
 君のおかげで行きたいところが増えたし、今日は水戸にも来たよ。」
そんな類の内容で、ありがとう。って。

たぶん、
今日見たアートも、きっと一緒に行ったところで、私たちは別々のところで立ち止まるんだろう?

私は店長みたいにはなれなかった。君になにも残せなかった。
でも、私はもらったものがたくさんあったってことをちゃんと知っている。
だからそれが、君にも伝わったらいいなと思った。君のおかげだよって。

そうだ。
〈わたしはきみに、なにもあげることができなかった〉
〈わたしは、店長にはなれなかった〉

つまり、そういうことか。


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