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安克昌『心の傷を癒すということ』第1回振り返り(NHK100分de名著2025年1月)

 2025年1月の「NHK100分de名著」は精神科医の安克昌さんの著書『心の傷を癒すということ』を読み解いていく、という内容です。
 今回はその第1回について振り返っていきます。

 『心の傷を癒すということ』は、阪神淡路大震災当時の状況が記録されたルポルタージュです。本書では精神科医として被災者の心のケアに奔走する安さんの姿が描かれています。
 地震発生時の様子について安さんは次のように記しています。

 一九九五年一月一七日未明、どーんと部屋が揺さぶられる衝撃に、私は目を覚ました。ばしんと激しい音がして、常夜灯が消えた。二歳になる娘が「ママ!ママ!」と叫び声をあげた。妻は「きょうこちゃん、だいじょうぶよ」と言って娘を抱き寄せる。その後、地鳴りとともに身体が床の上を躍った。いろいろなものが、めちゃくちゃな勢いで耳に飛び込んできた。
 ずいぶん長く揺れが続いたように感じた。そしてふたたび静寂に戻った。外はなにごともなかったかのようだったが、揺れがおさまってからもしばらくは動けなかった。まだ夜明け前で部屋の中は暗かった。何とか探し出した懐中電灯で部屋の中を照らして唖然とした。隣の部屋は本棚が倒れ、タンスの引き出しが全部出ていた。台所は食器棚が倒れて粉々になった食器類が散乱していた。(中略)
 私の、阪神・淡路大震災の体験はこうしてはじまった。

安克昌『心の傷を癒やすということ』p.15、16

 この部分について番組テキストの著者で精神科医の宮地尚子さんは「まるでドキュメンタリー映画を観ているような冒頭の記述」(テキストp.13)と表現しています。「淡々として飾らない筆致」(テキストp.14)で綴られているからこそ、震災を疑似体験しているかのようなリアルさがあるのでしょう。
 その後、安さんは何とか勤務先の病院にたどり着きます。そこには重症患者が次々と運び込まれ、「〝野戦病院〟の様相を呈していた」(『心の傷を癒すということ』p.16)と振り返っています。

 救急外来の廊下でぼう然とたたずみ、あるいは悲しみをこらえきれない遺族の姿を見て、私は被災者の心の傷の深さを思った。

『心の傷を癒やすと言うこと』p.19

 被災者がどれほど壮絶な体験をしたかがこの一節からひしひしと伝わってきます。
 前述したように、本書では震災当時の状況が内側から詳細に描かれています。その一方で、コミュニティの再生についても言及されています。

 災害の後、生き残った住民はある種の共同体感情の下で身をよせあう。これを災害心理学では「ハネムーン現象」「ハネムーン期」という。しかし、私にとって、それは文献上の知識ではない。思いがけないやさしさや思いやりを肌で感じ、人間とはすばらしい存在であると私は思った。これは真にかけがえのない思い出として、今も胸の内にある。

『心の傷を癒やすということ』p.252

 「ハネムーン現象」を経験したおかげで、被災地に住む多くの人たちが「人と人とのつながり」を強く意識するようになったと安さんはいいます。宮地さんの言葉を借りれば、それは「新たなつながりや思いやりのあるコミュニティを育む土壌」(テキストp.27)になり得ます。
 どちらの言葉も震災からの復興について考えるための重要なヒントといえるのではないでしょうか。
 次回は番組第2回の振り返り記事を投稿する予定です。


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