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科学雑誌を素人が読む[492]

先週手許に届いた『サイエンス』2021-10-15号の冊子をパラパラとめくっていく。後半に「分娩室でのヒューリスティクス」(Heuristics in the delivery room)というタイトルの論文が掲載されている。

タイトルに使われている単語数も少ないのもスッキリしていて注目されるけれど、それ以外にこの論文について特筆すべきは著者が一人であるということ。最近ではなかなかめずらしいのではないか。たいていの科学論文(原著論文)は複数の著者によって書かれる。つまり、論文中に登場する人称代名詞は「we」である。この論文では著者が一人きりなので、あちこちに「I」が登場する。

論文の内容は、行動経済学でよく耳にする「ヒューリスティクス」つまり「単純化された意思決定ルール」が分娩室すなわち赤ん坊が生まれる状況においてどのように働いているのかを調査した結果の報告。結論をかいつまんでみると、ある妊婦(妊婦A)に出産時に合併症がみられた場合、医師は次の妊婦(妊婦B)に対する分娩の方法をカジュアルに変える可能性が高いことがわかったという報告のもよう。興味深い。医師ともあろう人たちにそんなことが起こり得るのか。

つまり、2通りある分娩方法――経膣分娩けいちつぶんべん or 帝王切開分娩ていおうせっかいぶんべん――のうち妊婦Aが経膣分娩を選択して出産時に合併症が生じた場合、医師は妊婦Bを帝王切開分娩へと変更する、あるいは逆に、妊婦Aが帝王切開分娩を選択して出産時に合併症が生じた場合、医師は妊婦Bを経膣分娩へと変更する、という傾向がみられることが確認されたとQ氏は理解してみる。具体的にどのような調査が行われたのか気になってくる。

直前の自らの決断の結果が悪かった場合、次の行動をとりあえず変えてみたくなる、というのは確かにありそうだ。そしてこの論文では、出産という切迫した状況におけるヒューリスティクスの発動に注目している。

今回のヒューリスティクスは「win-stay/lose-shift ヒューリスティクス」と呼ばれるもののようだ。「勝ったらそのまま、負けたら変更」(ウィキペディアでは「勝ち残り、負け切り替え」と書かれている)というこのヒューリスティクスは気づかないうちに誰でも行っているような気がする。

特定のヒューリスティクスが発動するのを抑えこむための方法の提案などについても考察されていたりするのだろうか。興味がそそられる。まずは解説記事を詳細に(できれば行間をも)読みこんでいきたい。■


【追記】
✅『サイエンス』2021-10-15号[URL
✅論文「分娩室でのヒューリスティクス」(Heuristics in the delivery room)[URL
✅解説記事「分娩室における医師の問題含みのヒューリスティクス」(Physicians’ flawed heuristics in the delivery room)[URL

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