科学雑誌を素人が読む[451]
「神経回路のアーキテクチャ」(Architectures of neuronal circuits)と題する魅力的なタイトルの論文に遭遇する。つい先日手元に冊子版が届いた『サイエンス』2021-09-03号に掲載された総説論文。
脳の働きの仕組みをボトムアップで解明すべく、その構成単位である神経細胞の集団がいかにして互いに情報をやりとりしているのか、そのメカニズムの一般原理を提案する試みに関するテクストと見受ける。勇敢な企て。書き手は一人。ということは、ヘタに妥協などしないで自分の考えを自由にぶっとばしていった論考と期待できる。ある意味、叩き台/試論みたいな文章か?
1ページにまとめられた「総説要旨」(REVIEW SUMMARY)を熟読しているところ。まず基本中の基本の事実が書かれている:
個々のニューロンはそれ自体が高度な情報処理ユニットであるが、ニューロンが特定の機能に特化した回路を形成することを可能にするのは、そのシナプス結合パターンであり、脳を強力な計算装置にしている。*¹
そうなのだ。ニューロンはヒトの脳では約1,000億個という莫大な数であり、その個々のニューロンが数千のシナプス結合を作っているわけだから、どれだけ密な「つながり」が脳内に存在するのか呆れかえるばかりである。解析が順調に進むわけはないのもわかる。脳のメカニズムの解明にほど遠いのも頷ける。何か考え方のブレークスルーがなければ、力技だけでは脳内で実のところ何が起こっているか理解できないと思われる。
この総説では、近年多方面にわたって展開されてきた、ニューロンのつくる回路のアーキテクチャに注目して話の整理を試みているもよう。大枠とされているのは「構造」「機能」「進化」「発生」の4つの層。そして「ニューロン」「微小回路モチーフ」「大規模な回路設計」「脳」の4者をそれぞれ「文字」「言葉」「文章」「論文」に喩えている。このメタファーが適切なのかどうか素人には(今のところ)よくわからない。
ニューロン(neuron)= 文字(letter)
微小回路モチーフ(microcircuit motif)= 言葉(word)
大規模な回路設計(larger-scale architectural plan)= 文(sentence)
脳(brain)= 論文(article)
このように喩えることでどんな御利益があるというのだろう? 論文の本文を読んでみる必要がありそうだ。具体的には、このメタファー語が使われている周辺の文章あるいはパラグラフを詳しく繰り返し読んでみたい。イメージが浮かび上がってきたら御の字。
素人にも何か食いつけそうな部分はないかと、それほど長くない要旨をナナメ読みしていくと、興味深い語が繰り返し登場する――「抑制性」(inhibtory)という語。ニューロン間の信号処理における「抑制」性の機能のこと――具体的には「フィードフォワード抑制」(feedforward inhibition)、「フィードバック抑制」(feedback inhibition)「側方抑制」(lateral inhibition)「相互抑制」(mutual inhibition)などの文言たち。
ニューロン間を伝わっていく信号の行き来には「抑制性」の仕組みが重要そうなのは直感的にわかる。レイヤーは違うけれど、精神疾患の少なくない部分には、抑制性の脳内メカニズムの不調に起因するようなものもあるではないか。〈inhibit/s/ory/ion〉を検索語として、総説本文を拾い読みしてみるのもアリだ(ざっと確認したところ、この語幹をもつ語は総説全体で70か所近く登場する)。
最近、総説がおもしろい。■
[追記]
✅*¹[原文]
Although individual neurons can themselves be sophisticated information-processing units, it is their synaptic connection patterns that enable neurons to form specialized circuits for specific functions, making the brain a powerful computational device.
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