科学雑誌を素人が読む[445]
定期購読中の週刊科学誌『サイエンス』には「パースペクティブズ」(PERSPECTIVES)というページがある。同じ号に掲載された論文10数本のうち、おそらく非専門家にも興味をもってもらいたいと編集サイドが考えた数本の論文について、論文著者とは別の研究者が執筆する解説記事。1本がだいたい2頁くらいで対象論文の背景や意義などを説明してくれる。個々の研究にうとい(というかほぼ無知の)素人の読み手としては、とてもありがたいページだったりする。ライバル誌の『ネイチャー』では『ニューズ・アンド・ビューズ』(NEWS AND VIEWS)というページがそれに相当する。
最新号の2021-09-10号には5本の解説記事が掲載されている。個々の記事に付されたジャンル名はそれぞれ「大気科学」(ATMOSPHERIC SCIENCE)、「化学」(CHEMISTRY)、「神経科学」(NEUROSCIENCE)、「分子生物学」(MOLECULAR BIOLOGY)、「遺伝子治療」(GENE THERAPY)。
最新号の目次がウェブ上で(日本時間の金曜日の朝に)公開されると、まず「パースペクティブズ」のタイトルをチェックすることが多い。読めそうな記事があると素朴にウレシイ。解説記事を読んで研究の内容に興味をもてたら、論文そのものも読んでみようと思える。
というわけで、最新号の「パースペクティブ」5本をざっと眺めて、対象となる研究を面白がれるかチャレンジしてみる。そして興味がわかないのなら、なぜわかないのか考察してみたい。
✅❶「成層圏の対流水和」(Convective hydration of the stratosphere)[URL]
➣カバーストーリーでもある論文の解説。残念なことに当方には大気科学なるジャンルに基礎知識の持ち合わせがほとんどない。「成層圏」と言われてピンと来ないレベル。そもそもなぜ成層圏の研究をするのだろう? という疑問を抱いて冒頭のパラグラフを読むと、〈強い雷雨は空気を対流圏から成層圏へと急速に移動させる〉という趣旨の文が目に入る。圏域をまたいだ「急速な移動」というところにグッとくる――モノが動く、しかも速いスピードで。そのメカニズムには不明な点が多いという。なるほどだんだん興味がわいてきた。〈上空に巻雲を発生させるスーパーセル雷雨(supercell thunderstorms)のなかにはこの移動を発生させるものがある〉とも書かれている。「スーパーセル」という語は聞いたことがある――なんかカッコいい。このあたりの基礎知識を仕入れてからこの記事に戻ってこよう*¹。
✅❷「汎用性の高いオリゴヌクレオチド合成」(More versatile synthesis of oligonucleotides)[URL]
➣化学モノの論文というのは今ひとつ取っつきにくく感じてしまう。化学には、新しいアイデアの提示というより、組み合わせと最適化のジャンルという偏見を抱いていたりする。いやそれでも何とか面白がれるスキマを探してみよう。冒頭の「汎用性の高い」という部分がウリなのは想像できる。つまり後半の「オリゴヌクレオチド合成」の方法というのは既に(いくつか?)存在していて、その方法を今回改良したよという報告なのだろう。うーん、「方法の改良」というのは素人には面白さが届かないかなあ。ならばその新しい方法で何ができるのか? という方面に興味のベクトルを変えてみる。〈治療用オリゴヌクレオチドなる分子がヒトの病気を治療するための有効な手段となっている〉という趣旨の記述にぶつかる。それは初耳。12種類が上市済みという。少し興味が出てきた。具体的な薬剤名を知りたくなる。薬剤の作用メカニズムについても。重要そうなキーワードを記事からひろっておきたい:「アプタマー」「ホスホロアミダイト化学」「カップリング」「固相合成」。
✅❸「セロトニンの増加が依存症における強迫的行動を防ぐ」(Increased serotonin prevents compulsion in addiction)[URL]
➣脳まわりの研究は無条件で惹かれる。この研究はマウスを対象に行ったようだけれど、当然、動物で得られた知見はヒトへの外挿が目されているわけで、何かすぐにでもヒトの精神面に応用できる部分がないか探しつつ読むことも脳まわりの論文を読む楽しさだと思う。〈依存症〉というのはここでは「薬物依存症」を指す――コカインという文字が記事中にみえる。セロトニンを始めとする神経伝達物質と、そのトランスポーター(輸送分子?)、受容体などといったワードによって、コカイン摂取時の強迫的行動(compulsion)のメカニズムを説明しているようなのだけれど、なじみのない語/概念が頻出するので現時点ではよく理解できない。あまりに基礎知識が足りないな。それでも実際にマウスを使った実験がどのように行われているかについての説明があり、そこには興味を抱く。〈依存症の動物実験では自己投与の後に罰を与える〉と書かれている。「罰」とは足への電気ショックを指すようだ。「0.2-mA foot shock」という記述がみえる。何匹が実験に駆り出されたのか論文をのぞいてみると、野生型のマウスと変異マウスについて〈n=26 and 25 mice for WT and SertKI groups, respectively〉なんていう記述があるので少なくとも50匹以上が使われたようだ。実験系の動画を視聴してみたいものだけれど、まずあがっていないだろうなあとも思う(残酷なので)。
✅❹「液滴の形を整える」(Getting droplets into shape)[URL]
➣最近はやりの「相分離生物学」関連の論文を解説している。「液滴」とは〈タンパク質や核酸が凝縮したもの〉と冒頭で述べられている。細胞内の周辺状況の変化により、液状に振る舞ったりするので「液滴(えきてき)」。流行のテーマだからか、いろいろな新語/新概念が登場する:「粗大化」(coarsening)、「オストワルド熟成」(Ostwald ripening)、「動力学的停止」(kinetic arrest)、「ピッカリング剤」(Pickering agent)「分子文法」(molecular grammar)――いずれも興味深い、特に最後のやつはグッとくる。そして今回の論文でクローズアップされているのが「タンパク質クラスター」(protein clusters)なる存在。ちょっとこの解説記事は冒頭からしっかり読み込んでみたい。
✅❺「ミトコンドリア病――交換するか、それとも編集するか?」(Mitochondrial disease: Replace or edit?)[URL]
「ミトコンドリア病」なんて病気があることは知らなかった。先天性の疾患。その治療法として既に、ミトコンドリアを交換する「ミトコンドリア置換療法」なる方法があって、実際にヒトの乳児が生まれていると書かれている。遺伝病なわけで生殖細胞に手を加えることになる。というのも、卵から分裂していく細胞のひとつ1つにミトコンドリアは担われていくわけで、発生の第一歩で修正を加えておく必要があるから。〈編集〉というのは、その置換/交換のルートとは別に、ミトコンドリアのゲノムに細かく手を加えていく新しい手法を指すようだ。つまり”丸ごと交換”ではなく”部分修理”の新ルートと言えようか。■
[追記]
✅*¹「スーパーセル」に関する本には以下のようなものがあるようだ:
『スーパーセル 恐ろしくも美しい竜巻の驚異』(国書刊行会2015)
『雲の中では何が起こっているのか』(ベレ出版2014)
『驚くべき雲の科学』(草思社2011)