第4回オンライン講座 「地域コミュニティとデザイン」 ゲスト:河野明日香さん
200以上の異民族が共生するカナダのトロント。一見、人々の合意形成が難しいと思われる街でパブリックな場作りはどのように行われているのでしょうか?
2021年1月29日に行われた最終回(第4回)の白山・手取川流域地域デザイン・SDGsビジネスセミナーでは、ランドスケープアーキテクトの河野明日香さん(Public Work)をゲストにお迎えしました。河野さんは、多文化・多民族の街とも言われるトロントで勤務されています。そこでの仕事の内容や日本との違いなどについてお話いただきました。
セミナーの講師として進行役を務めるのは、前回同様に、金沢工業大学 SDGs推進センター長の平本督太郎さんと、ランドスケープデザイナーの三島由樹さん(株式会社フォルク)。今回はどのようなディスカッションが行われたのでしょうか。
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白山・手取川流域地域デザイン・SDGsビジネスセミナーでは、地域づくりの最前線で活躍するゲストを迎えてディスカッションを実施しています。2020年12月から21年1月までの2ヶ月間で、全4回のプログラムを実施中です。
当日の流れ
19:00-19:05 セミナーゲストのご紹介
19:05-20:00 ゲスト・河野明日香さんの発表
20:00-20:55 ディスカッションや参加者からの質問
20:55-21:00 次回の案内・終了
ゲスト・河野明日香さんの発表
河野さんのお話は3つの章立てで進んでいきました。ランドスケープデザインを始めたきっかけ、トロントの紹介、携わったプロジェクトの紹介という流れです。
河野さん:子供の頃に横浜に住んでいた時、身近な所に緑がありました。緑といっても様々で、生き物が住むための緑だけではありません。実家の隣が雑木林で、これが住宅地に変わったことがあります。生き物が住める場所は無くなりましたが、人が住める場所はできたと思いました。そして、これは一体どういうことなのか、と疑問が湧いてきたのです。大学時代は、生態学を学んだのち、空間設計や都市計画の分野にも関心を持ちました。3つの分野を横断するのがランドスケープデザインでした。
▼身近な緑を細かく見ると、いろいろな緑があります。(以下、写真は発表時のスライドを埋め込んでいます。)
河野さん:慶応大学の時に、コミュニティセンターを作るプロジェクトに関わりました。子供や地域の方と竹のファサード(※)を作った時に、場所を関係者と一緒に作り上げる重要性を感じました。誰のために作るのかということは意外と忘れやすいです。その後、カナダのトロントの大学院に渡ってからもランドスケープを行いました。
(※)建築物の正面部分のデザインのことで、設計上で街並み形成の観点などから重視される。
トロントについて
河野さん:次に、カナダのトロントについて紹介をします。トロントはオンタリオ湖に面しており、ニューヨークの北側にあります。630km平米で、白山市よりは少し小さいくらいです。ダウンタウンは水と森に挟まれており、人口の半分以上が国外出身者で、200以上の異民族が共存しています。その中で、パブリックな場所をどう作っていくのかを考えるのがポイントです。
河野さん:私が働いているのはPublic Workという会社です。小さい会社ですが、どんどん公共の仕事が来ます。仕事の仕組みは、まずオーナー(施主)がいて、デザインチームを雇っています。デザインチームは、建築、ランドスケープ、都市計画、エンジニアが並立しており、私たちはその中の一員です。デザインチームは境界が曖昧で、平等にリスペクトされていています。
河野さん:ステークホルダーという、大事な言葉を覚えていただけたらと思います。この言葉は、プロジェクトに興味があって場所を使ってくれるすべての人という意味です。今まで行ったことがなかったけど、行きたいと考えている人も含みます。作って終わりで十分に計画されてこなかった都市もあると思いますが、そうなった時に一番弱い立場になるのがパブリックスペースです。そのためのマスタープラン作り(TOCore)にも関わっています。
ここからは、河野さんがトロントで実際に関わったプロジェクトについて、お話いただきました。
THE CORE CIRCLE
河野さん:THE CORE CIRCLEというプロジェクトから紹介していきます。トロントの公園の配置は断続的な所がありますが、これを連続的に繋げることを考えています。また、パブリックスペースの多くの部分を占める道に家具を置くという計画などもあります。マスタープランレベルでデザインを具体的に考えられるのが面白いところです。
THE Bentway
河野さん:次は、高速道路の下にある未利用地を活用していこうというプロジェクトです。トロントは寒いので、屋根がある場所は貴重です。スケート場の整備やイベントの実施、水辺の整備などを行なっています。あくまでもプラットフォームを提供するスタンスです。場所の使い方や可能性を模索できるように、ステークホルダーとデザイナーの間には非営利団体が入っています。
河野さん:ここでは、たくさんのリサイクルマテリアルを使っています。煉瓦やコンクリートで護岸を作った破片が、水の流れで丸くなったものを使うのです。気候変動に対して、悪影響のない設計方法を考えています。(温室効果ガスの出所を調べて把握する)カーボンフットプリントの考え方によれば、ランドスケープはCO2排出をマイナスにできる可能性があります。場所を設計する前に、マテリアルの選択によってCO2排出量がどれだけの違いがあるかを知ることはとても重要です。
▼THE Bentwayの詳細はこちら。
Walleces Emerson Park
河野さん:次は市民が自発的に作り出した公園についての話です。もっと公園を大きくために、市とディベロッパーが共同でマスタープランと設計段階まで手がけることになりました。日本だと、ランドスケープデザインの人が、建物の場所を決める場に立ち会うことは少ないですが、トロントではよくあることです。
建築物の間に公共空間を作るというよりも、建物と広場を一緒に作るからできることもあります。例えば、南側の窓で暖かい光を取り込みながらも、落葉樹を植えることで、冬は葉が落ちて光が入ります。これは寒い冬を暖かく過ごすための工夫で、エネルギー消費も減らせます。
また、狭い場所に、バスケットゴール、スケートリンクなど、作りたい物を全部詰め込むのは難しいです。でも、同じ場所でも違う用途で使えるデザインもあります。季節に応じて、プログラムが変えられるのです。限られた場所を使う時には、大事な考え方です。
▼季節に応じて用途を変えるHYBRID DESIGN。
▼Walleces Emerson Parkの詳細はこちら。
Indigenous House
河野さん:先住民のコミュニティセンターを作りました。このプロジェクトでは、ステークホルダーとデザイナーの間に誰もいません。先住民の知識を次世代に伝えていくための場所を作っています。設計をするかよりは、どうやって作るのかが大事なプロジェクトです。
河野さん:先住民に伝わる植物の知識や考え方は西洋とも東洋とも違います。例えば、木を一人の人として捉え、魂を持っていると考えます。同じ種類の木でも、どこに生えているかによって全く違うものなのです。土地の種を取って、発芽させて初めて植えられます。本を読んでもわからないことは多いです。
今回のように、ステークホルダーとデザイナーの間に誰もいない時は、とにかくキーパーソンを集めることが大事です。一人一人がどれだけ本気で一緒に作っていけるかにかかっています。
講師の感想
平本さん(講師):河野さん、貴重なお話をありがとうございました。興味深い点が2つありました。まず1つ目に、高速道路の下にある未利用地の活用の話についてです。ランドスケープからビジネスの業界に入った私にとって興味深いと感じた点があります。一般的にビジネスの分野では、ユーザーの声が比較的短期的にフィードバックされ反映されていきます。一方で、ランドスケープの分野では、完成するのに時間がかかるので、フィードバックを得てそれを反映していくのにも時間がかかります。そのためご紹介いただいた事例において、計画を進める最中に使用者のフィードバックを加えていくという非営利組織との連携は良い取り組みと感じました。
2つ目に、カーボンフットプリントを考慮した素材設計の話がありました。これは建築とランドスケープなどがうまく連携しているからこそできることですね。質問なのですが、ステークホルダーとデザイナーを誰が繋ぐかという議論は、カナダではよく行われることなのですか?
河野さん:カナダでは異民族が共存しているので、よく議論が行われます。活発に意見が飛び交う中で、皆が一緒にやっていくためには間に立つ団体が必要です。大きな影響力のあるデモが起こることもあります。この人々が発信した内容は、経済や場所のデザインにも大きく影響するのです。
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三島さん(講師):同業者として、刺激と感銘を受けるお話でした。私の場合、デザインとコミュニティマネジメント(コーディネート)がセットの仕事が多いです。それを両立するのが難しい場合もあるので、そこがきちんと分かれているトロントには素晴らしい仕組みがあると思います。質問なのですが、ステークホルダーとデザイナーとの間に立つコーディネーターはどのように選ばれるのでしょうか、そして、どのくらいの任期で務めるものですか?
河野さん:コーディネーターを選ぶ際には、オーナーに決定権があります。その判断にデザイナーが関わる場合とそうでない場合があります。コーディネーターは、設計前からプロジェクトに関わり始め、コンセプト設計などに関わったのち、イベントを行うような非営利団体に仕事を受け継ぐかずっと継続してやるかを決めます。土地を知っているから良いコーディネーターになれるわけではなく、海外の人に頼む場合もあります。
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三島さん(講師):日本の地域コミュニティとデザインについてはどう見えていますか?
河野さん:日本の印象は丁寧なコミュニティづくりが多いということです。地域の方のお話をたくさん聞いて、ご飯を一緒に食べるみたいなことが面白いと思います。ただ、それはとても大変なことなので、場合によっては間に誰かが入ってこれる仕組みも必要だと思います。信頼できるチームを作ってうまく分業していくことも必要かもしれません。
平本さん(講師):日本では縦割りなところをうまく連携しなくてはいけません。それは今までのセミナーでも同じ議論がありました。いろんなプレイヤーが繋がり合うエコシステムができるといいですね。
参加者から河野さんへの質問タイム
Q1. プロジェクトを立ち上げる際に、CO2の収支はどれくらい重要視しますか?
河野さん:まだ取り組み始めたばかりで、仕組みがしっかり出来上がっているわけではありません。お金や歩きやすさにプラスして考えるのがCO2の収支で、あくまでも素材を決めるときの判断基準です。
三島さん(講師):河野さん、本日は改めまして、貴重なお話を本当にありがとうございました。この後は、平本さんにSDGsの認定制度についてお話いただきます。
SDGsの認定制度について
今回は地域デザイン・SDGsビジネスセミナーの最終回でした。今まで全4回のセミナーに出席いただいた方には、SDGs研修修了者として、認定を受けられるようです。また、「ハクサンタクサン」というinstagramへの投稿企画も始まっているとのこと。これからも白山市のSDGsの取り組みに注目です。
平本さん(講師):白山と手取川をイメージしたロゴができました。今まで、全4回の白山・手取川流域地域デザイン・SDGsビジネスセミナーに出ていただいた方は一番右のロゴが使えます。実践者は真ん中、その後エキスパートと段階的に使えるロゴが変わります。参加者の方には、メールを後ほどお送りします。それに基づいて、認定に向けて登録を進めていただけたらと思います。
三島さん(講師):「ハクサンタクサン」というinstagramへの投稿企画も行います。「#ハクサンタクサン」をタグ付けして、白山市の好きな写真を投稿してください。それを元に、全2回の「ハクサンタクサン編集会議」というものを行います。第1回目(2月13日)は講義の聴講、第2回目(2月28日)は参加型の編集ワークショップです。「地域の魅力を誰かに伝えたい」など、地域を元気にする情報発信に関心をお持ちの方はぜひご参加ください。後ほどセミナー参加者にはこちらもメールでご案内させていただきます。
三島さん:それでは皆さん、全4回のセミナーにご参加いただき、本当にありがとうございました!今後もよろしくお願いいたします。
▼第1回ハクサンタクサン編集会議の詳細はこちら。
▼今まで全4回のセミナーの内容はこちら。
第4回 地域デザイン・SDGsビジネスセミナープロフィール
ゲスト
河野明日香さん
ランドスケープアーキテクト。Public Work(トロント)勤務。1990 年横 浜生まれ。慶應義塾大学卒業。奈良女子大学大学院修了。トロント大学大学 院ランドスケープアーキテクチャ専攻終了後、2017 年より現職。
講師
平本督太郎さん
金沢工業大学 SDGs推進センター長、経営情報学科准教授 日本放送協会(NHK) 中部地方放送番組審議会委員
慶応義塾大学大学院卒業後、2015 年度末まで野村総合研究所にて経営コンサルタントとして、日本 政府の政策立案支援、民間企業の事業創造支援に従事。在任中に社長賞である未来創発ナビゲーショ ン賞を受賞。2016 年に金沢工業大学に着任し、金沢工業大学における第 1 回ジャパン SDGs アワー ド SDGs 推進副本部長(内閣官房長官)賞受賞に、現場統括として大きく貢献するとともに、会宝産 業の顧問として同企業における第 2 回ジャパン SDGs アワード SDGs 推進副本部長(外務大臣)賞 受賞に貢献した。現在、白山市 SDGs 推進本部アドバイザリーボード座長、SDGs に関する万国津梁会議委員(沖縄県) を務めるとともに、経済産業省の SDGs ビジネス関連の補助金制度の選定委員、ジェトロ SDGs 研究 会委員、JICA の SDGs ビジネス関連制度の委員を歴任。
講師
三島由樹さん
株式会社フォルク 代表取締役 / ランドスケープ・デザイナー
1979 年 東京都八王子市生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。ハーバード大学大学院デザインス クール・ランドスケープアーキテクチャー学科修了(MLA)。Michael Van Valkenburgh Associates NY オフィス、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻助教の職を経て、2015 年 株 式会社フォルクを設立。芝浦工業大学、千葉大学、東京大学、日本女子大学、早稲田大学非常勤講師。 国内の様々な地域でリサーチ、デザイン、コミュニティづくりを行っている。
(執筆 稲村行真)
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