コンビニ人間(感想文)

私はコンビニでアルバイトしていた経験があるので、コンビニの描写の細かさに驚いた。
コンビニで店員として過ごす中でのあるあるがたくさんあり、リアリティのある話として楽しむことができた。きっと作者もコンビニで働いたことがあるのだろうなと思った。

それから登場人物の白羽に腹が立ってしまった。
文句を言う、抗議の声を上げるときに白羽のように、ただ先人が放った言葉という型に自分の感情を押し込め、あたかも自分の言葉のように話しているだけの人はいるのではないかと思った。
白羽が古倉と話すなかで自分の言葉で考えを伝えている時は、あまり白羽に対する嫌悪感を抱かなかった。「縄文時代から変わらない」と白羽はよく口にしていたが、コンビニで白羽が話していた時と古倉の家で話していた時では違って聞こえた。前者は自分の声を聞いてほしい、伝わってほしいという相手頼みの感じであったが、後者はちゃんと相手に伝えようと話していた。
また、白羽がただ単に人を攻撃するために言葉を発しているのだな、というのが分かるシーンもあった。
これは物語の本筋とはあまり関係のない話かもしれないが、私は作品を読むなかでこの言葉の伝え方について考えさせられた。

主人公の古倉はいわゆるサイコパスで、自分の言動の世間からの乖離に気づくことができない。そのため人を観察し、それを真似ることで社会生活をなんとか保っている。話の中でもよく出てきたが、古倉が相手の趣味や言動や以前と変わっていることに気づく描写がある。そこで、確かに自分自身も誰かに影響され、以前とは違った喋り方であったり服装であったり振る舞いになっているのだろうな、と思った。特に口癖なんかは友人のものがうつっているな、と感じることがある。私は無意識のうちにそれをできるが、古倉は意識しないとできないらしい。そのため、話を読み進めるときに古倉に対して違和感を感じた。しかしもちろん現実では心の中の考えは見えないので、きっと古倉のような人がいても気がつかないであろうし、古倉は実際にどこかにいるのだろう。

白羽と家で会話しているときの古倉はあまり世間体というものを気にせず、誰かの模倣ではなく古倉として話していた。その時の古倉の話は私にはとても面白く感じられた。私は古倉に対面しても古倉を正常に戻したり排斥したりはしないと思う。しかし私は古倉に出会ってないので実際どうなるかは分からないし、縄文時代から変わらない人間の本能であれば私もムラに従ってしまうのかもしれないな、とも思った。
もしかしたらもう既に、無意識のうちに排斥してしまっているのかもしれない。
あまり感情を見せない古倉であったが、白羽との同居がバレて店長や店員が店のことをほっぽり出して詮索してこようとした時、泣きそうになる場面があった。今まではお互いに店員として接してきたため自分は店員であれたのに、突然相手が店員から人間になってしまい、自分を店員として扱ってくれなくなった。ここで古倉の自分は店員でありたいのだ、という強い気持ちが感じられた。エンディングを読み終えたあと、古倉がコンビニを選択するのが当然の結末に思えた。
古倉は他の人をよく観察して行動しており、結婚や就活をせずにアルバイトを続けているという点以外で友人から奇妙に思われてはいないように見られた。私は古倉なら就職してもうまく働いていけるのではないか?と思った。物語の中では古倉が就職できない理由としてアルバイト以外の社会経験がない、とだけ書かれていた。しかし私は古倉は不安なのだろうと思った。コンビニ人間になる前も不安だったのだろう。なにが正解かわからない世界で自分以外は正解を知っていて、間違えば家族に迷惑をかけ、みんなに詰め寄られる。そんな生活を送ってきたあと、コンビニのオープニングスタッフとして出勤する。すると正解を事前に教えてくれ、さらにその通りに振る舞うと褒められる。正解はコンビニ勤務中だけの話だけではなく私生活の清潔や整容、睡眠までに及んで提示される。古倉は喜んでコンビニ店員として正解するために生活する。
古倉にとって初めて出会う正解が分かる世界がコンビニであったからこそ、古倉にとってコンビニは大切な安心できる場所となり、古倉はコンビニ人間になったのだろう。もはや古倉はコンビニに依存して生きているのだと思う。
私たちが生きる現代でも正解がわからないことがたくさんある。どうしたら良いかわからない時、私たちは他人の真似をするだろう。正解が分かるときは喜んで正解を選ぶだろう。分からないものと分かるものがある時、分かる方が安心できるだろう。私たちは本質的には古倉と変わらないのかもしれないと思った。
だからこそ私は終盤で古倉の就活を応援する気持ちもあったが、最終的には古倉の決断に共感し納得してしまった。
古倉はきっと素晴らしいコンビニ人間になるのだろう。一つのことを極めることはそれだけで尊敬すべきことだ。
それでも私は新しい正解を知りたいと思う。たとえ何一つ極めることができないとしても、色んな正解を知り、色んな見方をできる人になりたい。欲張りすぎだとも思うが、仕方がない。私はコンビニ人間にはなれない。

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