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佐分利史子・カリグラフィ作品|サアディの薔薇

 フランスの詩人マルスリーヌ・デボルド=ヴァルモールの詩「サアディの薔薇」のカリグラフィ作品を新訳と共に馨しくお届け致します。

サアディの薔薇_額あり1

Les roses de Saâdi| Marceline Desbordes-Valmore
サアディの薔薇
マルスリーヌ・デボルド=ヴァルモール|詩
嶋田青磁|訳


J'ai voulu ce matin te rapporter des roses ;
Mais j'en avais tant pris dans mes ceintures closes
Que les nœuds trop serrés n'ont pu les contenir.

Les nœuds ont éclaté. Les roses envolées
Dans le vent, à la mer s'en sont toutes allées.
Elles ont suivi l'eau pour ne plus revenir ;

La vague en a paru rouge et comme enflammée.
Ce soir, ma robe encore en est tout embaumée...
Respires-en sur moi l'odorant souvenir.

この朝 あなたに薔薇を贈ろうと
結んだ帯にあんまり多く挿したので
張りつめた結び目はもう 抑えきれなかった。

結び目は弾けた。薔薇は解き放たれ、
風に乗り みな海へと飛び去った。
そして波間に漂い 還ることはなかった。

波は紅く染まった。まるで燃え盛るように。
今宵 衣にはまだ その余韻が満ちている。
どうか香って、わたくしの芳しい想い出を。

サアディの薔薇_作品のみ

マルスリーヌ・デボルド=ヴァルモール解説|嶋田青磁

 ヴァルモールはジョルジュ・サンドの誕生からさかのぼること18年前、フランス北部の町ドゥエで生まれた。彼女は女優であり、同時に19世紀ロマン主義文学を代表する女性詩人だった。同時代のヴィクトル・ユゴーや批評家サント=ブーヴに高く評価されていたが、ロマン主義の流行が去るとともにその名は忘れ去られることとなってしまう。
 彼女の父親は紋章絵師だったが、革命による貴族の亡命で職を失い、彼女は生活のために幼い頃から女優としてドゥエ、ルーアン、パリのオペラ・コミック座など各地の劇場に出演した。この頃の女優たちの生活は厳しく、「花束を投げてもらいました。でも、私は飢えで死にそうでした。」と後に書き残されているほどである。舞台では初々しい少女役を得意とし、当時の人気女優だったマリー・ドルヴァルとも交友があったという。また、パトロンの一人にはダヴィッドの絵画で知られるサロンの花形、レカミエ夫人もいた。
 彼女が詩を書くようになった理由は諸説あるが、生活苦のなかで健康を失ったさい、彼女を診た劇場付きの医師に勧められたことがきっかけだった。(抜粋)


詩に寄せて——|嶋田青磁

 『悪の華』で知られる詩人ボードレールは、マルスリーヌをこう評している。「女性的なるもののあらゆる美しさを並外れて詩的に表現した女性だった。」この言葉通り、彼女は詩という手段で、「女性らしさ」を芸術として極限にまで高めたと言えるだろう。それがたとえ社会的役割であったとしても、彼女は「女性らしさ」を完全に自らのものとし、そこに美学を見出したのである。
 情熱的な恋愛を多く歌ったヴァルモールの詩のなかで、『サアディの薔薇』は少し異色であるかもしれない。この詩は、彼女が20年以上も長きにわたって友情を育んだ批評家のサント=ブーヴに宛てたものであるとされる。サント=ブーヴは彼女のために様々な手助けを惜しまず、多くの誌上で彼女の詩を絶賛した。『サアディの薔薇』は、そんな尽力に対する感謝の気持ちを込めて書かれたのである。(抜粋)

「マルスリーヌ・デボルド=ヴァルモール解説」と「詩に寄せて——」の全文は以下をご高覧下さい。

サアディの薔薇_アップ2

SABURI’S ESSAY——
 この詩は、なんだかつかみどころがなくて、夢を見ているのか現実のことなのかわからない、ふわふわした感じだなあ、というのが率直な感想でした。
 詩人の心の内は理解できていないだろうけれど、「サアディ」という言葉の響き、「Saadi」という文字の並び、好きだなあ。

 何度読んでも、ふわふわしたまま。どのような相手に対する、どういう気持ちを詠んでいるのか・・・。
 衣服に残る薔薇の香りを受け取りに、私に会いに来てほしいと誘っている・・・わけでもなさそう。そういう類の情熱ではない気がする。
 でも、何かを強く想っていますよね。
 そんな気持ちで繰り返し読んでいて浮かぶ光景は、目が眩む数の薔薇、その茎を束ねた直線の重なり、夕焼けなのか大量の薔薇の花びらのせいなのか、紅く染まる海と空。

 目がくらむように線が並ぶ書体がいいなあ、と、この字に決めました。
 カリグラフィでは「カッパープレート体」と呼ばれる書体です。
 薔薇の茎の直線がたくさん重なっている様子と重ね合わさって見えるといいな。

 そして、いただいた「解説と見どころ」を拝読し、そういうことだったのか・・・と納得しました。
 そういう(色恋の)類の情熱ではない気がしたのが、正解で嬉しかったです。

 文字だけで見せる形の作品は、私にとっては勝負の構成です。
 何度書き直しても、最初から最後まで一本の線も失敗せず完璧に書きあげることはなかなか難しい。
 その技術を磨いて完成度を高めることは、達成されることなく一生の目標であり続けるのだろうなあと思います。

 今の時点での技術的な精一杯と、精一杯の何かを込めて書きました。
 夢の中にいるようなふわふわした感覚、特定の人への良い方向の強い気持ち。そういうものや、何かが伝わるといいなと思っています。

00_通販対象作品

作品名|サアディの薔薇
ガッシュ・アルシュ紙
作品サイズ|21.5cm×35cm
額込みサイズ|28cm×41.7cm×2.6cm
制作年|2020年(新作)

サアディの薔薇_額あり1

サアディの薔薇_作品のみ

サアディの薔薇_額あり2

サアディの薔薇_アップ2

サアディの薔薇_アップ1

Text: Mistress Noohl
 薔薇を挿し、薔薇が解き放たれ、薔薇は還ることなく、薔薇の余韻が満ちている——詠われた「薔薇の旅程」を、薔薇色の階調で表現しきった圧巻の一作。
  茎のように伸びる文字のリズムに、解き放たれた薔薇がいっせいに波に乗っている様子が見えるようです。同時に、薔薇色のマットで囲まれた作品の余白は大変優美で、衣に残された余韻が文字の間から馥郁と立ち上がる様も感じられます。

 伝統的なカリグラフィ文字を基調とした作品を制作している佐分利さまの真骨頂とも言うべきひときわ端正な本作——「友情」の詩として薔薇の華やぎを整えた嶋田青磁さまの訳詩と共に、しばし薔薇の行方に身をゆだねてみてください。

 フランス額装の薔薇色のマットも、佐分利さま自ら手がけています。

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