ニコラス・カルペパーの窓｜合田ノブヨ｜記憶の咲く庭

2024年10月13日 18:13

　初めてノブヨさんの庭を訪れたのは、少し前のことだった。あるいはもっとずっと昔、夢のなかでのことだったかもしれない。私はこの場所を知っている気がする。生まれるより古くから。

　いつか去ってしまったのが不思議なくらいだ。きっと私は、かつてここに暮らしていたに違いない。薔薇のアーチも、絡まる蔦も、さえずる鳥もすべてが懐かしい。もしかしたら、いつかみんながここにいたのかもしれない。

　いったいノブヨさんはどうやって、この場所をずっと忘れずにいられるんだろう。

　あの人に会うのと、あの人に手紙を書くのはほとんど同じこと。だって私の目の前には、その人しか居なくなるから。しかしこれはただちに恋ではなく、ましてや愛ではない。それよりもずっとシンプルに、軽やかに、ただ大切に想っているということ。私はその魂を、よく見つめながら考える。

　万年筆のペン先に、インクを吸わせる。赤色、紅色、桃色。そのどれでもない色。しいて言えば、私の心模様に似ている色。紙に滑らせると、あっという間に色が変わる。思っていたこと、感じていたことが突然、過去になって現れる。これはさっきまでとは違う。けれども形にすることで残る。そしてようやく伝わる。

　あなたに贈る私の言葉は薔薇色に染まる。それは私ではなく、薔薇の花びらからの贈りもの。

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　世界は卵の形をしている。完全な世界はそう。
　不完全な世界で生きる私は、その姿を見たことがない。

　一度だけでいいから、と思う。たった一度だけでも、先の少しすぼまった楕円形の、完全な世界を眺めてみたい。

　そう願いながら、手のひらに卵をひとつのせる。5本の指で包みこむ。
つまりはこの形だ。

　重さも大体このくらいかもしれない。

　すべすべしているようでほんの少しのざらつきがあって、白いようでいて真っ白ではない。

　きっと、これが世界だ。

　そのとき、まるでフィルム写真のように、あの庭の草花の影が手のなかの卵の表面に焼き付いた。
　いったいどういうわけだと思う？　あの人に手紙を書いて尋ねてみよう。

＊

　すっかり長居してしまった。ノブヨさんの庭にいると、陽が落ちるのが早く感じられる。学校もこのぐらいすぐに終わったらいいのに。明日の休み時間は、この庭の草木を思い出して過ごそう。

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合田ノブヨ｜コラージュ作家　→X
高校在学中、TVドラマの仕事で訪れたロンドンで、ヴィクトリア時代のクロモスに魅了されコラージュを制作。1992年作品を発表。以降ギャラリーや新宿伊勢丹等デパートでの展覧会、本の装画や雑誌、新聞の挿画等の仕事をしている。15年間活動を休止していたが、2017年より再開。画集は3冊出版されている。

高田怜央｜詩人・翻訳者　→Linktree
英国スコットランド育ち、上智大学文学部哲学科卒。バイリンガル詩作および日英双方向の翻訳を行う。詩集に『SAPERE ROMANTIKA』、写真家・遠藤祐輔との共著『KYOTO REMAINS』、作家・川野芽生とのZINE『黎明通信』など。翻訳にヴィム・ヴェンダース監督作『PERFECT DAYS』、CHANEL 2023/24 Cruise Collection『TOMORROW ELECTRIC』、田口犬男「エミリー・ディキンスンからの電話」（MONKEY 英語版 Vol.5）など。2024年11月、第二詩集『ANAMNESIAC』刊行。

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作品販売期間
【10月20日（日）21時～22日（火）21時】
BASE【15%OFFクーポン】利用可能（＊諸条件あり）

作家名｜合田ノブヨ
作品名｜Gift from the Roses/ 薔薇の贈りもの
薔薇の花弁から抽出した天然色素のインク2色・ニコラス・カルペパーの処方による香り付きドライフラワー・薔薇の繊維・インク色見本・説明書・カルペパーの処方箋
＊インクは、ご使用になる紙のphによっても、色味が変わります。様々な紙で楽しんでみて下さい。

作品サイズ｜
箱：縦10.3cm×横8.8cm×厚さ3.2cm
20ml瓶：8cm×2cm
箱帯デザイン｜佐野裕哉
制作年｜2024年（新作）
税込価格｜13200円