【声劇台本】046「父の書斎と本と私と」
人生の転機ってあると思う。
今日は引きこもり女子のお話です。
■人物
莉子ちゃん(16)引きこもり女子
阿部(35)古書店員
■本編
莉子のMO「父の書斎は落ち着く。読まれなくなって世間から忘れ去られた本たちも安心して眠っていられるこの空間。不登校で引きこもりの私にとって世界で一番好きな場所だ。でも、16の夏、お父さんが死んで、状況は変わった」
阿部「古本買い取りの青春堂でーす。本日はよろしくお願いします」
莉子「買い取ってほしい本はこの書斎の本、全部になります……」
阿部「かしこまりました。じっくり拝見して査定させていただきます。お引っ越しですか?」
莉子「はい。今度の家は狭いので、持っていけないんです。だから全部処分するしかなくて……」
阿部「そうなんですね」
莉子「この本、全部父のだったんです。でも、先月、亡くなって……それで……」
阿部「それは、ご愁傷様です……」
莉子「いえ……」
阿部「誠心誠意、見させてもらいますね」
莉子「よろしくお願いします……」
莉子のMO「古書店のお兄さんは、一冊一冊確認しながら書斎の本を見ながら紐で手際よくまとめ始めた。私は一冊も手放したくなかったのだけれど、お母さんに説得されてて、泣いて、泣いて、ようやく諦めたのでした」
阿部「このみち10年やってますけど、これだけの本を丁寧に管理されていた、お父さんはきっと素敵な人だったんでしょうね」
莉子「本を見ただけで、わかるんですか……?」
阿部「わかりますよ。本を愛する人に悪い人はいません。それに、たくさんの本と出会うために、たくさん歩いたって事とかもわかりますよ」
莉子「えっ……?」
阿部「本の裏に古書店名が貼ってあるでしょ? 全国各地のお店の名前があったんで、驚きました」
莉子「そうなんですね……」
阿部「いい本を本当に大事にされていて、きっと優しい方だったんだろうな、と想像できます」
莉子のMO「その言葉に、私は、涙があふれそうになった。この書斎の本を処分することが、お父さんの生きてきた証を消し去ってしまうようで、苦しかった」
莉子のMO「古本屋さんが帰ったあと、空っぽになったお父さんの書斎で、私は決心を固めた。今度は、私が自分の生きる歴史を作る番だ。私も本を探しに外の世界に一歩踏み出してみよう。優しかった父が、そっと背中を押してくれている気がした」
(おしまい)
今後の執筆と制作の糧にしてまいりたいと思います。