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別役実先生・追悼 不条理コント『銃声』
戯曲セミナー受講生時代に、別役実先生に指導を受けた作品を掲載します。
自分の中にある不条理さ。
普段の「青春モノ」とは違う、脚本家ササキタツオの一面です。
作品の出来不出来はともかく、私の【不条理劇】への憧れを感じていただけると幸いです。
ーーー
■課題「死体」
【題名】:『銃声』 作・ササキ タツオ
■人物
男
将校
兵士
■時間・場所
時間は不明、監獄の中。
■本編・・・・・・・・・・
舞台中央前面に突き出したように椅子が一つ客席に向かって置かれている。
そこに座る男、文庫本サイズの分厚い本を凝視している姿勢、何かに常に緊張している模様。(男からは背後で何が起こっているのか見えない状態になっている。)
天井から吊るしてある裸電球の灯りが男の頭上近くで光っている。(椅子にのみにスポットが当たっている感じ。そのほか辺りは何も見えない、見えてはいけない。真っ暗である。前方のお客さんが眩しい位でもよい。)
舞台左から男性の大きな叫び声。
銃声。
そして、静寂。
革靴の歩いてくる音が近づいてくる。
男の後ろから、緑の軍服、軍帽に身を包んだ将校が現れる。
将校「どうだね」
男「(本から視線をはずすことなく)別に」
将校「どうということはないかね?」
男「特には」
将校「そうか」
後方遠くで、新たな男性の叫び声。
銃声。
そして、静寂。
将校「どうだね?」
男「別に」
将校「どうということはなにかね?」
男「特には」
将校「そうか」
将校、ポケットからタバコとマッチを取り出し、火をつける。
将校「君も、ひとつ」
男「いいえ」
将校「落ち着くぞ?」
男「結構です」
将校「そうか」
タバコをふかす将校。
将校「実に、落ち着いているね、君は」
間。
将校「実に、寡黙で、熱心で、理想的、と言ってもいい」
沈黙。
将校、胸元から写真を出し、男に見せる。
将校「娘だ。かわいいだろ」
間。
将校「来週ね、7歳になるんだよ」
間。
将校「誕生日にね、プレゼント、何がいいだ ろうかと悩み中でね」
間。
将校「私はね、ライオンかウサギのぬいぐるみで迷っているんだが、君なら、どっちを選ぶ?」
間。
将校「やはり、ウサギが無難なところかねぇ」
男「・・・犬、です」
将校「ほう。なぜ、だね?」
男「ぬいぐるみなら、手をかまれることはありませんからね」
将校、笑う。
将校「くだらん」
間。
将校「君も、家族が恋しいか?」
男「別に」
将校「そう意地になることもないだろう」
男「家族は、みな死にました。私以外、みな」
将校「そうか、それは・・・残念だ」
男「(将校に向けて皮肉混じりに)残念でしょうね」
二人、一瞬目が合う。
男、再び本に向き合う。
将校、タバコをふかす。
遠くで、涙声が混じった男の叫び声が聞こえる。
銃声。
そして、静寂。
微かに笑う男。
タバコを消す将校。
将校「何がおかしい?」
男「特には」
将校、拳銃を抜き、男に突きつける。
将校「貴様!人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!オレにはわかる。お前が、その薄汚いツラの皮の裏側で何を考えてるか、オレには手によるようにわかるんだよっ!」
男「別に」
将校「何がおかしい!答えろっ!」
男「・・・何も」
沈黙。
兵士の声「失礼します!」
将校、拳銃をしまう。
舞台奥から兵士が現れ、敬礼し、将校に駆け寄り耳打ちする。
兵士「まもなく時間となります」
将校「あぁ、わかった。・・・『わかった』と言っている!!」
兵士「はっ!」
兵士、敬礼して舞台奥へ消え去る。
兵士の声「失礼しました!」
将校「(呼吸を整え)そろそろ、のようだぞ」
男「そろそろ、ですか」
将校「そろそろ、というだけのことさ」
男「そうですか」
間。
将校「何か言っておきたいことは?」
男「いいえ」
将校「今なら、間に合わないこともないぞ」
男「ありません」
将校「そうか」
間。
将校「いいのかね?」
間。
将校「そうだろうな」
男「そうです」
将校「どうしようもなく強情な男だな、君は」
男「あなたほどではありません」
将校、笑う。
将校「君は、実に落ち着いている」
男「そうでしょうか?」
将校「私から見れば、の話だがね」
将校、たばこを差し出す。
男「結構です」
将校、笑い、タバコに火をつける。
将校「どうやら、私は段々と君という男が好きになってきたよ。気のせいだろうがね」
間。
将校「おしいな、これで、お別れとは」
男「私も、です」
二人薄ら笑いを浮かべる。
沈黙。
将校「君は、神を信じているかね?」
男「・・・いいえ」
将校「だろうな。私は神を信じている、世界に救いが訪れる日を信じている。君はなぜ神を信じない?死が怖くはないのかね?」
男「怖くはありません」
将校「そうか」
男「そうです」
将校「(鼻で笑う)恐れるものは何もない、というわけか」
間。
将校「いいんだな?それで」
間。
将校「これが、最後だ」
間。
将校、時計を見て、タバコの火を消す。
将校「どうだね?」
男「・・・別に」
将校「どうということはないかね?」
間。
将校「そうか」
間。
将校「本当に、君は、実に落ちついている」
鐘が4回なる。
将校「時間だ」
間。
将校「行こうか」
男「・・・行きます」
男、本を閉じ、立ち上がる。
将校に促され、舞台奥に消える。
舞台上は、ただ灯りと椅子のみ。
しばらくの間の後、銃声。
そして、静寂。
革靴の歩いてくる音が近づいてくる。
将校が本を片手に戻ってくる。
将校、椅子の上に本を置き、裸電球の灯りを消す。
おわり
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