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探偵つかまつる(短編小説)

「今日も猫探しか…」

僕は私立探偵をやっている。

東京の郊外に構えた事務所は、
相変わらずホコリっぽく、事務机の上の書類だけが、白く光っている。

今日の案件は、安定の、飼い猫探しだ。

猫に取りつかれたようなお婆さんの依頼で、ここ数日間はひらすらに

「ミミちゃん」

を探している。

プルルッ。

事務所の電話が鳴る。

「はい。坂口探偵事務所です」

「ああ、探偵さん?あたしです。
ミミちゃんね、見つかったのよ!
近所の吉岡さんの奥さんがね、
連れてきてくれたのよ。
そしたら奥さんったらね、
『この猫、ものすごいへそ曲がりですね』なんて言うのよ。あたし、許せなくってね、それで…」

このお婆さんは話し始めると止まらないことで僕の中で定評があった。

「あの」

僕は、一番言いたい事を切り出した。

「それは幸いです。着手金以外の経費の方、請求させていただくことになりますが、よろしいでしょうか」

「あら!だって、ミミちゃんは近所の奥さんが連れてきたのよ。なんで払わないといけないの」

あー…これは完全にゴネられるパターンだ。
と思っていると、

ピーッ。ピーッ。

着信が新たに入った。

この人の対応は、後日書類を送り付ければいい。

法的な拘束力がある契約書類があるからだ。

「後日、書類をお送りします」

「着信が来たので、一度切らせていただきます。では」

「あらっ!…」

ピッ。

僕は新しい着信に出た。

「はい、坂口探偵事務所です」

「あのう…依頼、なんですが」

「そちらさん、浮気調査、ってのも、やってると聞いたんだが」

お、やっと探偵らしい仕事が来たな、と思いながら
「はい。やっております。」

と答えると、電話口の向こうの50代ぐらいの男性が、具合の悪そうな声で

「妻が…妻が、最近、怪しいんだ」
「よくどこかに出かけるんだ。前は家で裁縫ばかりしていたのに」

「しかも」

「一度、知らない男と喫茶店に居るのを、見てしまった…見てしまったんだ」

「お気持ち、察します」
「頼むよ、探偵さん。妻が浮気してる相手を探り当ててくれ!!訴えてやるんだ、そいつを!!」

クライアントは、逆上していたが、それも仕方がないだろう。
熟年夫婦の浮気なんて、よくあることなのだ。

「分かりました。こちらの方で、奥様の行動の方、調べさせていただきます。
着手金と経費はお客様負担になりますが、よろしいでしょうか?」

「もちろんだ。いくらでも払う」
「承りました。やらせていただきます」

と、いう訳で
久々の浮気調査である。

日曜日の朝。

僕は事務所でいつもの変装道具を
ロッカーから出すと、素早く着替えた。

灰色のウニクロのパーカーに同じくウニクロの非常にありがちなタイプのジーンズ。
Tシャツは白。
で、髪型はいつものオールバックではなく、

サブカル大学生のようなモサモサにして額に下ろす。

どう見ても、そこら中に居る量産型のファスト・ファッションの若者である。

スニーカーは、ノーブランドのもの。
一応、伊達眼鏡もする。

「よし」
これで、任務、開始だ。

事務所を出てクライアントの家に行く。
状況は打ち合わせてある。

クライアントが日曜日、糖尿病のかかりつけ医と診察を家でしている間、
妻は最近よく出掛けるらしい。

前は近所のスーパーに行く程度ですぐに帰ってくるのだが、最近は遅くなるとのこと。

しかも、「化粧」が「派手」になってきているらしい。

家でそのことを聞いても、「習い事を始めた」
としか答えないそうだ。

話を聞くだけでは、僕の中でホシ、つまりターゲットである妻は、今のところフィフティー・フィフティーで黒という感じだった。

クライアントのマンションの裏のコンビニで時間をつぶしながら、
かかりつけ医が来るのを待つ。

10分後。グレーの車が到着。来た。

「さて…ホシは出てくるかな」

僕はコーヒー牛乳とホットドッグを買ってコンビニの前でゆっくりとそれを食べながら、スマホを見ているフリをしつつマンションを見張る。

「出てきた!」

ホシがマンションから出てきた。

ホシは50代にしてはだいぶ若々しく、
色白の肌も相まってか華道の若先生、
といった容貌だが、
今日の服装は、ちょっとケバイ。

「銀座のママみたいな服装だな」

僕はそう思いながら、スマホのマップを見ているように演技しながら、ホシの15mギリギリ後ろから尾行する。

ホシは時々背後を気にしている様子もあったが、常識の範囲内の挙動であり、僕を怪しんでいる様子はない。

駅に着くと、ホシは通勤快速に乗り込む。

同じ車両の逆サイドでギリギリ相手が視界に入る位置に立ちながら、ホシが降りるのを待つ。

40分後、ホシが降りた。

「結構遠いな、近場の浮気じゃなく愛人か?」

ホシが駅を出る。気付かれていない。

その郊外の街に出ると、人通りが少なく、僕は一気に自分の気配を消すことに集中した。

ほとんどホシと二人しかいない道の時は、一度ペースを落として歩いたり、

尾行には細やかな気配りが必須だ。

そのうちに、ホシが茶色いマンションに到着。

エントランスでベルを鳴らすと、
ふたことみこと話した後、
エントランスのドアが、空く。

僕は、マンションから離れてそれを確認すると、入居者がだれか出てこないか待つ。

少し待っていると、主婦らしき入居者が出てきたのですかさずマンションに近づくと、そのままマンションに入る。

ホシが何階に行ったかは分からないだろうか。

エレベーターは2つある。

もし、さっきの入居者が乗ったエレベーターがホシの乗った方じゃなければ、
降りた階でエレベーターの表示が止まっているはずだ。

5階…。行ってみるか。

僕はそのエレベーターに乗り込むと、五階へと向かう。

五階で降りると、僕はマンションの階段側に行き、整然と並ぶドアを監視する。

時々入居者が出てくる様子の時は、階段を下り、身を潜める。

40分は待っただろうか。
「ありがとうございました」

そう言いながら、ホシが一番奥のドアから出てきた。

「浮気にしては短いな」
「本当に習い事なのか?」

と、隠れながら観察しているとホシが何かをバッグにしまうのが見えた。

それは。

透明なビニールに入った、植物片…!!
「なるほどね」

これは、辛いヤマになりそうだ。

まさか、浮気調査を依頼したら、
妻が違法薬物を購入していた、なんて、夫からすれば仰天だろう。

クライアントの沈んだ顔が目に浮かぶ。

そう思いながらも、僕は妻がバッグにビニールに入った植物片を入れるのを、小型カメラで動画撮影していた。

やれやれ。因果な商売だ。探偵ってのは。

それからも内偵は一か月行ったが、妻は月に四回もそのマンションに来ていた。

僕はそのシーンを全て動画に撮り、クライアントに見せた。

「う、嘘だ」

「うう…美代子…。何故…なぜこんなことを…」

クライアントがうめく。

「俺の看病が大変だからなのか!?」
「うぅ…美代子…美代子…」

クライアントには気の毒だったが、
泣きながら喋るクライアントと、その後の予定を取り決めた。

次の日曜、僕がクライアントの家に行き、二人で妻に対し証拠を突きつけるという流れだ。

僕は少々胸が痛んだが、
なに、いつものことさ。

割り切らないとこの仕事はできない。
着々とその日に向けて、準備をするのだった。


当日が来た。

僕はいつものスーツを着てクライアントの家に向かった。

マンションのベルを押す。

「はい」

「わたくし、坂口探偵事務所のものです」

「探偵…?そんなものに縁はありません!」

切ろうとする妻、
その時後ろの方で

「いいんだ。開けてくれ」

と、決心したようなクライアントの声が聞こえた。
「どういうこと!?」

「開けろ」

「……わかったわ」

シャッ。エントランスが空く。

僕はエレベーターに乗り込んだ。動画の入ったパソコンを持って。

クライアントの部屋に着くと、テーブルを囲んでの直談判が始まった。

「奥様」

「あなたは、先月、4回、このマンションに行きましたね?」

写真を見せる。

「…行ったわよ」
「それが、なに?」

「そこであなたは…これを受け取った」

パソコンで撮影した動画を流す。

確かに、妻がビニールに入った植物片をバッグに入れるシーンが写っている。
「美代子」

「これは…どういうことなんだ…」

妻は青ざめ、押し黙っている。

二分ほどの沈黙が流れた後、妻が口を開いた。

「あなたね…なんで探偵なんか雇ったの?」

「おまえが心配だったんだ!!最初は浮気かと思っていたら、
まさかクスリだったなんて!!
俺の知っている美代子はどこに行ってしまったんだ!
教えてくれ!
なぜこんなことをしたんだ!!」

「ふぅ…」

「…」

妻はため息をつくと、

隣のキッチンに入っていった。

そして、せんべいの缶を取り出すと、テーブルに置く。

なるほど、ここに隠してあったのか…。

と思うと、妻は

「こ、れ、は、!!」


「漢方よ!!」

と叫ぶと缶を開ける。 

するとそこにはビニールに入った植物片が…
だが。

「あれ」
「これ」
「大麻…じゃない…ですね」

僕は思わずのけぞった。

「これは、あなたの糖尿病の対策のために今中国漢方の先生に出してもらって使い方を習ってる生薬なのよ!あなたがインスリンを打つといつも辛そうにしてるから、あたし、勉強を始めたの」
「え、えーーっ」
「み、美代子…」

「あなた漢方とか信じないヒトだから、言わないで勉強始めたのよ。それに結構、お高いし…」
クライアントも仰天している。

「み、美代子…すまん!!」
「お前を疑って、すまなかった!!」
「奥さん、すみません」

僕はどうなるかと思ったが妻は
「いいのよ。いい。あなたがわたしのことをまだ愛してくれてるって、分かったから」
「美代子…美代子ォーー!!」
抱きしめあう二人。

「でもね」
「な、なんだ」
「う、わ、き、を、う、た、が、っ、た、の、、は…許さないからね!!!」

パッシーーーーン。
妻の平手打ちが、クライアントの右頬にいい角度で飛んだ。

僕はそのあと二時間の痴話喧嘩の仲裁役を担当することになったが、それはまた別の話である。


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