脳に埋め込んだ電極から言葉を読み取る――「ブレインテック」の最新研究紹介

2024.8/23 TBSラジオ『荻上チキ・Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は脳波を読み取る「ブレインテック」の最新研究をご紹介します。

◾これまでのブレインテック

昨今は、脳や脳神経とテクノロジーをかけ合わせた「ブレインテック」あるいは「ニューロテック」といった分野の研究が進んでいます。その名の通り、脳波や脳神経を解読して私たちの生活に役立てようというものです。

脳波を読み取るには、電極等のデバイスを脳に埋め込むBMI(Brain Machine Interface)といった手法と、身体を傷つけない(非侵襲的)デバイスを頭に装着することで脳波を測定するといったBCI(Brain Computer Interface)の手法が存在します。とはいえ、最近は脳に埋め込む侵襲的な方法もBCIと呼ばれることもあり、侵襲的ないし非侵襲な方法、いずれもBCI技術と呼ばれることが多くなっています。

いずれにせよ、BMIやBCIを利用した音に関する研究については、以前も当ラボで紹介してきました。例えば2019年4月、米カリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究チームが、科学誌「ネイチャー」に発表した論文があります。この研究では、話すことが困難な被験者の脳にデバイスを埋め込み、被験者が話そうとした際の脳波や口の動きから、文章を合成音声として発することを可能にしました。研究では、25の単語リストの中から69%を正確に識別することができました。

同じくカリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究チームによる2021年の研究では、脳卒中によって発音が困難になった被験者の脳に電極を挿入し、脳波や唇の筋肉を動かす神経活動をモニタリングを行います。そこで、「お腹が減った」や「のどが渇いた」等、50のリストから被験者に文章を生成し、その脳波を読み取ったところ、解読率はおよそ75%でした。

他にも、脳波から聞いている音楽を読み解くという2023年の研究もあります。以前も紹介したこの研究では、頭部にデバイスを装着するといった、非侵襲的な方法で脳波を読み取るもので、あらかじめ用意した40秒のピアノ曲を36種類について、数十人の被験者が聞いている際の脳波分析から71.8%の精度で聞いている楽曲を突き止めることができました。

◾精度が向上するブレインテック

このように脳波を読み取る「ブレインテック」や「ニューロテック」は、主に福祉の分野で活躍が期待されていますが、問題はその「精度」です。これまでの研究は、期待はできるものの、実生活で使えるレベルには至らないと言わざるを得ません。脳信号データが大量に必要なことと、そのデータ処理にも時間がかかるため、エラーが多いのが原因として挙げられます。

しかし、カリフォルニア大学デービス校の研究者を中心とした研究チームが2024年8月14日に発表した論文によれば、脳に埋め込んだ装置から、なんと97.5 %の精度で言葉を読み取ることに成功しました。

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2314132

研究は、発話が困難な45歳のALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者に対して、4つの小さな電極を埋め込み、そこから脳波を読み取ります。こうした研究では、個々の患者の脳波から単語を読み取るために学習が必要なのですが、最初は50の単語を99.6%読み取るのに30分程度しか時間がかかりませんでした。次に12万5000の単語を90.2%の精度で読み取るのには1.4時間。最終的にその精度は97.5%にまで達しました。自分が思ったことが正しく画面に表示された時、この患者は嬉しくて涙したとのことです。もちろん、読み取られた文章は合成音声として発声させることも可能でしょう。

ちなみに、ブレインテック領域ではほかにも、イーロン・マスクがCEOのニューラリンクという企業でも行われており、すでに電極を埋め込んだ被験者は二人存在します。

福祉の分野では特に期待されるブレインテックですが、音の分野でも今後の研究に注目が集まります。

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