深海調査にも音を利用――「海の中でも活躍する超音波」の紹介

2024.8/16 TBSラジオ『荻上チキ・Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は海中の音に関する研究などをお伝えします。

◾水中の音をデータベース化する

音は地上だけでなく、水中でも鳴り響きます。また、空気中の音の速度は秒速340メートルですが、水中では秒速1500メートルと、地上に比べておよそ4倍の速さで伝わります。

以前も紹介したように、水中の「音」の収集と分析が進められています。例えば、世界中の水中音を収集し、データベース化構築を目指す「水中生物音のグローバルライブラリー(GLUBS)」は、世界9ヶ国の専門家が取り組んでいるプロジェクトです。この組織が2022年に発表した論文によれば、世界には126種の海洋哺乳類が生息し、そのほぼすべてがなんらかの音を発声させていることがわかっています。

また、魚類は35000種のうちおよそ1000種が、海洋無脊椎動物(クラゲやサンゴ、カニやウニ)およそ25万種のうち100種程度も、音を発声させています。

このように、音というレンズを通してみた海の世界は、まだまだ私たちにとって未知の世界であるとも言えるでしょう。想像以上に音が鳴り響いているだけでなく、船のエンジン音のような人間がつくりだした音や、台風のような自然現象も、海にまで音波を響かせます。

◾水中考古学

水中といえば他にも、以前紹介した「水中考古学」のように、海底に水没した船や遺跡の調査が1960年代から行われています。ちなみに、1912年に沈没した「タイタニック号」が発見されたのは1985年です。

水中考古学で用いられるのは、音波を利用して空間を認識する「ソナー」であったり、複数の音波を流す「マルチビーム音響測深器」という、広範囲の海底の地形や水深を測定するものもあります。また、水中でも音波を利用した無線通信(海中音響通信)を利用した「水中ドローン」の開発も進んでいます。

◾深海生物の調査に利用する「超音波」

水中といっても、植物プランクトンによる光合成が不可能になる、水深200メートル以上の「深海」は、私たちが最も知ることのできない地球といっても過言ではないでしょう。そこで深海探索においても、音が使われています。

音響計測や環境情報計測学を専門とする東京大学の水野勝紀(かつのり)准教授、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、産業技術総合研究所が共同で、深海の海底に堆積している泥などの中に生息している「底生生物(埋在性生物)」の分布を、非接触・非破壊で効率的に調査する装置を2021年に開発しました。

そもそも深海にはたどり着くだけでも大変です。そこから試料を採取して地上に持ち帰って研究するには、量的・コスト的にも限界があります。そこで開発された装置は、超音波を海底に向けて発射し、生き物に反射して戻ってくる超音波を利用します。装置を海底に20分程置くと、25センチ四方、深さ15センチの範囲を探索し、体長2ミリ以上の生物を捉えることが可能です。この装置は深海の状況を3次元的に理解することができるので、2次元的な画像と比べても情報量が多いといえるでしょう。

2021年の秋には、海洋研究開発機構が所有する有人潜水調査船「しんかい6500」を利用して、静岡県初島(はつしま)沖の水深851~1237メートルで数か所で実証実験を行いました。その結果、深海の海底で「シロウリガイ」という貝の数や大きさを把握できたとのことです。

研究グループによれば、この観測方法は非破壊・非接触の方法なので、時系列的なデータ収集も可能といいます。将来的には、資源開発や気候変動が海底の生物に与える影響を分析するなどの応用を考えているとのことです。もちろん浅い海でも利用できるので、例えばアサリといった水産資源の分布把握にも役立つと研究者は述べています。

◾台風の音は深海にも届く

まだまだわからないことの多い深海ですが、アメリカの研究者たちが2015年、マリアナ海溝の中でも最も深い、チャレンジャー海淵の水深10000メートルを超える位置で、24日にわたって環境音を収集する実験を行い、2017年論文として発表しています。それによれば、深海では地震の音響信号だけでなく、クジラの鳴き声や船のプロペラ音、台風通過時の音も収録されました。

深海はまだまだわからないことが多いですが、音を調べることで、海のことだけでなく、気候の変化などについても、多くを知ることができるようになるでしょう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?