音による治療・機能改善ーー「神経学的音楽療法」とは何か

2021.8/06 TBSラジオ『Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、音による治療や機能改善について、「神経学的音楽療法」の観点から紹介したいと思います。

◾神経学的音楽療法

音楽が、様々な治療に役立つことがわかっています。身体や精神の回復・維持・改善といった目的で音楽が利用されるものは「音楽療法」と呼ばれ、様々な方法が存在します。例えば1990年代からパーキンソン病に対する音楽療法が行われるようになり、「メトロノームに合わせて歩く」といったものに有効性が示されるようになりました。テンポを上げることで少しずつ患者の歩行速度の改善を狙うものです。

特に神経障害によって生じた運動、発話、認知機能等の治療を、音楽によって治療を目指すものとして、神経学的音楽療法(Neurologic Music Therapy:NMT)が、アメリカをはじめとして注目されています。上記のパーキンソン病に対する治療も神経学的音楽療法と言えるでしょう。

昨今はデジタル技術を神経学的音楽療法に用いる企業も現れています。7月に2500万ドルの資金調達を行ったMedRhythms(メドリズムス)もその一つで、センサーや音楽を用いて、神経系の損傷や病気を患った人の歩行改善などを行う企業です。

創業者は神経学的音楽療法の研究者たちで、聴覚刺激によって運動を制御する神経回路に働きかけることで治療を行います。昨年は脳卒中を原因とする歩行障害を治療するデジタル機器が、FDA(米国食品医薬品局)から画期的な技術を用いたデバイスとして認めたものに与えられる「ブレイクスルー・デバイス指定」を受けています。

音楽を用いた治療はパーキンソン病やアルツハイマー等、様々な病気に対しても進められており、この分野に注目が集まっています。

◾音響刺激による記憶力の改善

さらに、音楽を用いることで様々な機能の改善をもたらす可能性が、様々な研究から指摘されています。2017年、アメリカのノースウェスタン大学の研究者を中心としたチームによって発表された論文は、高齢者の記憶力を聴覚刺激によって改善するものです。徐波睡眠(SWS:slow wave sleep)という、ノンレム睡眠中に現れる脳波は記憶と関係するものですが、高齢になると徐波睡眠が低下します。そこで実験では60~84歳の13人の参加者に対して、睡眠中に邪魔にならない程度の音響刺激(ノイズ)を与えて徐波睡眠を活発化させて1晩、偽刺激を1晩、ランダムな順序で受けます。

実験は、睡眠の前日と起床後に、言葉のペアに関する連想記憶テストを行った結果、睡眠前の夕方に思い出した単語数の平均が42.9語だったのに対して、朝になると平均52.1語と、9.2語も増加しました。偽刺激でも朝には記憶力の改善がみられますが、増加量は3.1語であり、音響刺激を与えたことによる効果が高いことがわかります。

このように、音を用いた様々な治療や機能改善の研究が進められています。もちろん、こうした分野は音楽に限定されず、様々な研究が存在しますが、音もまた貢献できることが多数存在しているのです。

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