視覚に障害のある人に向けた、雨音を軽減する傘――「騒音対策技術」の最前線

2024.9/06 TBSラジオ『荻上チキ・Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、騒音対策として、雨音をカットする傘など、騒音対策に関する情報を紹介します。

◾人々の健康を害する「騒音」

これまでも当ラボは、騒音に関する課題とその対処法について紹介してきました。騒音に関して、一般に通常の会話は約60デジベルで、自動車やトラックは約70~90デジベルで、人は通常45デシベル以下を静かだと感じますが、60デジベルを超えるとうるさいと感じ始めます(ちなみに、40デシベルは図書館、60デシベルはトイレの洗浄音等が該当します)。さらに、夜間は40デジベル以上の環境は健康に悪影響を与えると考えられています。

また、ドイツのフランクフルト空港の周辺に住む人は、静かな地域の住人に比べて、脳卒中のリスクが最大7%上がることを、100万人以上の健康データを用いて分析した2018年の研究もあります。

これに対する「防音」技術が次々と開発されています。以前も紹介したように、2022年6月にイギリスの研究者チームはが、我の翅(はね)を利用した吸音材を作成し、最大で音波の87%をカットすることができました。また2023年のフランスの研究では、卓球のピンポン玉を利用した、主に低周波の騒音を吸収する吸音材に関する研究もあります。

このように考えれば、騒音対策は私たちにとって重要な課題であることがわかります。

◾雨音を軽減する「サイレントアンブレラ」

一方、視覚障害のある方にとって、屋外の騒音は、生活にとって大きな課題です。雑踏や車の音が大きいと、音響信号機の音を聞き取ることが難しく、歩行が困難になります。

実は他にも視覚障害のある方にとって、外に出るのが困難な環境があります。
それは、「雨の日」です。

雨の日は傘を差しますが、傘に当る雨の音によって周りの音がかき消され、普段歩く時に頼りにしている音が聞こえづらくなります。視覚に障害のある方にとっては、特に後方の自動車の音の察知がしにくくなります。

そこで、大阪にある老舗の傘店「丸安洋傘」は2022年、雨音を抑える「サイレントアンブレラ」を開発・販売をはじめました(サイレントアンブレラについては「関西テレビ」が2024年7月に特集しています)。

丸安洋傘にはおよそ15年以上前から、視覚に障害のあるユーザーから「雨音のしない傘」を依頼する声があったといいます。一方、同社の傘職人によれば、傘は従来は「雨音の良い傘が良い傘」と思われてきたことから、逆転の発想で開発をしなければならなかったといいます。

先代の社長が開発を進めてきましたがうまくいかず、2022年にやっと「サイレントアンブレラ」の開発ができたといいます。サイレントアンブレラは生地がメッシュ生地と普通の生地の2層構造になっており、外側にある生地が雨を弾き、内側の生地との間に空間が生まれることで雨音が軽減される仕組みとのことです。

同社のHPによれば、雨音は30~35%カットでき、ビニ-ル傘の雨音50~60dbが図書館の室内30~40db位に静かになります。小雨では雨音を認識できないほどで、強い雨でも小雨程度の感覚になるとのことです(雨の音自体も、「パサッパサッ」と優しい音に感じるそうです)。

ただ、制作に関しては細かい工程を入れれば100を超え、職人の手作りということもあり、値段は一本19800円と高額です。高齢化による職人の減少で、1日3本程度しか制作できないという点も、価格に影響しています。

とはいえ、購入者は視覚に障害のある人だけでなく、周りの音に敏感な「聴覚過敏」の人からの注文も増えているとのことです。

視覚に障害のある人や、聴覚過敏の人にとっては、雨音も騒音となります。こうした視点は、音環境を考える上で重要であると感じます。

防音技術は現在も発展が続いています。昨今のイヤホンにはノイズキャンセリング機能がありますが、それだけでは聞くべき音も聞こえなくなってしまいます。それについては、以前も紹介しましたが、周囲の会話から特定の音だけを抽出する技術等の開発も進められています。さらに研究が続けば、例えば視覚に障害のある人に向けた周囲の音環境をAIが理解し、カットする音と伝える音を分けるような技術が求められるように思います。


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