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おとしばなし「迷子」

~出囃子~


 コロナ禍でずいぶん祭りも中止になりましたが、一昨年くらいからぽつぽつ復活し始めて、最近はもうすっかり通常営業の感があります。規模の大きい祭りだと、大通りが歩行者天国になり、屋台が出て、ステージで出し物なんかもあって、街中に活気があるのは見ていて嬉しいものです。
 子どものころは祭りに行くのが楽しみで仕方なかったものですが、親になってみると、子供ども連れで祭りに行くというのはなかなか緊張します。トイレが近くにないだとか、食べ物をこぼさないか、とか。そして何より、迷子ですね。祭りの人ごみの中で、子どもがくじ引きの屋台のおもちゃなんかに釣られてはぐれたり、というのを想像すると、それだけで肝が冷えます。
 そんな、大規模な祭りではないけれども、商店街の毎年恒例のお祭りがあるということで、二人の青年が迷子・落とし物係に駆り出されたというお話です。名前は、レオとたっちゃん。

たっちゃん「……ひまだねぇ」
レオ「暇だな」
た「意外とさぁ、迷子っていないもんだねぇ」
レ「何でたっちゃんさん、迷子落とし物係に任命されてる訳?」
た「ここさ、商店街の入り口じゃん? お祭りの始まりの位置じゃん? 俺が居たら、変な奴に睨みが効くから~って。『たっちゃんより背高くていっぱい柄入ってる人この町内会にいないから』って言われてさぁ」
レ「まぁ190センチ越えで指までタトゥー入ってる奴はこの町内会の外にもあんまいない」
た「えっ、うちのお客さんには結構いるよ⁈」
レ「タトゥースタジオの客はそりゃタトゥー入ってんだろ。つか、迷子にも睨み効かせることになるけど大丈夫か」
た「でも、俺一時間くらい話したらみんな『意外といい人だね』って言ってくれるよ!」
レ「一時間大人と話し込める子どもは迷子にならんだろ。あとみんな『意外と』って失礼すぎんだろ」
た「……ふっ」
レ「え、何」
た「レオは初対面の時、二時間目を合わせてくれなかったのにね」
レ「……えー……まぁ、ごめん」
た「いいよぉ、過ぎたことですから。今は良好な関係ですしね……えっ、何、レオどうしたの急にお面被って」
レ「別に」
た「ちゃんとした狐のお面だぁ。今どき珍しいね。顔……とエラの影のほくろは隠れてるけど、耳赤いの見えてるよ」
レ「ほっとけ」
た「ていうかそれ、落とし物のやつじゃん! えーどうなの、誰かがいっぺん被った上に地面に落ちたお面着けるってさぁ」
レ「うるせぇ。除菌シートで拭いた」
た「俺ってさぁ、仕事柄衛生管理シビアだから、ちょっと引いちゃうかもーとか……あーごめん、そんなに肩落とす⁈ 上着ずり落ちそうだよ。ファストファッションでコーデ組む系インフルエンサーのMA-1の着方みたいになってるよ!」
レ「例えツッコミ長ぇな、すごい分かるけど」
子ども「あの」
た「あの人たちつり革掴むときどうしてるんだろうね」
子「あのー」
レ「中で安全ピンとかで留めてんじゃね?」
た「転んだとき危ないじゃん。縫い付けてるのかも、ああでもそしたら着回しできな」
子「あのっ!」
レ「うおっ」
た「わ! 何? びっくりしたぁ」
子「ここ、迷子あずかり所? ですよね」
レ「あぁ何、迷子?」
子「そういうことになります」
た「ボク、落ち着いてるねぇ。その感じでよく迷子になったね! 何歳かな?」
子「犬の歳で言うと六か月です」
た「人間の歳で言ってほしいかも」
レ「五~六歳ってとこか」
た「誰と一緒に来たのかな?」
子「母です」
レ「そもそも名前何だ。聞いてないよな」
子「あー、ちょっとタメ口の人には名乗りたくない感じですね」
レ「ほう」
た「レオ落ち着いて、お面越しに片方の眉上げた気配伝わってるよ。ごめんねぇ、お名前教えてもらってもいいかな?」
子「あなたもタメ口ですよね」
た「……ほう」
レ「すげ、たっちゃんさんが一瞬苛立った。お前素質あるな」
子「何の素質ですか」
レ「煽り。SNSでヒーローになれるぞ」
子「あっもう黙秘します」
た「えーごめんごめん、怒らないでぇ。どこから来たのかな? お母さんの名前覚えてる?」
レ「たっちゃんさん謝ってる風だけど一切タメ口崩さないのな」
た「彫り師って縦社会だからねぇ」
レ「ニコニコしてて逆に怖いな。どうする、迷子のアナウンスしなきゃだろ。情報ねぇぞ」
た「どうしようねぇ。歳と、お母さんと来たってことと、あとは見た目? 服装とか? よく『赤い服を着た男の子が~』とか言うじゃん? とりあえずチャレンジしてみるね。あんまり長引かせたくないし」
レ「たっちゃんさん相当イライラしてんじゃん」

♪ピンポンパンポーン

た「あ、佐藤です」
レ「電話じゃねえんだわ」
た「佐藤です。迷子のお知らせでぇす。五歳くらいの、えー、これ……何色っていうんですかね、ピンクとベージュとグレーの中間みたいな……グレージュ? っていうの? のパーカーを着た、うーん、これはぁ……レオこれ、ストレートデニム? ワイドって言うのかなこのくらいのシルエットだと」
レ「インフルエンサーの例えツッコミに引っ張られすぎだろ、デニムでいいんだよ」
た「あ、ごめんなさい、デニムですねぇこれ。グレージュ? のパーカーに、ちょっと太めのデニムで、スニーカーの柄が……ああこれ、ねぇ、戦隊ものだけどこれ、何レンジャーなのかなぁ。ちょうどロゴの部分が汚れてて読めないけど、センターは赤です!」
レ「実質手がかりゼロだな」
た「そんなコーデのお子様が、お母さんをお待ちです! 商店街入り口の迷子センターまで至急お越しください」

♪ピンポンパンポーン

レ「名アナウンスだな」
た「お面越しだけど目死んでるのわかるよ。だってさぁ、すんごい絶妙なファッションじゃない?」
レ「見切り発車するからだよ。おい、他に情報ないのかよ。どっから来た、とか」
子「個人情報なので住所はちょっと言えないですけど」
レ「いちいちだりぃな」
子「東京臨海高速鉄道りんかい線の品川シーサイド駅と、JR京浜東北線の高輪ゲートウェイ駅の中間地点ですね」
た「わぁ絶対タワマン住まい! 何階建てのタワマンの何階に住んでるの?」
レ「その情報本当に知りたいか? りんかい線か……車内放送でもすげぇ言いづらそうに一生懸命話すやつじゃん」
た「だねぇ、英語バージョンとかちょっとラップみたいだもんね! トウキョウリンカイコウソク……」
レ「トウキョウリンカイコウソクテツドウリンカイライン、な。しかも乗り換えもあるしな」
た「レオ知らないと思うけど、元は臨海副都心線だったんだよ」
レ「まじか。トウキョウリンカイコウソクテツドウリンカイフクトシンライン、ってことか。長」
子「ねぇ、アナウンス」
た「次、レオやってよ。俺さっき上手くできなかったしさ」
レ「ズルくね? 俺も無理だって」
た「大丈夫、レオのほうが俺よりは滑舌いいじゃん」
レ「えーダル……まぁやるけどさぁ」

♪ピンポンパンポーン

レ「ハァ。迷子のお知らせです。五歳くらいの、グレージュのパーカーに太めのデニム、ブンブンジャーのスニーカの、トウキョウリンカイコウソクテツドウリンカイセンのシナガワシーサイド駅と、ジェイアールケイヒントウホクセンのタカナワゲートウェイ駅の中間地点に住んでる子どもが母親を探してます迷子センターまで早く来てください。……どーよ」
た「……すごい! すごいけどレオ、マイク切ってないよ!」
レ「あ、やべ」

♪ピンポンパンポーン

た「いやー後半の巻き具合はどうなのって感じだけど、嚙まなかったね! しかもしれっと戦隊ものの名前まで入れてさぁ」
レ「たまに観てっからな」
た「これだけ放送したら親御さんも分かるでしょ。俺トイレ行ってくるから、面倒よろしくね!」
レ「え、俺こいつと二人って……」
子「お腹すいたんですけど」
レ「え」
子「お菓子とかジュースとかないんですか。迷子センターなのに」
レ「いや、俺らノリで迷子センターとかアナウンスしたけど、しょせん町内会の祭りのテントだからな? そんな充実したおもてなししないから」
子「あれでいいですけど」
レ「あれ、って……カップうどん? これ、福引の景品なんだよ」
子「うっ……おなかすいたよぉー」
レ「急に子ども感出してくんじゃん。やめろよ俺がいじめてる感じになるから。いいよ、まぁいっぱいあるし。ちょっと出来るまで待っとけ」
子「やったぁ!」
レ「何だよ、そうやって子どもらしくしてたら結構かわいいじゃん」
子「子どもらしさ、とは」
レ「うわ、また何かダルいスイッチ入ったな」
子「お兄さんは、子どものころ、子どもらしくしなさいって言われて、どんな気持ちでした? ねぇどんな気持ち?」
レ「煽りスキル高いな。ごめんごめん、子どもらしいとか言われんのはダルかったよ俺も。良くないよな、男らしくしろとかどうのとか。ほら、うどん食え。そしてすべてを忘れろ」
子「いただきまぁす!」
レ「テンション高っ。ホントうどん好きなんだなお前」
子「うどんっていうか、きつねうどんが好きです」
レ「きつねうどんか……」
子「何ニヤついてるんですか」
レ「お面越しに分かんのかよ」
子「分かりますよ。何でニヤついてたんですか」
レ「ニヤついてはいない、微笑んだだけ」
子「何で微笑んでたんですか」
レ「うるせえな、さっさと食え。手伝おうか。油揚げもらってやるよ」
子「アッ」
レ「ふ。お前は麺だけ食っとけ。うーん、たっちゃんさんが作ったやつのが旨いな」
子「……だからニヤついてたんですね。たっちゃんさんとの思い出が蘇るなぁ~ってやつですか」
レ「うざ。うっざうっざうっざ」
子「耳赤いけど大丈夫ですか。あのお兄さんのきつねうどん、美味しいんですか」
レ「旨いよ」
子「これよりも」
レ「旨い。カップうどんはまぁ別枠だけどな」
た「お待たせぇ。あ、お腹すいてたんだねぇ」
レ「誰も来なかったぞ」
た「うそ、あんなに一生懸命放送したのに⁈ またアナウンスしないとかぁ」
子「追加情報いります? マンション名」
レ「お前個人情報がどうのこうのはいいのかよ」
た「まぁまぁ、教えてくれるならそのほうがいいよ。何て名前?」
子「プレミアステ―ジパークハイアットグランドオーシャンレジデンツトウキョウタカナワゲートウェイ、です」
た「……」
子「もう一回言います? プレミアステ―ジパークハイアットグランドオーシャンレジデンツトウキョウタカナワゲートウェイ」
た「……うっ」
レ「泣くなよ?」
た「メモするのも一苦労だよ? えー、プレミア、ステージ……オーシャン……」
レ「これ同じこと二回言ってそうだよな」
た「通販の時とかすっごい面倒くさそう……ハァ、自信ないけどやってみるよ?」

♪ピンポンパンポーン

た「佐藤です」
レ「それ絶対言うんだ」
た「迷子のお知らせです。五歳くらいの、グレージュのパーカーにデニムパンツ、ブンブンジャーのスニーカ―をお召しの、……ふーっ。トウキョウリンカイコウソクテツドウリンカイセンの、シナガワシーサイド駅と、ジェイアールケイヒントウホクセンのタカナワゲートウェイ駅の中間地点の……よく聞いてくださいね? プレミア、ステ―ジ、パークハイアット、えー……グランド、オーシャン、レジデンツ、……あともうちょっとですよぉ。トウキョウ、タカナワゲートウェイ、っていうマンションにお住いの男の子が! お母さんをお待ちです! 迷子センターまでお越しください!」

♪ピンポンパンポーン

た「聞いた⁈ 聞いた⁈」
レ「すげー、マジですごい。なんか俺まで達成感ある」
た「これ終わったらラーメン屋さんで味玉おごってほしい」
レ「さすがに今回はおごるわ」
子「お疲れ様です。どうぞこれ、うどんのお礼です」
た「わぁ、上からだぁ。ありがとう」
レ「笑顔が怖えな。何これ、飴細工? 犬? 猫?」
た「いやいやレオ、ハチワレだから! アニメの『ちいかわ』のハチワレじゃん! 俺のちいかわと交換しよ!」
レ「ハチワレ派なのか」
た「圧倒的ハチワレ派だねぇ。いいの、こんなのもらっちゃって」
子「別にいいですよ、一応お世話になりましたし。三つ買ったので」
女性「あのー、すみません」
た「はい?」
女「さっき放送で、五歳くらいの男の子がいるって」
た「……決め手、それですか?」
女「えっ?」
た「五歳くらいって聞こえたから分かったんですか? マンション名は決め手にならなかったんですか?」
女「ああ、迷子のお知らせって聞こえたので、とにかく行かなきゃと思って……焦ってたから、年齢の部分しか聞いてなくて」
レ「たっちゃんさん、涙拭けよ」
た「いや、泣いてないよ? 仮に泣いていたとしてもこれは親子の再会に感動しての涙だからね?」
レ「おい、子ども。良かったな、さっさと帰れよ」
子「違います」
女「違いました」
レ「え?」
女「この子うちの子じゃ……あ、ごめんなさいちょっと電話が……もしもし? 見つかった⁈ あぁ良かったーもう、すぐ行くから!」
た「あーっ……行っちゃった」
レ「何だよ期待させといて……どうするよ、これ」
子「どうするもこうするもないですよ。次、お兄さんの番でしょ。飴舐めて調子整えたほうがいいんじゃないですか」
レ「は? 何の調子だよ?」
子「喉の調子。もう一回、アナウンスお願いしますね」




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早時期 仮名子*文学フリマ京都9う-21
もっといい小説を書きます!