【打楽器の風向き】春先の風物詩?
あったかい〜…
いや、暑い。正直暑いわ。
でも、時より吹く風は春風そのもの。とっても心地良い昼下がりに僕はこっそり欠伸をする。
4月も終わり、些細な陰りがチームの気を削ぐ。
5月はどうなるだろうか。
風物詩という言葉で
マーチングに携わっていると必然的に耳に挟む事がある。それは春先、チームの編成が変わる際の担当楽器変更。所謂、パート移動というやつだ。
僕らのチームも嬉しいことに人数が増えて、編成の幅が少しだけ広がった。
そうなると自ずとパート移動の話題が出てくるものだ。
特にブラス楽器は演奏の中身に直結する為、大きく移動する子が発生する。そして、それをその子が受け入れてくれる可能性は体感15%にも満たない。
今日はパート移動対象の中学生が、練習直前で欠席表明。どうやら新しい楽器が気乗りせず、練習はおろかチームすら辞めたいらしい。
大人組はそれはもう親身になる。が、出てくる言葉はその子には届かない。
「やってみないと楽しさはわからないよ」「練習すれば音が出るようになる」「頑張り次第で元のパートに戻れるかもよ」
どの言葉だって事実だろうけど、当の本人からしたら最早興味のないラジオのようなもの。
届かない。心に触れない。たぶん、少しも。
だって面白くないじゃんね。
こんなに頑張ってる私が、なんで不利益を被るのか。他の友達はあんなに楽しそうなのが妙に腹が立つ。
そりゃ練習には行きたくないわな。
大人組、というか僕からしたらこれは春先にどこのチームでも発生している必然。春の桜が雨で流されて散るくらい当たり前のこと。風物詩みたいなものだ。
ただ、風物詩として「まぁ仕方ないねぇ」で流して良いのだろうか。
どうすれば全方位が得をする方に救えるだろうか。その子の気持ちをどうすれば汲んでやれるだろうか。
僕には答えは出ないけども、少しの間真剣に考えてみたい。
こういうところから、今の子供と大人の思考に乖離ができていると僕は思っている。
こういった些細な価値観の部分は不用意に生徒たちに押し付けることが決して無いように僕は過ごしていきたい。
その子の幼馴染が同じチームに居る。
5月もその友達とはしゃいでいる姿が変わらず見れたら僕はちょっと嬉しいものだ。