ドイツサッカーネタも語りたいーー『ぼくとパパ、約束の週末』
『ぼくとパパ、約束の週末』(原題:Wochenendrebellen)の感想については、別noteに書きました。サッカー映画の部分に注目しすぎると、この映画の本質を見逃すことになるという反省も込めて。……でも、ドイツサッカー好きとしては、サッカーネタ部分もやっぱりいろいろ語りたい、よね?
ということで、こちらのnoteでは、映画に出てくるドイツサッカーに関するトリビア解説をしてみました。誰も知らなくてもいいけど、オタクとしてはついつい気になるということばかりです。目次をクリックするとそれぞれの項目に飛ぶことができます。
以下、映画の内容について詳細に触れていますので、未鑑賞の方、ネタバレを避けたい方はご注意いただければと思います。
スタジアムと対戦相手
映画の中で彼らが訪れるスタジアムは、マックス・モーロック・シュタディオン(1.FC ニュルンベルク)
シュタディオン・アン・デア・アルテン・フェルステライ(1.FC ウニオン・ベルリン)
フェルティンス・アレーナ(FC シャルケ 04)
アリアンツ・アレーナ(FC バイエルン・ミュンヘン)
メルクール・シュピール=アレーナ(フォルトゥナ・デュッセルドルフ)
ジグナル・イドゥナ・パーク(BV ボルシア・ドルトムント)
オリンピア・シュタディオン(ヘルタ・ベルリン)
カール=リープクネヒト・シュタディオン(SV バーベルスベルク 03)です。映像のみですが、シュトゥットガルト、ケルン、ブレーメンも出てきます。
ホームチームだけではなく、それぞれの対戦チームも当然気になりますよね!?まずはニュルンベルクの試合。相手チームにディークマイヤーがいるので、当時まだ2部だったSVザントハウゼンでしょう。
ウニオン・ベルリンの対戦相手は、ユニフォームのカラーリングからビーレフェルトです。よく見ると9番クロースがいます。現在は3部ですが、撮影のあった2021〜22年当時、ビーレフェエルトは1部でした。フォルトゥナ・デュッセルドルフの相手はカールスルーエ。これはスコアボードに出るのでわかりやすい。ドルトムントの対戦相手はケルンです。ウートの姿も見えます。バイエルンの対戦相手は、ほぼ映らなかったので不明ですが、アウクスブルクではないかなあとの予想。
Umschaltspiel(攻守交代)
ミルコはスタジアムへ行くにあたり、どうしても我慢できないときはこの合言葉を言うようにジェイソンに伝えます。字幕は「攻守交代」で、英語で言うとトランジションのことです。ネガトラ、ポジトラなどという言葉も、サッカー用語としてよく知られるようになりました。現実のジェイソンは2005年生まれなので、計算すると映画の時代背景は2014~2015年頃のはず。まだクロップはドルトムント、グアルディオラはバイエルンで監督をしていた時期です。この当時、ドイツのサッカーファンの間でUmschaltspielという言葉は、かなりの流行語だったように記憶しています。
Der Club / Die Cluberer(1.FC ニュルンベルク / ニュルンベルクの選手)
1.FC ニュルンベルクはドイツサッカーの歴史において、重要な地位を占める伝統あるクラブです。1900年に設立され、1986年にバイエルン・ミュンヘンが記録に追いつくまで、ニュルンベルクは国内選手権で最多優勝の記録を保持していました。ドイツでは単に『The Club(Der Club)』と言ったときに、ニュルンベルクのクラブを意味します。これに対しジェイソンは『1.FC カイザースラウテルンだって1.FC ケルンだってクラブじゃないか、おかしい』と異議を唱えます。
『ブンデスリーガ』の歴史本によると、ニュルンベルクは設立当時からイングランドのプロクラブと定期的に対戦したり、外国人監督を招聘したりしていたそうです。『The Club』という愛称については、このように書かれています。
それにしても、ミルコとジェイソンがマックス・モーロック・シュタディオンで初めてスタジアムを見渡したときの光景。流れるクラブ讃歌(Die Legende lebt!)の郷愁をさそうメロディといい、ジェイソンがこれ以降、サッカーの虜になるのはよくわかりますね。
Uhrensohn(時計の息子)
ニュルンベルクのスタジアムで、観客が叫ぶ言葉を耳にし、ジェイソンは何と言っているかと尋ねます。後ろの席の人が、相手を侮蔑する単語を、子どもに影響がないよう一部言い換えて『Uhrensohn』(『審判はほっ時計!』と絶妙な字幕)と教えます。スタジアムでは、このような侮蔑的なチャントがたくさん聞こえてきます。現実のミルコも子供にやんわりと教える方法に苦労したようです。例えば、あの審判の父親は有名な時計職人だから、Uhrensohnなんだと言ったり。やはり親としては侮蔑的な言葉はできれば教えたくないものでしょう。ちなみに後ろの席からUhrensohnについて教えているのが、本物のミルコとジェイソンです。『お気に入りのチームを探している』という発言に、『昔やってたよ』と返す本物のミルコ。ちょっと笑ってしまいました。
Steht auf, wenn ihr Schalker seid(シャルケファンなら立て)
シャルケの試合でこのチャントが流れたとき、ジェイソンは『シャルケファンじゃないから立たない』と言います。ゴー・ウェストのメロディで歌われるこのチャントは、どこのスタジアムでもおなじみで、選手を鼓舞したいときに全員が一斉に立ち上がると非常に盛り上がります。
余談ですが、別パターンで観客に参加を呼びかけるチャントに、Wer nicht hüpft der ist ein "ライバルチームの名前"というのもあります。『飛ばないやつは◯◯』という意味で、◯◯のところにはライバルチームのファンが入ります。シャルケならein Borussia(ボルシア)、メンヒェングラートバッハならein Kölner(ケルン)、ニュルンベルクならein Fürther(フュルト)です。もしかして、『飛ばないやつはサガン鳥栖』というのは、正統的ドイツチャントの系譜なのかもしれません!?(ただしメロディは違います)
Forever Number 1(永遠に1番)
バイエルン・ミュンヘンの試合前に流れるクラブ讃歌『Forever Number 1』を聞き、『永遠?将来はどうなるかわからないのに?』と疑問を呈するジェイソン。確かに。2023/24シーズンはレヴァークーゼンが優勝したので、久々にナンバーワンの座を逸しましたね。
突然のマリオ・ゲッツェ
ジェイソン同様、私にもこの比喩で父親が何を言いたかったのか、理解できませんでした。環境に合わせるよう頑張りなさいと言いたかったのか、合わない環境で頑張る必要はないと言いたかったのか……。ゲッツェといえば、ワールドカップ決勝でのゴールが思い出されますが、バイエルン時代はピッチの内外で、かなり批判を浴びていたように思います。ちなみに私は弟のフェリックス・ゲッツェ(現SC パーダーボルン所属)のファンです。え、そんなこと誰も聞いてない?
フォルトゥナ・デュッセルドルフ
ミルコがフォルトゥナ・デュッセルドルフを好きになったのはいつ頃なんでしょうか。今現在、30代、あるいは40代初めだとしたら、子どもの頃はちょうどフォルトゥナの低迷期だったような気もします。映画にも出てくる『アロフス兄弟』が活躍したのは1980年頃、祖父が言う『ハラルド(ハリー)・カーテマン選手』は、それより少しあとの1994年から1999年に所属した選手でした。フォルトゥナも非常に歴史あるクラブで、1979年にはUEFAカップウィナーズカップで準優勝しています。デュッセルドルフという土地柄、日本人の観客も多く、映画の中でミルコがかぶっているキャップに、ひらがなで『ふぉるとぅな』と書かれているのがかわいいです。
残念なマスコット
ジェイソンはウニオン・ベルリンのリッター・コイレには反応しなかったので、彼は『残念な』マスコットではなかったのかも!?
ドイツサッカーではマスコットの存在はかなり大きいです。これまでマスコットのいなかったブレーメンとニュルンベルクで、今年相次いで新しいマスコットが誕生しました。ドイツのクラブは子どもたちや、地域との結びつきを大切にするので、施設を訪問できたり、子どもたちのイベントで一緒に活動できる『マスコット』は、やはりいた方がいいんだろうなあと思ったりしました。
今年、青山で開催されたドイツフェスティバルでは、ブンデスリーガのファンが、それぞれにお気に入りのマスコットを持ち寄りました。いつかJリーグのように、ドイツサッカーのマスコット総選挙ができるといいねという話をしています。
Klappflutlichtmast(折りたたみ式照明)
ベルリンのポツダムにあるバーベルスベルクのスタジアムには、ここにしかない折りたたみ式の照明灯があります。試合後にマストがたたまれるのは、街の歴史的遺跡であるFlatow Towerからの眺めを遮らないためだそうです。一度は訪れてみたい場所です。
SV Babelsberg 03(SV バーベルスベルク 03)
ドイツ一部から三部56チームという枠組みから外れますが、バーベルスベルクのカール=リープクネヒト・シュタディオンを訪ねるのは、素晴らしい選択だと思いました。バーベルスベルクはレギオナルリーガ(4部)に所属するポツダムのクラブです。ファンシーンはザンクト・パウリと同じく、反人種差別を標榜し、多様でオープンな社会を強く訴えています。ドイツが多くの難民を受け入れていた2014年頃、バーベルスベルクはWelcome United 03という難民だけのチームを結成し、クラブの三軍としてリーグに登録していました。(詳しくは『亡命者たちのホームグラウンド』参照)。その後、Welcome United 03は、一定の役割を果たしたとして、2018年に解散しています。多様な背景を持つ人々を受け入れ、共存する社会を目指す、バーベルスベルクのようなクラブを最後に持ってきたことで、ジェイソンたちのような人々も、広く包括する社会であってほしいというメッセージを感じました。
Olympiastadion(オリンピア・シュタディオン)
映画で少しだけ残念に思ったのが、オリンピア・シュタディオンの扱いです。私は別にヘルタのファンではないけど、ストーリーの都合上、あのような気の毒な扱いになってしまったことには同情しました。実際には、本物のミルコとジェイソンはオリンピア・シュタディオンに何度も行っていることを明記しておきます。
書きたいことはまだまだあるものの、これ以上書くと引かれてしまうので(すでにもう引かれている)、この辺りで終わりにします。まだ見てない方はぜひどこかで、すでに見た方もぜひもう一度見て欲しい映画です。