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謎の少年と、ゆめのちゃんのこと

土曜日の仕事が割に早く終わったので、明るいうちに散歩に出た。

犬に任せて歩くと、珍しく繁華街を避け、静かな住宅地方面へ。

ダッサいMA1風ジャケットを、半分脱げ気味に羽織ってる少年がぷらぷら寄ってきて、犬をみてかわいいね、と話しかけてきた。

少年『この犬、なんさい?』(8才。キミは?)

少『オレも8才』(じゃあ同じだね)

犬はあちこち嗅ぐフリをしながら、こういうチビな人間は、いつ何を仕掛けて来るのかわからないんだよな、といったテイで警戒している。

少『オレのおばあちゃんちの犬は2歳だな』

私たちの散歩は、サッサと歩かずに、道をジグザグ渡ったり、一角をぐるぐる回ったりするので、少年は不思議そうだ。
突然犬を触りにきたら嫌だな…と思ったが、『この犬はずいぶん大きいね』などと言いながら、一定の距離を保ったまま私たちの周りをウロウロしている。
もしかしたら少し怖いのかもしれない。

少『この犬はいつもどこにいるの?』
(部屋に、一緒にいるよ)

少『こんなに大きくて、邪魔じゃないの?』
(ちっとも邪魔じゃないよ)

少『なんで?』


子どもって、どうして答えようのない『なんで?』を、躊躇なく吹っかけてくるんだろうか。


少『白いね』(そうだね)
少『こんなに白い犬はめずらしいよ』
(そうかな)
少『あとアタマと、シッポんとこが、黒くなってる』

突然、デザインを解説された。

(いいデザインでしょ?)
少『うん、いい。なんていう種類なの?』
(雑種だよ)
少『雑種かぁ』
(おばあちゃんちの犬は、なんていう種類?)
少『うーん、なんか、いろんな色。灰色だったり白かったり』
(やっぱり雑種かな?)
少『うーん、雑種ってなに?』



私たちが(正確には犬が)じっと立ち止まったり、進んだのに一旦戻ったりするものだから、少年も右にいったり後ろに回ったり、上手についてくる。
なんだかノーリードの犬をもう1匹連れてるみたいで、おかしくなった。

ボッサボサの毛をした大きな犬と、
オトナのくせに靴のかかと踏んでるヘンなオトナと、
野良犬みたいな気配をした男の子。
なかなか良いチームじゃないの。


そのうち犬は、訥々とした喋り方をするこの男の子が、不躾に触ってきたり、突然駆け出したりしないことに安心したのか、彼に近づいて嗅ぎ始めた。
あけっぱなしのMA1のチャックとか、だらしなく着ているので結果的に萌え袖になってしまっている袖口とか、これだけは新品らしい、薄クリーム色のコーデュロイのズボンとかを、仔細らしく丁寧に嗅いでいる。
子どもは静かに嗅がれている。

(キミのことを、匂いで、覚えているんだよ。次に会ったら、きっとすぐに、キミだとわかると思うよ)
少『オレの犬は、ひとのことは嗅がないなあ』
(家族だと知ってるからじゃないの?)
少『じゃなくて、ものすごいビビりだから。怖いんだ。ひとが。』

ふーん。そうなんだ。

(その犬は、なんていう名前なの?)
少『ゆめの』
(それじゃあ女の子だね)
少『そう』


荒れたボロいアパートの横が、草の生えた駐車場になっていて、犬はいつもそこを探検したがる。
粗大ゴミや廃バイクが捨てっ放しになっていて、あまり気持ち良いところには見えない。
回避のキューである『そこは人んちだよ』と声をかけて行き過ぎようとしたら、少年が言った。

少『ここは広々とした場所だねぇ!』

まじか。
キミと犬には、そういうふうに見えてるのか。
このゴミだらけの、狭くて汚い空き地が。
【そうだねぇ】と犬が言った。



少『オレんちの犬は、そういえばアキ…アキタ?アキタ県から来たんだ』
(秋田犬?それじゃあ大きいじゃないの!このこより大きいんじゃない?)
少『この犬と同じくらいの大きさだよ』

少『アキタには、中くらいのとか、大きいのとか、いろいろ居た。ねえ雑種ってさ、他の色もある?』
(あるよ、茶色とか黒とか、いろんな色の犬がいるよ)
少『じゃあオレんちの犬も、雑種かもしれないな』


交番の前の坂を降りていくと小さいお社があって、犬は気が向くとそこの稲荷さんに挨拶して帰るのだが、
今日はそこで反対方向の、家の方に曲がった。
少年はそのまま真っ直ぐ、お社の方へ抜けていくらしかった。

(どこへ行くって、私は決めてないんだ。犬が行く方へ行くから)
少『そうか、バイバイ』
(バイバイ、またね)

犬は名残惜しそうに少年を見送る…なんてことは当然なく、そのままスッタカターと家に向かった。
今度会った時も、また会えたね!などとシッポを振ったりはしないだろう。
でも確かに少年の匂いは『うん、覚えた』と言っていた。
歩きながら交差する時に、何回もコッソリ彼の尻を嗅いでいたし、束の間一緒に歩いて、安全安心だった記憶は尊い。


ゆめのちゃんは、秋田県から引き取った、ビビりの保護犬なんだろうか。
犬が彼を嗅ぎにいったとき、じっとして驚かせないように静かにしていたのは、いつか人が怖いゆめのちゃんが嗅ぎにきてくれたら、そのようにしようと思ってるのかもしれない。

私の犬と同じくらいの大きさの、茶色や灰色のだんだら模様の犬に、MA1の裾を嗅がれながら一生懸命じっとしている少年の様子が、脳裏に浮かんだ。

そういえば彼に、犬の名前を教えるのを忘れた。

このこは今太郎っていうの。
今太郎も、ゆめのちゃんと同じようにものすごいビビりだったけど、今はちがうんだ。



次回少年に会ったら、伝えねばと思う。





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