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30代バイト勤務・恋人ナシ・年収200万ぽっちの幸せな生活

偶然に偶然が重なり、ひょんなことから6年ぶりに年上の友人に会うことになった。

手にしたのは週4日労働・17時帰宅

彼女は以前から軽やかなひとだった。大学を卒業した直後に単身でオーストラリアへ移住して会社を立ち上げてしまうくらいにはパワーもあり余っていた。知らない土地で、母国語以外で、経営をしながら、ひとり生活をやり繰りする。びゅんびゅん風を吹かせ、人を巻き込んで、彼女や彼女の周りはいつも楽し気だった。

それが、コロナを機に帰国し、しばらく実家で過ごしたあとに、今は地方でバイト暮らしをしているのだと言う。字面だけだとなにやら都落ち的悲壮感が漂うけれど、本人はあっけらかんとしている。

「わたし、労働は週4日が限界なの。それでいて17時には帰りたいの。だからバイトがちょうど良いの」

だからこうして急な誘いでも時間を作れるの(私が彼女に会えませんかと声をかけたのは前日のこと)と笑った。

17時に帰宅してなにをするのかと聞くと、テイクアウトしたコーヒー片手に近所の海辺に30分くらい座るという。それで気持ちが晴れてきたら帰る。あとは友達と夕食へ出かけたり、顔見知りのバーで飲んだり、深夜のまちを自転車で激走したり…。

聞けば聞くほど大学生に戻ったようなエピソードが出てくる。四面四角な正社員生活を送っている私としては、自分で勤務時間をカスタムできるのがちょっと羨ましい。

20代ばかりのバイトのなかで最年長。しかも語学堪能で優秀。後輩からは当然、社員からも頼られる。けれども責任は発生しない。バイトなので。

「気が楽だし、なにより20代の子たちといると価値観がアップデートされる。学ぶことも多いのよ」

好きな場所×好きなこと×家族との距離感

帰国後に彼女が新天地として選んだのは、縁もゆかりもない地方だった。

「20代を突っ走って、少し休憩をしようと思ったときに、この場所を訪れたの。それで、次はここだ!ってそのまま不動産に相談しちゃって。あとはとんとん拍子」

彼女の”住”に対する条件は3つ。趣味の美術館・博物館があること、自然が近いこと、実家から3時間圏内であること。そのちょうど真ん中を、今の場所が満たしていたらしい。

そういえば、単身オーストラリア移住を決めたときもこんな感じだった。

「なんかね、匂いがするの。こっちだ!ってね。真似しちゃだめよ」。うふふっと目くばせするチャーミングな様子は当時のまま。

実際、彼女は日々の仕事終わりには海、休日は美術館へ足を運び、月に1度は実家に顔を出す毎日を送っている。”住”に対する条件を満たした生活は、緩やかで、やさしい。

仕事!学び!自己実現!社会貢献!みたいな叫びの中で生きてる私にとってはなんだか拍子抜けだった。

なんかこう、やりがいとか…。脂がのった今が働き時だ!とか。30代、マイホームや車で稼ぎが問われたり、とか…?

「私ね、30代になって、楽しくない・嫌だなと感じたことは、やらなくていいことなんじゃないかと思ったの。仕事もね、辛い中でも楽しいことがたくさんある。でも楽しさがなくなったら、それはもうやらなくていいことなんじゃないかな」

そう話している彼女はどこか人生の戦いから降りた感じがした。うまく言えないけど。

30代バイト勤務・恋人ナシ・年収200万ぽっちの幸せな生活

「楽しい」の気持ちを最大優先事項に据えて30代を迎えた彼女は今、時間を自由に使えて、好きなまちで好きなことをしながら、大切な人を大切に、とても充実している。なにより彼女自身が楽しそうで、聞いてるこちらまでエネルギーを分けてもらった気がした。

もちろん、そうした生き方が正解というわけじゃない。けれども、あれもこれもそれも、全て一つの人生の形である。

彼女と話して初めて「大きな会社に勤めて結婚して~」という流れを、どこかでずっと意識し続けていた自分を知った。

たくさんの中にあるひとつでしかない「大きな会社に勤めて結婚をする」という選択肢が、大きく大きく膨張して、まるで正解面してそびえ立っている。しかしそれは、あくまで膨張していただけであって、別に全てじゃない。

30代を謳歌する彼女を前に、そんなことにようやく気が付いた。

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