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ソー: ラブ&サンダー【サントラレビュー#11】
総評: 原点回帰とプロレス音楽
総合評価: ★★★☆
作曲家: マイケル・ジアッキーノ & ナミ・メルマド(日本語表記不明)
※本編視聴後時点でのレビューになります。
MCUでは初となる単独シリーズ4作目となるソー。MCUでは当たり前のようにコロコロと変わるが、作曲家も4人目となる。これまでのシリーズを振り返ると、最初の2作はアスガルド王国の王子という位置付けが明確な映画だっただけに、音楽も「正統派」なオーケストラを前面に出していた。バイキングをモチーフにした北欧神話が題材なためか、パーカッション強めのオーケストラだった。特に『ダーク・ワールド』を担当したブライアン・タイラーは神話的色彩を強調した壮大なサントラでもあった(個人的にはMCU作品のなかでもとりわけ好きなサントラの1つでもある)。
前作と本作はタイカ・ワイティティが監督を務めており、シリーズの方向性もガラリと変わった。3作目ではマーク・マザーズボーが作曲家を務め、見事に記憶に残らない音楽だった。演出の仕方がひっくり返ったとは言え、この時点では王国は存在したことから、“音楽的”方向性の違いは監督の意向にあることは間違いない。
4作のソーを通じて音楽性がバラバラであることを今更議論する気は毛頭ない。もはやマーベルとして音楽的連続性にほとんど関心がなく、あくまでも監督の意向次第である。両作(と『インフィニティ・ウォー』)を通じて、ソーは父親、王国、弟とある意味で全てを失うとともに、新たな自分の道を探す旅へと出ることになる。アイデンティティ・クライシスから立ち直る過程で王と言うメタ的な意味での父性回帰に加えて、子供の養育という文字通りの父性がソーには新たに加わった。テーマ曲前半(先行リリースされた1曲目)は初期2作に近く、その意味で原点回帰が垣間見える。他方、後半からはロックへと転換することで単なる原点回帰でもないことを冒頭から明確に印象付けている。むしろ、後半部分こそが映画全体のトーンを体現しており、全体的にプロレスのような音楽とも言える。
テーマ曲そのものはシンプルである。もっとも、王としての在り方からレディ・ソー、ロマンスとスペクタクルからエモーショナルまでさまざまなシーンにおけるスコアでも活用されており、何一つ耳に残らなかった前作とは当然異なる(監督としても映画音楽にある程度の必要性に気付いたかのか、もしくはプロデューサーから注文がついたか)。もちろん、単なる繰り返しでは芸がないことを熟知しているジアッキーノだけに、トランペットやコーラス、ギターなど多様に表現されており、それぞれが異なる印象を醸し出すなどテーマ曲の持つ多面性を窺わせる。各要素に応じてテーマ曲を用意する方が一般的であるが、表現方法を変えるだけでいずれの場面でもここまでしっくりくるテーマ曲もなかなか珍しく、作曲能力の高さを再認識させる。
ところで、ワイティティ監督の音楽使いを考える上では、『ガーディアン・オブ・ザ・ギャラクシー』シリーズのジェームズ・ガン監督が比較対象としていいのかもしれない。真面目にストーリーを展開しつつも、コメディタッチを随所に盛り込む意味では、作り方が似ていると思われる。もっとも、音楽演出は全く異なる。ガン監督はコメディ部分では基本的にスコアではなく歌を活用しており、スコア部分はむしろ一貫性が強い。
ワイティティ監督は他方、ドラマからアクション、コメディまで全ての音楽演出をスコアに担わせている傾向にある。したがって、スコアとしての一貫性が失われるばかりか、シーンを説明するかのようなスコアが占める割合が多い。実際、1曲目後半のロック部分が説明調なスコアに相当する。言い換えれば、ザ・BGMというスコアということになる。”BGM調のスコア=悪いスコア”ということでは全くないが、良いスコアとは本来、演技やセリフ、映像では説明しきれない部分を感性に訴える音楽、と筆者は捉えている。
BGMという意味では必ずしも間違えではないが、"これからのシーンはコメディ調"や"これからのシーンはロックに楽しい"とわざわざ説明する、もしくは説明を強いるスコアを充てることは、そもそもの演出不足を無理矢理補足しているような印象を強めているように思えてしまう。『キングスマン』のようにここぞという場面にこそ使うのであれば効果的かつ印象的であるのだが、あまり頻繁に使用されれば幼稚にさえ思えてしまう。これこそが筆者において、本サントラ(ひいては映画そのもの)の総合評価を中途半端なものとしてしまっている。
監督の音楽演出観はさておき、ジアッキーノは監督の意向にあくまでも従ったまでであり、その中で後進育成(特に女性作曲家)という環境としては格好の機会でもあったことは確かであろう。マーベルは以前、初の女性作曲家としてピナー・トプラクを『キャプテン・マーベル』に起用したが当初の出来に満足できず、ジアッキーノが追加作曲したことがある(ジアッキーノ曰く、脚色程度だったこともあってノークレジット)。女性活躍・台頭が叫ばれる昨今、当然映画音楽業界でも女性作曲家の台頭が(リベラル派でもある親会社ディズニーにとってはとりわけ)望まれるのだが、難しいのが現実である。
映画音楽業界は組合さえも存在しない上に監督や製作者との繋がりで仕事が回りやすいという環境である。また、徒弟制のようなキャリア形成であるだけに女性作曲家がそもそも育ちづらいほか、これまでの女性作曲家の多くがアクションスコアを書けないという“特殊性”(もしくは“問題”)も尾を引いている。その意味では後進育成を率先しているのが、ハンス・ジマーとマイケル・ジアッキーノである。ただし、ジアッキーノ学校ではなかなか独り立ちしないのだが。
最後に、他の作品との比較はサントラレビューとして本来あるべき姿ではないとも言われる。どこまで盛り込むかは個人的にも常に悩むところではあるものの、作曲家にオマージュの意図がある可能性もあったりするかもしれないので、初見で他作品との類似性を感じたスコアは敢えて参照したい。
Track 13: The Zeus Fanfares
出だしを聞いただけでミクロス・ローザ(今どきの表記方法だとミクローシュ・ロージャか?)を思い出すのは、古参の映画ファンか年季の入ったサントラ・コレクターか。
Track 19: Temple-itis
シーンとは全く異なるが、クリスチャン・ベールが出演していることもあってか主演作品『エクソダス』を彷彿させるスコアである。
以下、各曲評価(4点満点)
おススメ: The Ballard Of Love And Thunder
Mama's Got a Brand New Hammer (Michael Giacchino) - ★★★
Just Desert (Michael Giacchino) - ★★
Indigarr with the Diva (Michael Giacchino) - ★★
The Not Ready for New Asgard Players (Michael Giacchino & Nami Melumad) - ★★
See Jane Thor (Michael Giacchino) - ★★
Distressed Out (Michael Giacchino) - ★★★
Gorr Animals (Michael Giacchino) - ★★
A Gorr Phobia (Michael Giacchino & Nami Melumad) - ★★
The Ax Games (Michael Giacchino) - ★★
Thorring to New Heights (Michael Giacchino) - ★★
Show Intel (Michael Giacchino) - ★
We're Not Emos We're Gods (Michael Giacchino & Nami Melumad) - ★★
The Zeus Fanfares (Michael Giacchino & Nami Melumad) - ★★
I Was in the Pool! (Michael Giacchino & Nami Melumad) - ★
Saving Face (Michael Giacchino) - ★★
Utter Lunarcy (Michael Giacchino & Nami Melumad) - ★★
Think on Your Defeat (Michael Giacchino) - ★
Bedside Hammer (Michael Giacchino) - ★★★
Temple-itis (Michael Giacchino & Nami Melumad) - ★★
Surely, Temple (Michael Giacchino & Nami Melumad) - ★★
The Power of Thor Propels You (Michael Giacchino & Nami Melumad) - ★★★
Foster? I Barely Know Her! (Michael Giacchino & Nami Melumad) - ★★
Jane Stop This Crazy Thing (Michael Giacchino) - ★★
One Wish to Rule Them All (Michael Giacchino & Nami Melumad) - ★★
All's Fair in Love and Thor (Michael Giacchino) - ★★
Bawl and Jane (Michael Giacchino) - ★★
The Kids Are Alright (Michael Giacchino) - ★★
The Ballad of Love and Thunder (Michael Giacchino) - ★★★