ヨーロッパ文化教養講座(エンター・ザ・ミュージック 吉松隆「交響曲第3番」)
2024/08/19
2週間に渡り、吉松隆氏が1998年に作曲した交響曲第3番の話があった。
藤岡幸夫マエストロと吉松隆氏が親しくなるきっかけは、藤岡マエストロが、イギリスのCDレーベル(シャンドス)で、吉松隆氏の曲を録音する許可を得るために国際電話してからだそうだ。
その時は、吉松隆氏は、藤岡幸夫マエストロのことを全く知らずに、アマチュアのオーケストラだと思って、「ああ、いいよ」とあっさり許可したそうだ。
こうして、親しくなった2人は、1998年に新曲の交響曲第3番を、初演をコンサートホールではなく、CDの録音スタジオでするという非常に珍しい形でリリースする。
藤岡マエストロに捧げられた、吉松隆作曲「交響曲第3番」は、藤岡マエストロに取っても、再演は、初演を超えなければならないというプレッシャーもあり、25年たって、東京シティフィルで再演することになった。
ところが、公演数日前に藤岡マエストロが肺炎のため、指揮をとることが不可能になり、急遽当時の指揮研究員の山上紘生(こうき)さんが代役を務めることになった。
山上紘生さんは、立派に代役を務め、指揮者としてのデビューを飾ったとのこと。
ゲスト:
吉松隆(作曲家)
山上紘生(指揮者)
曲は、4楽章構成。イメージは、黒澤明の名作「7人の侍」で、侍と農民が衝突するところを、第1主題と第2主題のモチーフにして、古典的様式のソナタ形式を守って作ったそうだ。
吉岡隆氏は、この曲だけでなく、WIKIをみると、プログレッシブ・ロックファンであり、また、『メロディや和音を否定した無調音楽を中心とする現代音楽の非音楽的傾向に反旗をひるがえし、「現代音楽撲滅運動」と「世紀末抒情主義」を提唱』
したそうなので、とても共感する作曲家であることを認識した。
演奏機会は少ないと思うが、一度聴いてみたいと思った。
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