
活動を止める?進化を促す?生命を支える“休眠”という戦略
1. はじめに
地球上の生命は、およそ40億年前に誕生したと考えられています。しかしその起源や、誕生したばかりの生命が過酷な環境をどのように乗り越えてきたのかについては、いまだ多くの謎が残っています。近年、その鍵のひとつとして注目されているのが「休眠(dormancy)」という現象です。休眠とは、生物が外界の環境が悪化したときに代謝活動を極端に落とし、条件が好転するまで“休んで”やり過ごす戦略のことです。一見地味に思えますが、進化の歴史を通じて驚くほど多くの生物がこの能力を獲得してきました。最新の研究では、この休眠が生命の誕生や存続に重要な役割を果たしていた可能性が示されています。
2. 休眠とは何か
休眠は、植物の種子や冬眠する動物などでよく知られています。生物に限らず、広く“活性状態と不活性状態を行き来できる”ことがポイントです。休眠によって生物は厳しい環境から身を守り、再び環境が良くなると素早く活動を再開できます。また、休眠個体が集団全体の中でストックとして残るため、たとえ一部が絶滅しかけても生き残りが再び増殖できる「シードバンク(種子銀行)」のような働きをするのも大きな特徴です。結果として、群れや集団が長期的に存続する確率を高める効果が期待できます。
3. 初期生命の起源と休眠との関わり
生命が生まれる前、いわゆる“前生物的”な分子世界でも、休眠のような動きがあったかもしれないという仮説があります。たとえば、現代の細胞でもDNAがヒストンに巻き取られると分解されにくい状態になる、RNAが折りたたまれて酵素分解を防ぐ構造をとるなど、“オン”と“オフ”を行き来する場面が見られます。初期の地球で、まだ完全には細胞になりきっていない分子が「不利なときには分解されない形に移行する」という性質を持っていたならば、長期にわたって生き残る確率がぐっと高まったはずです。こうした休眠様の仕組みが、自己増殖や情報の保存を助け、結果的に生命の誕生を支えたのではないかと考えられています。
4. 古代からの証拠:化石と系統
休眠は単に仮説ではなく、地球の長い歴史の中でもさまざまな形で観察されています。たとえば、1億年前の琥珀(こはく)から見つかった粘菌の胞子は、現代のそれとほぼ同じ構造を持ち、少なくとも1億年前から休眠の仕組みが変わらず続いている可能性を示唆します。1億3000万年前の湖成堆積物からは甲殻類の休眠卵(休眠時に外殻をまとった卵)が見つかっており、この戦略が水中生物の世界でも長く定着していたことがわかります。また、バクテリアの中には超強固なエンドスポア(内生胞子)を形成する種もあり、何百万年も凍土の中で眠っていた胞子が蘇生した例も報告されています。こうした事実は、環境が大きく変動する地球において、休眠がいかに生存と進化のために役立ってきたかを示す証拠でもあります。
5. 地球外生命の探査に与える示唆
もし地球外に生命が存在するとしても、それが常に活発に活動しているとは限りません。火星やエウロパ(木星の衛星)のように、液体の水が期待される天体でも気温変化や放射線などの影響は地球よりはるかに厳しい可能性があります。そんな環境で生命が生き延びるには、やはり休眠のような戦略が極めて有効でしょう。たとえ大気からは明確な化学反応の兆候(バイオシグネチャー)が見えなくても、地表や地下、氷の下で眠る生物がいれば、その痕跡は鉱物や有機物の分布など、別の形で残るかもしれません。休眠を考慮することで、生命探索の視点も広がると期待されています。
6. 今後の研究と展望
休眠に関する研究は、ゲノム解析や実験進化などの手法を通じて急速に進んでいます。地球上のさまざまな極限環境や深海底、地下深くなどを調べるメタゲノム解析によって、私たちの知らない休眠関連遺伝子や原始的な仕組みが明らかになるでしょう。さらに、コンピューターシミュレーションによる数理モデルを使えば、生命誕生時に「休眠がなかった場合」と「あった場合」で生存率にどのような差が出るのか、定量的に推定することも可能です。今後、こうしたデータとモデルの融合によって、生命起源の謎に新たな光が当たるかもしれません。
7. おわりに
休眠は、生物にとって「オン・オフを切り替える」というシンプルな仕組みながら、過酷な環境をしのいで長期的な生存を可能にする強力な戦略です。地球史の初期から現代に至るまで、そして地球を超えた惑星探査の可能性にまで、その重要性は広く指摘されています。
引用元
タイトル: Dormancy in the origin, evolution and persistence of life on Earth
出版元、掲載誌、年月日:
出版元: The Royal Society
掲載誌: Proceedings of the Royal Society B (Proc. R. Soc. B)
年月日: 2025年1月9日著者: Kevin D. Webster (Diné College, Planetary Science Institute)
Jay T. Lennon (Indiana University)ライセンス: Creative Commons Attribution License (CC BY 4.0)