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"室温超伝導" は幻?Nature掲載論文が編集者権限で撤回


この記事を読む前に

今回のお話は史上初の室温超伝導の達成を主張した論文にまつわる撤回騒動を解説した記事だよ。このお話は、単なる研究の誤りだけでなく、場合によっては捏造かもしれないと、科学世界の闇に関わる話だから、私の普段の解説内容と比較すると、まったくワクワクもしない楽しくもない内容が約1万文字も続くので、そこは注意して読んでほしいんだよ。逆にこういう話に少しでも興味がある人にとっては知ってほしいお話だから、ちょっとまとめてみたという次第だよ。

このような話、前回は楽しくないので有料記事として内容を一部しか公開しなかった、というのをやったけど、今回は全部を無料公開としたよ。この記事を書いているのは10月2日の深夜。3日の夕方にはノーベル賞の発表が始まって、その解説記事にかかりっきりになるから、この記事を速く書き上げてしまいたいという気持ちが優先しているから、内容はだいぶ書き散らしっぱなし、読みづらいかもしれないというのがあるから、とても有料記事にする質を担保できてないという理由があるよ。でも、もちろんサポートは大歓迎だから、もし少しでも良いと思ったらぜひよろしくね!

撤回された論文とは

2020年、驚きの論文が提出されたよ。それはElliot Snider氏やRanga P. Dias氏ら、9人の研究者が提出し、Natureに掲載された論文 "Room-temperature superconductivity in a carbonaceous sulfur hydride" だよ。タイトルに室温超伝導と書いてある通り、この論文は世界で初めて真に室温超伝導を示した物質について言及しているよ!

ところがこの論文、2022年9月26日に撤回されたよ。しかも、ほとんどの論文の撤回理由は科学的な手法やデータの検証に関する深刻な誤りによるもので、著者の申し入れによるものか、第三者の検証による指摘によって行われるもので、全員とは言わずとも、論文著者のほとんどは撤回に同意するよ。しかしながら今回の論文は、著者9人全員が撤回に反対しているにも関わらず、Nature編集者の権限で撤回されたという極めて珍しいケースだったよ!研究そのものの話題性に加え、この珍しい点も話題になった理由の1つだよ。

科学誌自身が査読の結果掲載を許可した論文を、今度は自ら撤回するというのは科学誌にとっても不名誉なことで、それがないように査読をするんだよ。ではなぜそうなったのかというと、研究に関するデータの取り扱いの不透明さと、場合によっては研究結果自体が正しくないか、あるいは捏造ではないかという指摘があったからだよ。超伝導に関する研究では、かつて2002年に発覚したヘンドリック・シェーンによるベル研シェーン事件という有名な研究不正があり、これを知っている人は第2のシェーン事件じゃないか?と思ったわけだよ。今回はこの撤回騒動がどういうものなのか、というのを解説していくね。

なぜ水素を含む超伝導体が "熱い" のか

そもそも超伝導とは?

さて、まず撤回された論文について説明する前に、そもそもの背景事情について軽く説明するね。よくわかっている、って人は読み飛ばして貰って構わないよ。

物質に対して電気を流した時、電圧に対してどの程度の電流が流れるのか、を表す数字を電気抵抗と呼ぶよ。電気抵抗が高い物質は電気を通しづらく、逆に電気抵抗が低い物質は電気を通しやすいよ。ゴムやガラスなどの絶縁体は電気抵抗はとても高く、逆に金属は電気抵抗が低いよ。

さて、金属の電気抵抗はとても小さいけど、それでもゼロじゃないよ。このため発電所から送電線で電気を送るような、とても長い距離の送電は、わずかな電気抵抗が大問題になるよ。現在、発電所で発電した電力の5%は、送電線の電気抵抗で失われるよ。

もしも、電気抵抗をゼロにできたら、理論上の送電ロスは無くなるよ。そんな電気抵抗ゼロとなった状態を超伝導状態と呼ぶよ。超伝導状態は1911年にヘイケ・カメルリング・オネスによって水銀で初めて発見されて以降、様々な物質で発見されているよ。ところが、超伝導状態は通常は絶対零度 (-273.15℃) に極めて近い温度でしか現れないよ。そこまで冷却するコストがバカにならないから、実用化を阻んできたよ。ところが1985年になりカール・アレクサンダー・ミュラーとヨハネス・ベドノルツは、金属酸化物がより高い温度でも超伝導状態になることを発見したよ。これがきっかけで研究が加速し、現在では液体窒素温度 (約-200℃) より高い温度で超伝導状態になることを高温超伝導と呼ぶようになったよ。

高温超伝導と言っても、それは絶対零度よりは高温なだけで、相変わらず日常生活からみれば低温だよ。無論、液体窒素を作るコストはかなり低いので、高温超伝導を示す高温超伝導体が役に立つのは確かだよ。超伝導体は強い磁場を形成する性質から、例えばMRIやリニアモーターカーには高温超伝導体が使用されているよ。ただ、科学者が目指しているところはより高い温度、実際のところは室温で超伝導を示す物質、つまり室温超伝導だよ。

水素を含む高圧高温超伝導体

最近になり、室温とは言わないまでも、ドライアイス (約-80℃) より高温で超伝導を示す物質が見つかっているよ。2015年には硫化水素 ($${\text{H}_2\text{S}}$$) が-70℃で、2019年には十水素化ランタン ($${\text{LaH}_{10}}$$) が-23℃で超伝導状態になることが示されたよ!

もちろん、これには少しトリックがあるよ。これはどちらも超高圧の下で超伝導状態を示していて、硫化水素は155GPa、十水素化ランタンは170GPaで超伝導状態になるよ (1GPa=大気圧の1万倍) 。もちろんこれはかなりの高圧で、このままでは実用化はできないよ。ただし、それでも室温に極めて近い温度で超伝導となるのは興味深い話である一方、なぜそれが起こるのかは理論的に十分な説明がないよ。このため、なぜ超伝導が起こるのか、理論と実験の両面から研究が続いているよ。もしかするとこの研究が、もっと低圧で室温超伝導を示す物質に繋がるかもしれないからね。

また、水素は超高圧で金属のような性質を示す金属水素と呼ばれる状態が予測されているよ。木星のような巨大ガス惑星の内部は金属水素に満ちていて、強力な磁場の発生源になっているという予測の他、金属水素は高温超伝導、もしかすると室温超伝導を示す可能性すら示されているよ!ところが、金属水素の合成はこれまでのところ成功していないよ。そこで、純粋な水素ではないものの、水素に何らかの元素を追加することで超伝導を示す圧力を減らす試みがされていて、硫化水素や十水素化ランタンはその研究の一環でもあるよ。これらの物質は純粋な水素ではないけど、違うもの同士で物性を比較することで、真の金属水素の性質を予測できるようになるかもしれないよ。

2020年、ついに室温超伝導達成!

タイトルに「室温超伝導」とある論文!

そんな背景がある中で、2020年に投稿されたのが、今回話題となった論文だよ。この研究では、メタン ($${\text{CH}_4}$$) 、硫化水素 ($${\text{H}_2\text{S}}$$) 、水素 ($${\text{H}_2}$$) を267±10GPaの圧力で圧縮すると、14.6±1.2℃で超伝導を示した!と主張しているよ。もちろん、この圧力は超伝導の実験で出された最高記録の1つであり、以前のレコードホルダーである十水素化ランタンとの差は38℃だよ。ただ、史上初めて0℃以上かつ室温で超伝導を示した、真に室温超伝導体と呼んでもいい物質の発見はやはりインパクトが強かったのか、様々なメディアで大きく取り上げられたよ!

CSHで分かったこと、分からなかったこと

室温超伝導を示した物質は正式な名前がないから、以下からCarbonaceous sulfur hydride (炭素硫黄水素化物) を略してCSHと呼ぶよ。CSHの性質としていくつかの実験がこの論文で言及されているよ。例えば、圧力を低くすると超伝導になる温度は下がり、例えば138±7GPaで-126℃になったよ。また、多くの超伝導体に観られるように、強い磁場の元では超伝導になる温度が下がったよ。例えば室温超伝導を示した267GPaの下では、9Tの磁場で22℃低下したことが示されているよ。

CSHは恐らく ($${\text{CH}_8\text{S}}$$) の割合で炭素・水素・硫黄を含んでいるけど、軽い元素のみで構成されたこの物質の詳しい構造を、高圧にかけたまま解析する方法は現在のところなくて、詳しい組成は不明だよ。10GPa以下だとCSHは不安定で、1日以内に分解してしまうよ。また、CSHが超伝導を示す理由は今のところ良くは分かっていないものの、理論計算的にはCSHに含まれる$${\text{H}_3\text{S}}$$という部分がカギである可能性が示されているよ。これは2015年の硫化水素の高温超伝導の理由ともされているから、理にかなっている推定だよ。

室温超伝導を疑う者が現れる

批判を行いすぎて垢BANされる人まで

ところが、このセンセーショナルな発見は議論を呼び、やがて懐疑的な意見が出てきたよ。もちろん、このような科学的成果が万人に受け入れられるということはほぼなくて、それが大発見であればあるほど懐疑的に観られる確率は増していくよ。良く言えば、これは健全な状態と言えるよ。冒頭の繰り返しになるけど、科学というのは、実験手法が同じならば誰がやっても同じ結果が得られる、という検証可能性を満たしていることが必要だよ。一方で悪く言えば、科学者も人間、という生々しさがあるよ。科学的な根拠や裏付けが無くても、大発見にはいちゃもんを付ける人がいるもので、それはその道の専門家である場合もあれば、全くの素人である場合もあるよ。

特に激しい批判を行っていたのはJorge E. Hirsch氏という人だよ。Hirsch氏は時に激しい口調も織り交ぜて、Dias氏らのCSHに関する研究に関する疑わしい点や誤った点を指摘した論文を何本も投稿したよ。またHirsch氏は、Dias氏らが所属するロチェスター大学に直接抗議文を送ることもしたよ。この行為について、論文著者の1人であるAshkan Salamat氏は、Hirsch氏は高圧科学の専門家ではないし、個人攻撃に転じているという主張で反論するくらい、全力でケンカをしている状態だよ。

確かに、Hirsch氏の論文は "専門家として相応しくない態度と言葉遣い" が多く含まれているとして、半年間arXivから垢BANされるほどだったよ。arXivとは、正式に科学誌に投稿する予定の論文、平たく言えば下書きに当たるプレプリントを投稿するサーバーで、世界中の科学者が利用しているよ。arXivはあくまで下書き投稿サーバーなので、例え内容に深刻な誤りや捏造があろうと、よほど支離滅裂な内容でもなければ掲載が拒否されることはないという性質があるから、研究内容としてはしっかりしているのに他の理由で垢BANを食らうと言うのはまずよっぽどのこと、と思って差し支えないよ。例えばこのPhysica C: Superconductivity and its Applicationsに掲載された "On the ac magnetic susceptibility of a room temperature superconductor: anatomy of a probable scientific fraud" という論文は「あり得そうな科学的詐欺の構図」という相当強い文言が含まれているし、結果的に撤回されているなど、さもありなんって感じだよ。

非典型⇒疑惑⇒捏造指摘へ

ただもちろん、Hirsch氏の批判が科学的に無茶苦茶かと言うとそうではないよ。特に疑わしいのは、CSHが室温超伝導を示したというデータについてだよ。超伝導の説明で挙げたように、超伝導は物質の電気抵抗がゼロとなる現象だよ。では、逆に電気抵抗がゼロになったことを測定したら超伝導になったと言えるかと言えば、そうではないよ。本当の意味で電気抵抗ゼロの状態を測定するというのは原理的に不可能で、例えていうなら、真の意味で無限に数を数えていくことは不可能なのと似ているよ。これは測定機器の精度が関係していて、電気抵抗ゼロはなく、どんなに高くてもこの値より大きい電気抵抗ではない、という上限を示すことしかできないよ。だから、電気抵抗ゼロの超伝導状態になったのか、ゼロではないけど極めて抵抗の小さい状態になったのか、これだけでは証明不可能だよ。

そこで、超伝導状態になったという証明には、電気抵抗の測定の他に、物質に対する磁場の侵入で証明するよ。これはマイスナー効果と呼ばれるもので、超伝導状態になった物質の内部には磁場が入り込めないという性質だよ。よく超伝導状態の写真に、磁石に対して浮いている超伝導体というイメージ図が示されていると思うけど、あれは磁石から発生している磁場が超伝導体に入り込めないことによって、磁石に対して超伝導体が押しのけられることで起きている現象だよ (ただし、安定して空中に浮遊し続けるには、ピン止め効果という別の現象が必要になるよ) 。

ただ、高圧実験装置の内部にある超伝導体に磁場が入り込むかどうかを測定するのは極めて難しくて、これはどの研究者にとっても難題だよ。そこで、このような実験では磁化率が代わりに使われるよ。磁化率は文字通り物質がどれだけ磁気を帯びるかの値だよ。超伝導体は磁場の侵入を許さないから、磁化率はゼロだよ。だから、電気抵抗に加えて磁化率が極めて低いことを測定すれば、この物質は超伝導状態になった、と証明できるわけだよ。

Hirsch氏が行っている批判は、主にこの磁化率の測定についてだよ。今回の実験の場合、CSHだけに磁気を当ててCSHだけの磁化率を測れればいいけど、そんな都合のいい話は無くて、周りにある他の物質にも磁気が当たっているし、元々帯びている磁気もあるはずだよ。そうなれば、CSHだけでなく、高圧を与えている実験装置全体や、実験室にあるさまざまな物品、果ては実験室の床や壁や天井も厳密な測定を妨げてくるはずだよ。なので、磁化率をきちんと測るには、これら妨害してくるものをなるべく排除しつつ、それでも入ってくるノイズをどう取り除くかが重要になってくるよ。

CSHが超伝導体になったという主張は、この磁化率のデータが根拠の1つになっているわけだけど、Hirsch氏はそのデータに問題があると指摘しているよ。まず測定手法に問題があり、水素を含む高温超伝導体はこれまでの超伝導体とは異なる性質を示していることから、その不自然さを指摘しているよ。また、磁場の排除の強さがあまりにも強すぎることや、測定されているべき値が測定されていないことを問題視したよ。そして最終的には、ノイズだらけの実験室で測定した割にはデータがあまりに "きれいすぎる" と指摘しているよ。

つまりHirsch氏の主張としては、磁化率に関するデータはかなり疑わしいと言っているわけだよ。それどころか、このデータの一部はいくつかの式を組み合わせて作られる曲線であり、つまりはデータそのものが捏造であるとまで言っているんだよ。さっき科学的詐欺という強い文言を使った論文が、まさにそれを指摘しているものだよ。ちなみにHirsch氏の主張は更に進んでいて、2015年の硫化水素の高温超伝導を含め、水素を含む物質の高圧状態で超伝導になるという結果自体がおかしく、超伝導状態自体が存在しないというかなり強い強い主張をしているよ!

批判への対応が誠実だとは言えない

批判者の問題はあるけれど…

確かに、Hirsch氏は超伝導や強磁場の専門家だけど、高圧科学については専門とは言えないよ。また、Hirsch氏は超伝導に関する極めて基本的な理論であるBCS理論自体を批判している点から、同業の人からもあまりよく思われていない、というところも正直あるよ。そして何より、このような高温超伝導が現れる高圧科学自体が、特に水素を含む物質に高圧をかけるのは極めて難しく、批判を行うにしても相当敷居が高いものであるのは確かだよ。このような極端な高圧実験を行う装置は、ダイヤモンドの結晶で上下に物質を挟んで押しつぶすダイヤモンドアンビルセルという装置が使われるよ。使われている物質がダイヤモンドなので、水素を含む物質を押しつぶすと、場合によっては水素原子がダイヤモンドの結晶の隙間に浸透する現象が起きるから、実験条件を設定すること自体が大変だよ。

なぜか画像形式の生データ

ただし、実験そのものは高度だとしても、得られたデータの解析についてはそこまで高度ではなく、これまで使われてきた手法が適用できるはずだよ。超伝導の研究者であるHirsch氏がデータ解析を行えること自体は否定できないし、だからこそこの場合、解析して結果を得たという段階の前、何も処理していない生データが開示されるべきだよ。実際、Dias氏とSalamat氏は批判に応え、生データをarXivに投稿したよ。

ところが、この生データの開示が中々されず、しかも公開プロセスが不透明であったとHirsch氏が批判しているのに加え、このプレプリントに素人目にも不審な点があるのも確かだよ。12ページから149ページまで解析前の測定値が表形式でズラッと並んでいるんだけど、70ページから149ページはなぜか表が画像になっているんだよ。実に半分近くが画像になっているせいで、コピペして数字を貼りつけることができずイチイチ手打ちしないといけない、というのは、不正の有無は別にして、なんでやねん!って突っ込みたくなるよね。

このような、データの取り扱いに関する不透明さが、最終的にNatureが著者全員の反対を押し切って編集者権限で撤回を決定した背景にあるようなんだよ。

批判は1人だけじゃない

捏造ではないかもしれないけど、病的な結果であるかも

そしてHirsch氏と、これに加えてD. van der Marel氏がデータを分析した結果、磁化率のデータは生データではなく、超伝導の主張は病的な結果であるという結論を出しているよ。ここで言う病的なとは、存在しない現象が存在するかのように扱ってしまうことだよ。これは捏造だと言っているHirsch氏と比べるとだいぶ落ち着いた調子だよ。

捏造の場合には、最初から結果を捻じ曲げて都合の良いものを得ようとする不正だけど、病的な結果というのは、研究者本人は捏造する気はなく、まじめに科学的な手法で研究したんだけど、得られる結果がおかしくなってしまったものだよ。極めてわずかな数値の変化やブレは、装置の誤差やノイズによっても発生しうるものだけど、これを何かしらの "現象" であると誤解し、多数のデータを蓄積し、何かしらの "結果" や "法則" が得られてしまうものだよ。N線、ポリウォーター、常温核融合などが病的な例として挙げられているよ。病的な結果は、研究者自身は真面目に取り組んでいるし、科学的な手法や手続きを踏まえているけど出現する点で、捏造とは全く異なるものだよ。研究者も人間である以上、思い込みや勘違い、錯誤や誤解をすることは避けられず、このような "結果" が得られることが稀にあるんだよ。

また、Hirsch氏以外にも実験に関する不自然な点を指摘するものとして、例えばこのような論文があるよ

この分野の大家が実験に成功していない

また、他にもCSHの室温超伝導について疑問を投げかけるものはあるよ。例えば、2015年の硫化水素や2019年の十水素化ランタンの高温超伝導については、2022年に追試が成功しており、これ自体はHirsch氏の批判とは別に、恐らく正しい科学的成果として認められる公算が大きいよ。

一方で、問題のCSHの室温超伝導は追試に成功したという報告がないよ。特にMikhail Eremets氏は、6回の試験が全て不成功に終わった上に、研究チームがCSHに使った炭素の種類など、詳細について中々教えてくれないということに不満を漏らしているよ。実験に使われる物質は、例え化学的に同じものだと銘打っていても、メーカーや生産工場や生産時期によって不純物などの微妙な違いが生まれる可能性があるから、実験が成功しないのはこの微妙な違いに原因があるかもしれないから、Eremets氏の不満はごもっともなんだよ。そして何より、Eremets氏は2015年に硫化水素の高温超伝導に成功した人物であり、この研究がきっかけで硫化水素に炭素を加えると超伝導になる温度が上がるんじゃないか、という雰囲気を作った人物でもあるよ。だから、この人は間違いなく水素を含む物質の高圧科学の専門家であり、この人が何回も失敗に終わるのではちょっと……という空気があるのも事実だよ。

似たような研究も撤回されている

一番まずいのは、同じような研究が撤回されているという状況だよ。それは2009年にPhysical Review Lettersに掲載された "Pressure-Induced Superconducting State of Europium Metal at Low Temperatures" という論文だよ。これは63番元素のユウロピウム ($${\text{Eu}}$$) という元素の単体が、1.8K (-271.4℃) と80GPaの条件下で超伝導状態を示した、というものだよ。単体の元素が超伝導状態を示すという結果は中々珍しいことで、この研究を根拠にユウロピウムは超伝導状態になることが判明した53番目の元素に数えられていたよ。

ところが11年経った2021年になって、この論文は撤回されたよ。その理由は磁化率のデータの不完全さだったよ。あれ?この言葉どこかで聞いたね?そう、CSHで指摘されている磁化率のデータの不完全さと理由が似ているよね?そしてこの問題の論文に両方名前が出てくるのがMathew Debessai氏だよ。Hirsch氏はこの点から、同じような手法でデータが捏造されているのではないか、と批判しているわけだよ。

元の研究者達の再反論はあるけれど…

最も、疑惑を向けられればDias達も黙ってはいないよ。Hirsch氏は専門家じゃないし個人攻撃をしているという反論はその1つだけど、研究チームは別の研究で改めてCSHのような物質で超伝導になることを主張したよ。

ただ、同じ研究者が同じような結果を出したところで、捏造にしろ病的にしろ、また同じことの繰り返しじゃないか?ってなるのはもちろん当然のことで、なおのこと第三者検証が求められるよ。また、Dias達は生データを含めた論文を再度Natureに投稿すると表明しているよ。

しかしながら、Eremets氏は生データを含めた再度の投稿があっても、CSHの室温超伝導が更なる精査や追試に耐えられないと考えているよ。そして "Everything he touches turns to gold" (彼が触れるものは全て黄金に変わる) という、かなり辛辣なコメントを残しているよ。

当の研究者たちは止まるつもりはない

Dias氏とSalamat氏は、この批判に関わらず、結果が正しいものとして突き進んでいるよ。2人は研究成果を下に、室温超伝導の商業的利用を目指したUnearthly Materialsという会社を設立したんだよ!つまり、この室温超伝導の結果は真実なのはもちろん、極めて画期的であり、基礎研究の段階から発展する見込みがある、と考えているわけだよ。ここら辺の背景も、知っている人はシェーン事件を思い起こさせるものがあるのかもしれないね。

終わりに

果たして室温超伝導は本当の現象なのか、それとも研究者も意図しなかった病的な結果なのか、はたまた痛烈な批判の通り捏造なのか……。一介の非専門家である私は観ているしかないんだよ。

最後に、この状況にぴったりな、Eremets氏の言葉を引用してこの記事を〆ようと思うんだよ。

The truth, sooner or later, will come. (真実は、遅かれ早かれ来るだろう)

Eric Hand. (Sep 26, 2022) "‘Something is seriously wrong’: Room-temperature superconductivity study retracted". Science. DOI: 10.1126/science.adf0548

2023年3月9日追記

Ranga P. Dias氏らの研究チームが、10kbar (1万気圧) という低圧で室温超伝導 (転移温度21℃) を達成した、という論文がNature誌に掲載されたよ。この記事で多くは語らないけど、一応メモとしてね。


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